第55話 暇人

 我が憩いの屋敷が、殿下一派に占領されつつある。

 ……大げさな言い方をしただけで、殿下が予定通り遊びに来たというだけだ。

 ちゃんと狂戦士バーサーカーローズもやってきていて、嬉しいったらないね。

 でもこのローズ、母上にはめっちゃちゃんと挨拶してた。

 おそらくだけど、殿下の気を引く者に対して積極的に攻撃するよう本能にインプットされてるんだと思う。だから殿下は俺の方を見てキラキラして目で挨拶しないでね。なつかれてる感じしてちょっと嬉しいけど、その分ローズの戦闘意欲も向上するからさ。


 ちなみに今日のメンバーは、ミーシャと各家のおつきの方々。さらに門の外にはなんだか物々しい装備の騎士さんが立っている。これは多分殿下の護衛。

 それから保護者枠にサフサール君。体は子供頭脳はどちらかというと大人の俺とイレイン。体も頭も年相応の殿下、ローズ嬢、それからマリヴェル嬢、あとなんかヒューズ君とかいう目つきの悪い坊ちゃんがいらしてる。


 ちなみにベル=マリヴェル嬢と知ったのは、つい昨日のことだ。

 父上によれば『マリヴェル嬢がお前のことを気に入ったそうだ。お前には既に許婚がいるというのに、その年で随分ともてるな。あまり不実なことをしないようにな』だそうだ。

 マリヴェル嬢? と頭に疑問符を浮かべた俺に対して、少し厳しい顔を作った父上は、さらに続けた。『スクイー侯爵閣下のご令孫で、お前がベルと呼んでいた子だ。まさか忘れたとは言わないよな』って。


 忘れたとかじゃないんだよね。

 事前情報ありがとう、父上。

 俺、彼女のことベル君だと思ってたからさ、そもそも女の子って認識自体がなかったんだよね。

 そのあと色々貰った情報によると、マリヴェル嬢は内にこもるタイプの子で、あまり周りに興味を示さずに育ってきたそうだ。あの日も積み木をぶん回して遊んでいたけれど、ああいう一人遊びが好きらしい。

 そんなマリヴェル嬢が、今度ルーサー君のところに遊びに行くと言ったものだから、スクイー侯爵家は大喜びでこうして送り出してきたわけである。


 知らないよ俺。なんも責任取れないからね。

 マリヴェル嬢可愛いドレス着てきたけど、知らないからね。そういうんじゃないから。

 幸いなのは、マリヴェル嬢本人はそういう雰囲気がないことだ。ただ単純に刷り込みされた雛のように俺の後をついてくる。ボッチのところを声かけてもらえてうれしかったのかなって思うと、邪険にする気は全然起きない。


 よちよち歩きの雛が来た話はその辺にしておくとして、今日集まった面子は貴族ってこと以外に共通の趣味とかが一切ない。

 なんか適当に体動かす遊びでもするかーって思ってたんだけど、かわいらしいドレス着てる女児が2人いるんだよなぁ。鬼ごっこして転んだり、かくれんぼしてひっかけたら、あとでその遊びを提案した俺が怒られそう。


「よし、かくれんぼをするぞ!」


 母上に挨拶した直後、振り返った殿下が高らかに宣言する。

 殿下ぱねーっす、まじリスペクトっす。


 俺の家ということで、有利であろう俺がまず鬼を名乗り出ることにした。

 十分な時間さえ与えてあげれば、十分楽しむことができるだろう。サフサール君が自分が、と言ってくれたけど遠慮しておいた。たまにはサフサール君にも童心に帰って楽しんでほしい。

 というか、かくれんぼやったことあるのか、ウォーレン家の二人は。


 門の近くで大きな声を出して数を数えていると、途中でなじみのある声が聞こえてくる。


「何してんのルーサー君」


 クルーブだ。

 こいつ用事ない日でもたまに突然ふらっとうちに来るんだよな。つい先日眼鏡マゴット先生にめっちゃ不審者だと思われてたのにまるで効いてない。絶対今も門の外にいる騎士の方々にすっごい見られてるはずだ。


「遊んでるんです。なんか用事ですか?」


 とりあえず数えるのをやめて、応対をしてやる。じゃないと騎士の人たちに強制的に退去させられそうだからね。

 案の定騎士の人たちは警戒している。しかし、クルーブが邪気のない呑気な顔をしているせいかで対応に困っているようだった。


「なぁんだ、訓練見てあげようと思ったのにぃ」


 いくら来たって一定の給料しか払われないだろうに、こうしてやってくるのだから、多分クルーブも俺のことが嫌いじゃないんだと思う。というか、マジで遊びに来るくらいの感覚でやってきている節がある。

 友達いないのか? 探索者シーカーって暇なの?

 俺が騎士たちと一緒に不信の目を向けていると、クルーブはポンと手を叩く。


「そうだ、俺も混ざっていい?」

「いいわけないでしょ、馬鹿ですか?」


 年齢的にも身分的にも考えるまでもなくダメに決まってんだろ。


「ルーサー君さぁ、それさぁ先生に言う言葉じゃないと思わない? 僕、悲しいよ?」

「失礼しました。子供の遊びに本気で混じろうとするわけないですよね」

「いや、混じる気だったけど、馬鹿とまで言われたらちょっとなぁ。どうしよっかな、ルーサー君で暇つぶししようと思ってたのにぃ」


 そういうのはさぁ、俺のいないところで言ってよ。


「とにかく、僕は遊ぶのに忙しいので、今日はクルーブさんに構っていられません」

「仕事みたいな言い方だね。まぁいいや、今日はこの騎士さんたちとお話でもしてようかなぁ」

「……え?」


 そりゃそんな反応にもなるよ。

 知り合いらしいから話が終わるまで我慢するか、くらいに思っていただろうに、急に話し相手にさせられそうになってるんだから。


「……すみません、探索者で僕の魔法の先生をしてくれている人なんです。不審者ではありませんので、捕まえないで上げてください。……面倒だったら追い返していいですから」

「いや、……え?」

「僕、殿下を探しにいかなければいけないので、お願いします」

「ねぇねぇ、騎士さん何歳? 美人だよね。僕ねぇ、探索者シーカーしてるクルーブって言うんだけどさぁ」

「ちょ、え? はい? あの、今職務中で……」


 ごめんねりりしい雰囲気の女騎士さん。

 僕は君の主人である殿下を探しにいかなきゃいけないんだ。

 代わりにクルーブの相手をしてね、めんどくさかったら殴っていいからね。

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