第50話 降参

 クルーブが説明しながら魔法をうち、それを真似て俺が魔法を打つ。

 詠唱を省略することは難しく、魔法が発生した瞬間にその場にポトリと落ちてしまったり、のろのろとしか飛ばずに途中で落下したりする。

 しかし、クルーブはそれを馬鹿にするようなことはなかった。

 うまくいかないのを確認すると、クルーブはどこが悪かったのかを説明して、再び魔法を見せてくれる。

 先ほどまでややふざけた態度をとっていたクルーブだったけど、こと魔法の訓練となると真面目で、俺が魔法を打つ姿を真剣な目で観察をしてくれていた。


 5発、10発と繰り返し、18発めでようやく詠唱を破棄した俺の礫弾は、よろよろと的にぶつかってポトリとその場に落ちた。魔力の方は問題ないけれど、新しいことに挑戦したせいで随分と集中力を使った。

 大きく息を吐いて先ほどの感覚を脳内で繰り返す。次はもう少し早く、勢いのいい礫弾を放ちたい。それに詠唱を破棄したところで、無言で準備をする時間が詠唱をする時間と同じくらい必要だから、これでは全然破棄した意味がない。


 俺が杖を的に向けて再び練習を始めようとすると、クルーブに肩をポンとたたかれた。

 ああそっか、まだクルーブの正しいやり方を見ていなかった。


「すみません、もう一度見本を見せてください」

「いや、それより大丈夫? 頭はいたくないの?」


 今はそんなことよりも体が覚えているうちに次の練習をしたかった。


「大丈夫ですから」

「……魔力自慢って聞いてたけどさぁ」


 呆れた顔でクルーブがルドックス先生の方を振り返る。


「だから言ったじゃろうが。試すように次々魔法を撃たせよって」

「どんなに優秀でも、5歳でこれだけ魔法を撃てる子はみたことないかも、僕以外は」


 俺のことを褒めたふりして、自分のことも持ち上げてる……?

 そんなことどうでもいいから、早く練習再開してほしい。


「コツを掴めそうなので、早く練習を続けたいのですが……」

「ま、いっか。いいよ、どこまでやれるか見てあげようじゃん」

「程々にな」


 なぜかやる気に満ちた顔になったクルーブは再び的に杖の先を向けて魔法を放つ。

 悔しいけれどそれは何度見ても無駄のない見事な魔法で、ルドックス先生の巧みさとは異なった方向で洗練された魅力を感じてしまう。

 クルーブの真似をして魔力を杖の先へ送ると、そこからは何も生み出されずに、ぽすんと魔力だけが放出された。

 失敗だ。クルーブの魔法につられて、自分の中の手順をちゃんとしないで魔法を放とうとしてしまった。

 ま、ばれてないっしょ。何食わぬ顔でもう一度魔法を放って、礫弾を的に向かって飛ばす。さっきよりは勢いがあったけど、それは明後日の方向へすっ飛んでいった。

 駄目だな、これ結構練習必要だ。

 ほとんど意識しないで撃てる様にならないと、剣を振りながら使おうなんて夢物語だ。

 クルーブを見ていると難なく使っているようだけど、きっと相当修練を積んできたんじゃないかって思う。涼しい顔というか、どや顔をしながら魔法を使って、へらへらとしている奴だけど、きっとルドックス先生の言う通りすごい奴なんだろうな。


 淡々と魔法の訓練を続け、どれだけ時間がたっただろうか。集中していたからわからないけど、多分せいぜい1,2時間程度かな。クルーブの杖の先ばかり見ていたけど、たまには体全体を見て見るか。

 どうも中々うまくいかないし、どこにヒントあるかわかんないしな。


 ……なんかクルーブ、ちょっと顔色悪くねぇ? 頬につっと汗が伝う。

 しかしそんなことはお構いなしに、今までと同じように無詠唱で礫弾が三つ、ほぼ同時に放たれる。それは寸分たがわず的に飛んでいった。


「はい、どぉぞ?」


 ここ数十分見てもいなかったのに、相変わらずのどや顔を俺に向けてクルーブは俺に魔法を使うよう促してくる。


「……クルーブさん、大丈夫ですか?」

「んっ、ふふん、大丈夫に決まってるじゃん。僕の心配なんて、せめてまともに無詠唱が使えるようになってからにするんだね。せめてもうちょっと魔法がちゃんと撃てるようになるまでやろうよ。次いつ来られるかわかんないし」


 嘘つくなよ、目じり痙攣してるぞ。

 クルーブは俺が1発魔法を撃つ間に3発、それも俺よりもはるかに素早く正確に魔法を撃ち続けてきた。

 実は結構きついんじゃないのか。

 ……きっついのに、なんも言わないで俺のために訓練続けてくれてたのか? いや、こいつの場合プライドとか負けず嫌いとか、その辺も関わってきてそうだけど。でもだとしたら、やばいと思った時点で見本を見せるのをやめればよかっただけの話だ。


「早くしなよ。それともう一回僕の完璧な魔法が見たいの?」


 話しながらクルーブが杖を掲げる。

 よく見てみれば、クルーブの背中は汗でびっしょりと湿り始めていた。こいつ、いきなり倒れるんじゃないだろうな。

 ああもう、しょうがねぇなぁ! このまま気づかないふりをして気絶させてやろうって気持ちすら起きない。俺の負け、こいつの意地に降参だ。


「クルーブさん、ちょっと疲れてしまったので休憩させてください」

「……そう。じゃ、最後に見本ね!」


 構えた杖からもう一度クルーブの魔法が放たれる。それはやっぱり最初に放った時から寸分たがわぬ威力と正確性を持って、穴だらけになっている的を撃ち抜いたのだった。


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