第61話 今年の王誕祭

 8歳にもなると、ミーシャのお世話にもあまりならなくなってくる。

 それでも仕事の日は一緒にいてくれることが多いので、話は相変わらずしているのだけれど。

 ミーシャとクルーブが接触しないように努力していた俺だったけど、出現率が上がってしまったせいで、結局数カ月でそれは断念した。

 今ではお付き合いまではいかないまでも、割と仲良くしてるみたいだ。休みの日に遊びに出かけた話とかをたまにしてくれる。嫉妬はしていない、本当に。

 なんだかんだクルーブは高級取りだし、信頼できる相手だからさー、年も同じだしさー、仕方ないよな。


「兄ちゃ、5!」


 正面玄関前で両手を開いてエヴァがカウントしてくれる。それじゃあ10だよ、マイスイート。

 手を振るとキャッキャと喜んでいる声が聞こえたが、それはすぐに遠くなっていく。今は屋敷の周りを走って体力作りだ。

 体の疲労と思考の疲労は別物にしろって、父上もクルーブも似たようなことを言ってくるから、こんな時も俺は色々と考え事をするようにしている。


 2周全力で1周は流す。

 エヴァは母上と一緒に見学で、父上は仕事に出かけて行った。王誕祭前は色々と忙しいらしくて、ここ数日はあまり剣の稽古をつけてもらってない。

 最近は剣を使いながらもとっさに魔法を撃つことにも慣れてきた。かなり面倒な動きができるようになっていると思うのだけれど、それでも父上にはいまだに勝ったことがない。

 戦う技術が上がれば上がるほど、実は父上がめちゃくちゃ強いんじゃないかっていう事実に気づかされているところだ。


 魔法に関しても第五階梯に手を付けるところまで来ている。

 クルーブに言わせると、魔力量にものを言わせて毎日めちゃくちゃに練習してるんだから成長が早くて当たり前、だそうだ。

 ルドックス先生は素直に褒めてくれるのに、お前はほんと、そういうとこだぞ。


 ルドックス先生はと言えば、なんと言ったらいいか、以前よりかなり体が小さくなってしまった。最近まで年齢を知らなかったんだけど、実はすでに御年92歳だそうだ。

 つまり、クルーブのことを担いでいったとき、すでに89歳だったということになる。そんな元気なお年寄りは、ルドックス先生以外に見たことがない。

 元気がないなら治癒魔法を使えばいいじゃない。そう思ったのだが、おい衰えることに、治癒魔法は効かないのだそうだ。それによって生じる腰や関節の痛みとかには効くらしいけどね。

 なんにしてもあんまり無理をさせたくないっていうのが、クルーブ含めた俺たち全員の共通の思いだ。若返りの薬とかエリクサーとかないのかね、この世界。


「兄ちゃ、6!」


 今度はちゃんとできたな。左手で5本、右手で1本。

 とにかく、昨日話した通りこれから先に何が起きるかなんてわからない。

 俺にできることは毎日ちゃんと強くなる努力をしておくことだ。

 氾濫スタンピードの事故とかさ、戦争の話とか聞いてるとさ、生き死にが他人事じゃないんだよな。元の世界で画面越しに見ていたのとはまた違った感覚がある。

 ミーシャの家の話とかもあるし、前の年で少し仲良くしてた貴族の子が病気で亡くなったとかも聞く。

 治癒魔法使いって、下級貴族とかがそんなにホイホイ呼べるものじゃないらしい。

 クルーブによれば、探索者になる新人って3割くらいは一人前になるより先に命を落とすらしいしさ。

 俺の家は父上が立派だから平和だけど、世間様はそうでもないってことだ。

 だからこそ俺は走るし、強くなっとこうって思うわけ。

 イレインが言うほど心配しすぎてるわけでもないと思うんだけどな。




 そんなわけで、少しずつ騒がしくなってきた街の音に耳を傾けながら過ごしているうちに、今年も王誕祭1日目がやってきた。

 去年までは部屋に同い年の子供しかいなかったのだが、今年からはちょっと場所が変わった。

 前よりもずいぶん広い部屋には立食パーティのような準備がされていて、ここはここで本格的な子供の社交場だ。12歳までの子供が集められているらしいのだが、残念ながら今年もサフサール君は大人の社交場だ。

 他にも騎士っぽい人が数人中にいるというのも以前とは変わった点だろう。王立騎士団というのがあるらしく、その中でも若手がここの警備を担当しているのだとか。一応爵位持ちの偉い人も紛れてるらしいけどね。

 貴族の子供、ってだけで何の身分もない俺たちよりは、城で働いている騎士の方が一応身分が高い。喧嘩などが起こったら仲裁するように言われているらしいので、きっと若手はがちがちに緊張していることだろう。


 父上に『かわいそうだから何かあったら積極的に仲裁してあげなさい』って言われてる。きっと毎年何人か、そんな役割を親から言いつかるものがいるんだろうな。


 あともう一つ、今年からは殿下がいない。

 殿下もまた、陛下と一緒に大人の社交場の仲間入りだ。明るくて誰にでも平等に声をかける殿下がいないとなると、俺たちの世代は途端にちょっとぎすぎすした雰囲気を醸し出す。

 いつも殿下の周りに集まっている俺たちは、露骨に嫌な視線と媚びる視線を向けられるようになるってわけ。


 俺は小市民だから気になっちゃうけど、気にしていないふり。イレインは知らん顔してるし、ローズはと目を見開いてあちこち牽制している。こういう時は頼りになるんだよな。そしてベルはそもそもあまり周りに目を配るタイプではない。

 そして唯一動揺してるのがわかりやすいのはヒューズ君だ。


「ふん、小物たちが騒いでいるな。な、ルーサー」

「皆仲良くなりたいんですよ」

「そうか、そうなのか……?」


 そうじゃない人もいるけどね。

 とりあえずヒューズ君は、その声が上ずってる感じを何とかしよう。

 ヒューズ君、遺伝か知らないけれど、魔法の腕は本当にいいのになぁ。なんでいつもこんなに小物っぽいんだろう。



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