第51話 お互いの評価

「……実際さ、ルーサー君は大したもんだよ」


 俺とルドックス先生が、優雅に椅子に座りお茶を啜り軽食を摂っていると、一人だけ行儀悪く芝生の上で足を延ばしてたクルーブが、唇を尖らせながら呟いた。

 男のくせにちょっとかわいいのやめろ。


「何がです?」

「ばれてそうだから白状するけど、僕、結構しんどかったんだよね」

「そうですか? 気づきませんでした」


 わざわざ言わなくたっていいよ、武士の情けじゃ。


「白々しいよねぇ」

「本当ですってば」

「で、君は全然余裕だったんでしょ?」

「……いえ? それに僕はクルーブさんに比べて撃った魔法の数が少なかったですから」

「それを差し置いても、初めての挑戦で魔力量の調整に成功してる時点で普通じゃないもんね。いつ倒れるかと思って見てたのに、ぜーんぜんそんな気配ないんだもん」

「クルーブさんの方が先に倒れるところでしたね」

「生意気だなぁ!」

「5歳児相手に張り合わないでください」


 ばたばたと足を動かすクルーブはすごく子供っぽい。

 というか、中学3年生くらいだって考えると普通に子供だ。

 ……待てよ。もしかしてこれ、俺の方がめちゃくちゃ大人げなかったことになるのか?


 いや、でもなぁ、俺は今5歳だし。


 実年齢換算だとクルーブは俺の半分くらいだけど、今で計算すると俺はクルーブの3分の1、つまりクルーブの方が大人げない態度だ、QED。


「君さ、ホントに5歳児? ホントは僕と同じくらいの年じゃないのぉ?」

「何を言ってるんですか。どう見ても5歳児でしょう」

「見た目はね」


 軽口をたたき合っていると、なんだか友達みたいな気分になってかぶっている猫さんがどこかに散歩に行ってしまいそうになる。

 危ないな奴だな、クルーブ。

 後俺はお前の倍の人生経験があるぞ、舐めるなクルーブ。


 さっきの証明とは矛盾したことを考えだけれど、言葉に出さなければ誰にも伝わらないので問題はない。クルーブは大人げないし、大人である俺を舐めている。

 自分でも訳が分からなくなってきた。


 でも今回のことで分かったのは、クルーブとは仲良くなれてしまいそうということだ。

 俺はこいつの実力をしっかり認めてしまったし、意地の張り方に感心してしまった。俺の成長に役立つ相手だし、ちょっとどや顔がうざくて子供っぽいだけで性格だって悪くない。


「クルーブさん、午後からも魔法を見てもらえますか?」


 クルーブは俺のことを見上げて何度か瞬きした後、にやぁっと笑って地面をずって近づいてくる。


「ん? 俺の実力認めたの? ん?」


 こいつすぐ調子乗るな。

 なんかちょうどいいところ顔があるな。蹴とばしてやったらどんな表情するのかちょっとだけ気になったけど我慢だ。

 椅子から立ってしゃがみこんで頭を下げる。


「認めました。お願いします」


 すると突然めちゃくちゃに頭をかき回された。

 おまえ、このサラサラヘアーをよくぐちゃぐちゃにする勇気あるな! ミーシャが毎日櫛通してくれてるんだぞ!?


「いいよ、教えてやる。みんな僕の魔法見ても、なんでか全然やる気出してくれないんだ。やっぱわかるやつにはわかっちゃうかぁ、ルーサー君、見る目あるじゃん」


 ああもう、いつまでやってんだ。

 何とか抜け出してルドックス先生の横に逃げて振り返ると、クルーブが満面の笑みを浮かべていた。

 何がそんなに嬉しいんだ。俺みたいなのに魔法教えるのなんて、一流の探索者シーカーにしてみればめんどくさいだけだと思うんだけど。


「よし、やる気出てきた」

「……休まなくて大丈夫ですか?」

「8割くらいまで回復したしぃ、ルーサー君の使う魔法に合わせてれば夕方くらいまで余裕」


 そういえばさっきまで俺の3倍魔法使ってたもんな。

 あれはやっぱり見せつけるためにわざとやってたんだな。


「クルーブさんが大丈夫ならいいですけど」

「やっぱ生意気だなぁ。まぁいいや、ほら行くよ」


 張り切って歩いていくクルーブの足取りはしっかりとしている。2時間も休憩していないはずなのに、大した回復力だ。

 イレインなんかは一度魔力をたくさん使ってしまうと、復活まで半日以上かかる。

 もしかしたら魔力の回復って、その総量が多いほど早いのかもしれないな。


「それじゃあ儂はオルカ様に一つ話をしてくるかの」

「話ですか?」

「そうじゃ。クルーブを正式にここで雇ってもらうように話をしておくんじゃよ」


 魔法を教えてもらうのだから対価を払うのは当然か。

 当たり前のように享受している教育環境だけれど、これも全部父上の稼ぎがあってこそだってことを忘れちゃいけないな。

 他の人が受けられないような先生に恵まれているんだから、父上や母上にはそれだけの結果は見せたい。


「……ルーサー様、クルーブと仲良くしておくれ。あれで悪い子じゃないんじゃよ」


 これはあれか、5歳児のルーサーにではなくて、俺に向かって話しているんだな。


「わかってますよ。俺、結構気に入ってますよ、クルーブさんのこと」

「ほっほう、そりゃあ良いことじゃ。クルーブならば何かあったときに力になってくれるはずじゃ。ルーサー様も気にかけてやってくれると嬉しい」

「……何か事情が?」

「うむ、ある。じゃがそれはいつかクルーブの口から聞いてほしい。なに、悪さをしたわけじゃあないんじゃよ。……最近は少々妙な奴らとつるんでおったようじゃがな」

「どういうことです?」

「こちらの話じゃ。ただのうルーサー様、探索者シーカーの誰もがあの子のように素直だとは思わんことじゃよ」

「詳しく教えてはいただけませんか?」


 ルドックス先生はいつものように長いひげをしごいて笑う。


「ふむ。なんでも知識としてだけ蓄え、知ったような気になるのも良くない。あまり焦らずじっくりと周囲を観察してみることも大切じゃよ」

「わかりました、肝に銘じておきます」


 ルドックス先生は笑いながらのんびりと屋敷の方へ歩いて行った。

 知ったような気になる、か。

 言われればなんとなく納得できるんだけど、どうしても何をするのにも余分な知識がちらついちゃうんだよなぁ。

 母上のことや父上のことで、実際に動いてみないとわからないことはあるって痛感したはずなのに、俺は怖がりだからどうしても知識に頼りたくなってしまう。それもいつの間にか無意識にそうしているから困りものだ。


「何してんの? 早くこっち来なよ!」


 訓練場からクルーブの張り切った声が聞こえた。

 生徒より先生の方がやる気満々っていうのも珍しい。いや、俺だってやる気は十分だけどさ!


 よし、とりあえず今日は無詠唱で礫弾を安定させるところまで何とか頑張るぞ。

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