第56話 かくれんぼ
門の向こうではクルーブが女性騎士と楽しそうにお話をしている。楽しそうなのはクルーブだけで、騎士側は完全に困惑している。もう一人立っているガタイのいい騎士の方は直立不動で反応すらしていないのがギャップで面白い。
クルーブも本気でナンパしているわけじゃないみたいで、多分構ってほしいだけなんだと思う。あいつだってガキみたいな性格してるもん。
さて、俺は俺でかくれんぼを再開しようかな。途中から数を数えるのは忘れてしまったけど、もう十分に時間は経ったはずだ。
「今から探しに行きますからねー!」
大きな声で宣言しても返事は戻ってこない。ミーシャと各家のおつきの方々がにっこりと笑っているのは気のせいじゃないだろう。俺みたいな普段大人しそうにしてるのが大きな声でこんな宣言したら微笑ましいのかもな。
俺は恥ずかしいよ!
でも宣言しないとアンフェアだし。
昔から思っていたんだ。かくれんぼの『もういいかい』対して『もういいよ』ってアンサーするのって、場所ばらしてるだけだよなって。誰か一人くらい返事をするかと思ったのに、一人も返事しやがらないの。
さては本気だな、こいつら。
さて、まずは遠くから違和感を探すか。
えーっと……。
…………ないな、さっぱりわからん。でもなんとなくだけど、女の子たちはドレスを汚したくないだろうし、汚いところには入り込まない気がする。探すのには隠れていいのは屋敷の外だけにしてるし、ぐるりと回ればきっと誰かしらは見つかるでしょ。
反時計回りに歩き出すと、まずは池が見えてくる。流石に池の中に入り込んで隠れているようなやつはいないだろう。そんな気合入ってるやつがいたらもう俺の負けでいいし、これからの付き合いをちょっと考える。
さて、それじゃあ花壇を通って訓練場だな。
花壇は母上が大事にしているので、入らないようにちゃんと言っておいた。ずかずか入っている奴がいたら、たとえそれが殿下だとしてもひっぱたく。
足跡無し、よし。
一応あちこち見ながら歩いているけど、パッと見る限り今のところ誰も見つからない。5歳児って結構小さいからいくらでも隠れようがあるんだよな。細かいところは2週目以降でいいか。
訓練場は開けているからだれもいないだろうと思って、ちょっと首を伸ばして覗いてみると、普通にいた。しかも腕を組んで仁王立ちしている。こいつかくれんぼのルール分かってるか?
「ヒューズ殿、かくれんぼのルールをご存じなかったですか?」
「知ってるに決まってる! 俺はな、ルーサー殿と魔法の勝負をするためにここで待ってたんだ!」
うわぁ、やっぱそういう目的とかあるんだ……。
実はこのヒューズ君、俺の中で今関わりたくないやつの上位ランカーなのだ。こいつの名前はヒューズ=オートン。あの皆殺し平原を作り出したヴィクトリア=オートン伯爵の縁戚らしい。
オートン伯爵が結婚していないから、そのあとを継ぐのはこのヒューズ。つまり実質次期オートン伯爵だ。
「ヒューズ殿、今はかくれんぼをしています。それにどう勝負するのか考えてきていますか?」
「魔法を撃てば優劣がわかるだろう!」
「判断基準はなんですか?」
「……強いかどうかだ」
「強いというのは威力が高いことですか? 階梯が高いことですか? 発動が早いことですか? 数が……あ」
あ、やべ、調子に乗ってたらヒューズ君黙り込んで泣きそうになってる。
「あ、あー……、あとで、一緒に考えませんか? 魔法が強いってどういうこと……なんでしょうね」
ヒューズ君にバイブレーション機能が搭載されてしまった。それもかなり微振動。
「ほら、一緒に残りの隠れてる人捜しましょう、ね?」
口をへの字に曲げたままのヒューズ君の手を取って歩き出そうとすると、訓練場の端においてある椅子代わりにしている箱ががたりと動く。
近づいて行って蓋をぱかりと外すと、中にはベルが潜んでいた。どうやら先ほどまでは自分で蓋を持ち上げて外の様子を見ていたらしい。
しゃがんでいるベルの頭頂部をしばらくじっと見ていると、彼女は諦めたのか、自主的にはこの板に足をひっかけて外へ出てこようとする。
「ベル、ちょっと待って」
ドレスが木箱のささくれに引っ掛かっている。木くずだらけなのはもう仕方がないとして、せめて破けないように回収してやりたい。木箱をぶっ壊した方が早いのだけど、その拍子に怪我でもされたらたまらない。
あとさぁ、ヒューズ君がきっちり手を握ってるせいで、めっちゃ作業し難いんだよね。そうだよな、5歳児ってこんな感じだよな。
ようやくベルを箱の中から救出したときには、俺はもう結構ぐったりとしていた。
運動とはまた違う精神的疲労だ。
両手に5歳児を二人連れて仲良く敷地内散歩。遠くからついてきているミーシャ達の視線がやっぱり暖かい。
あーさぞかし微笑ましいだろうね!
えーっと訓練場を抜けたら倉庫があるはずだ。外にもさっきみたいな木箱が積まれてるから、隠れるのには最適なスポットだろう。
……まさかと思うけど、他の奴らも木箱の中に隠れてたりしないよな。
俺嫌だぞ、積んである木箱の端から中身が何かチェックして回るのは。
そんなことを思いながら歩いていると、倉庫の裏っかわにひらひらとドレスの裾が見える。
「ローズ、もうちょっとこっちに……」
「そっちに行ったらドレスが汚れてしまいますわ……」
わぁ、分かりやすいお嬢様だ。
俺今ちょっとだけローズ嬢のことが好きになってきたよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます