第54話 探索者とウォーレン伯爵

「クルーブさん、ウォーレン伯爵って知ってます?」


 情報収集のために休憩中に声をかけてみる。

 貴族街に出入りするけど、身分としては庶民になるわけだから、その視点でのウォーレン伯爵について聞こうと思ってのことだ。

 今日はルドックス先生がお休みだから二人きりだ。遠くにミーシャの代わりに執事さんが立ってるけど。

 クルーブの魔の手からは俺が守る。


「あー、探索者シーカー嫌いの?」

「え、そうなんですか?」

「それで僕に聞いたんじゃないの?」


 初出情報だけど。

 探索者界隈だと有名な話なのかな。


「なんかねー、昔の戦争の時に、一部の探索者が国に報告しないで隠していたダンジョンから氾濫スタンピードがおきて、身内や兵士をかなり失ったらしいよ。他の国との領土の境目にあった奴だから、報告義務もなかったと思うんだけどね」

「氾濫、ですか?」

「うん。ダンジョンっていつの間にかできてるじゃん。基本的には人が住んでる場所の近くにできるんだけどさぁ、たまに変なとこにもできんだよね。そんで数年放っておくと、中からモンスターが溢れてくるってわけ」


 ……なんかすごい怖い話してない?

 仕組みとかよくわかってなかったけど、放置しちゃダメなんだな、ダンジョンって。


「だからいいダンジョンが見つかんない時とか、探索者は街の周りうろついてダンジョン探すわけじゃん。見つけたら領主に報告すると、金がもらえる。大概は探索権もタダでもらえる。そうやってでかい街の周りに、村とか町ができるんだよね」

「……ダンジョンは、最下部にあるコアを壊して数日すると跡形もなく消えるんですよね?」

「うん。でもその上にできた宿泊施設とかは残るじゃん。もったいないから使っちゃおうって、村とかになるわけ。比較的浅いダンジョンだと、光石採取目的のために、あえてコアを壊さなかったりもするね。あれとっても、ダンジョンが生きてる限り、しばらくすると壁から生えてくるしぃ」


 そう考えるとちょっと気持ち悪いな、光石。いや、便利なんだけどね。

 ダンジョンから外して一年もすると光らなくなっちゃうんだけどさ。

 あれのお陰でこの世界には電気がないのに、夜もある程度の灯りが確保できている。


「へぇ……、ダンジョンって暮らしに欠かせないんですね……」

「そうだよ。だからルーサー君も貴族なんかやめて探索者になったら?」

「……クルーブさん、他に人がいるときにそういうの言わないでくださいね。敷地にいれてもらえなくなるかもしれないので」

「あ、駄目なんだぁ。厳しいよね、貴族って……」


 こいつ常識がないのがなぁ。

 仮にもでっかい伯爵家の嫡男だぞ。5歳児に変なこと教えたらだめに決まってるだろ。ルドックス先生が信頼されてるからここにいるけど、普通だったら雇う前の調査とかで落とされそう。


「ん? でもウォーレン伯爵は探索者が嫌いなんですよね?」

「うん。だから領内のダンジョンは自前の兵士で何とかしてるとかぁ? 僕としては行く予定もないからそれくらいしか知らないってこと」

「それにしては結構詳しかったですね」

「スバリがあっちの出身らしくて教えてくれた」


 初めにここを覗いていた時にいた、あの猫背なのに背の高い探索者のことだな。


「あいつ頻繁に地元に帰るから、そういう時暇なんだよなぁ」

「一緒にダンジョンに潜るようになってから長いんですか?」

「なってすぐだから、3年くらいじゃない?」

「……クルーブさんって、12歳の頃から探索者してるんです?」

「そうだけど?」


 12歳ってまだ子供だろ。普通に命の危険のあるダンジョンに潜るようなもんなのか? それに手を組んだってことは、その時点ですでにある程度の実力はあったってことだろ。こいつも大概謎の人物だよなぁ……。


「何でそんな小さな時から探索者に?」

「5歳のルーサー君に小さな時とか言われてもなぁ」

「だってダンジョンって危ないんでしょう?」

「うん、油断すると死ぬよ。ダンジョンのモンスターって、なんでか知らないけど人を殺すの大好きだから。いや、大好きっていうか、人が憎いのかな?」

「モンスターに好きとか難いとかって感情あるんですか?」


 ないのも怖いけど、ある方がもっと怖い気がする。

 邪魔だから、家に入ってきたから排除する、とかじゃなくて、明確な殺意を持ってるってことだろ?


「知らなぁい。でもそんな気がするってだけ」


 自分から振った話のくせに、めんどくさそうに適当な返事をするな。


「それで、そんな危険なところになんで12歳から入ってたんですか」

「知りたい?」


 首傾げながら顔近づけてくるな。

 距離感ちょっとバグってるんだよな、こいつ。

 

「知りたいです」

「ふふん、教えてあーげない!」

「叩きますよ」

「わ、怒った……!」


 いけない、つい腹が立って本音が漏れてしまった。

 言えないことなら最初からそう言えばしつこく聞かないっての。わざわざもったいぶって秘密にされると腹が立つ。特にそのどや顔とセットだと余計に。

 スバリとかいう猫背の探索者はよくこいつの世話してるよな。能力は優秀でもたまにひっぱたきたくなる性格してるぞ。


「まぁ、でもさぁ……。聞いても面白くない話だから」


 クルーブは突然遠くを見つめて切ない表情を作ってみせた。

 なんだ、マジでなんかありそうな雰囲気出してきたぞ。

 

 あ、違う。こいつちらって今俺の方見たぞ。子供だと思って馬鹿にしてるな?


「じゃあ聞きません」

「えぇ? もうちょっと聞いてくるところじゃないの?」

「聞いたら教えてくれるんですか」

「教えてあげない」

「やっぱり叩いていいですか?」

「さ! 訓練再開しよっかぁ!」

「…………はい」


 うぉおお、ほっぺた赤くなるまで叩いてやりてぇ!

 この怒りは訓練にぶつけるしかないな。


 ちなみに午後の訓練では、クルーブに魔法の使い方が雑だとか、集中力が乱れてるって普通に注意されました。

 お前のせいだけどな!

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