第41話 意外と
なんだこれ、俺がこの場を仕切らなきゃいけないのか?
えーっと、共通の話題探すか……。
……イレインのことでいいか? いや、なんか変な誤解されそうで嫌だな。
ああ、そうだ。
「サフサール殿は、街に出たことはありますか?」
「大人と一緒にならあります」
「王誕祭の間に街に出て見たくありません?」
「……ルーサー殿は、街に出たことは?」
なんか会話のテンポが悪いなぁ。
子供同士の会話ってもっと、こう、気楽なものじゃなかったか。俺、大人になってからも、プライベートの会話とか結構雑だったけどな。
「いいえ、ありません。……あの、サフサール殿。僕と話すときは、イレイン嬢に話すのと同じようで構いませんから。もっと楽にしてもらえませんか?」
「……僕より丁寧に話しているルーサー殿に言われてもなぁ」
困った顔をして、ちらりとイレインの方を窺ってから、ゆるりとした表情を見せてくれたサフサール君。案外本人もそうやって言われるの待ってたんじゃないかなぁって気がする。子供なんだからそうあってくれっていう俺の願望かもしんないけど。
「前から思っていたのですが、ルーサーでいいですよ?」
「……それは流石に」
「兄様、いいじゃありませんか。ルーサーがいいと言ってるのですから」
サフサール君が目を丸くしてイレインをじっと見つめた。お前どさくさに紛れて俺のことルーサーって呼ぶことにしたな? 別にいいけど。俺もイレインって呼ぼ。
「ほら、イレインもそう言ってますよ」
「いや、うん……。イレイン、随分とルーサー……、と仲がいいようだね」
不満とか、注意とか、そういうものではなく純粋な驚き。普段いかにイレインがおとなしくだまーって暮らしているかがよくわかる。
イレインだってサフサール君が頑張ってるって認めてんだから、親がいないところでぐらい励ましてやればいいんだよ。
「仲がいい……、ええ、まぁ、そうですね。私の知らないことも色々と知っていますし」
「そうか……。許婚がいい人で良かったね」
ざっけんなイレイン、お前今めちゃくちゃ嫌そうな顔しただろ。
気を抜きすぎじゃないのか?
俺にだって同じ顔する権利があるのに我慢したんだぞ。
「照れ隠し、かな? あまりしゃべらないけどいい子なんだよ、イレインは」
サフサール君、いいように解釈しすぎです。騙されてますよ。
でも二人の間には、いい子って言うだけの何かがあるってことか?
「サフサール殿は、イレインと仲がいいんですか?」
「うーん、どうかな、僕はいいと思ってるけど。……あまり頼りにならないお兄ちゃんだからね」
「……兄様は頑張っていると思います」
「って、たまにこっそり言ってくれるよ。一緒に勉強してるとき、分かるのに答えを言わないのも、僕のことを気にしてくれてるからでしょ?」
イレインは問いかけに答えずにふいっと顔を逸らした。……なんだこいつ、結構サフサール君のこと気にしてんじゃん。ツンデレキャラなの? 男にもてたいの?
ちなみに俺は男のツンデレは好きじゃない。サフサール君みたいなタイプの方が好き。だっていい奴なの一発で分かるもん。
考えてみればサフサール君は、イレインのせいで両親につらく当たられてるはずだ。そしてそれがわからないほど馬鹿ではない。
それなのにイレインにやけに優しいのは、普段からの関係があるからこそなんだろう。まあ、サフサール君の性格が良くなかったら、煽ってんのかと思われて首絞められてそうな言い方だけど。
頑張ってると思います、ってなんか上からっぽく聞こえるもんね。
年上として何とかしてやりたいって気持ちと、実際は妹って立場が合わさって、わけわかんないことになってんのかも。
「それで、ええっと、王誕祭の話だったね。うん、行ってみたいな」
「そうですよね。僕もどうやったら連れて行ってもらえるか悩んでいるんですが……」
「ふふ、難しいじゃないかな」
「うーん、何とかなりませんかね……。ミーシャ、どうかな? 王誕祭中に、街の見学いく方法ないかなぁ?」
少し離れたところですまし顔をしているミーシャに話を振る。
声の聞こえない範囲で待機してくれているのは、俺とイレインの間の話を邪魔しないためらしい。その気遣いは気持ち的にはいらないけど、事情的には助かってしまうので、仕方なく誤解を受け入れている。
「奥様も旦那様も心配されますので、今年は難しいかと」
「だよねぇ……、でもなんとか……」
「念のため今晩旦那様に確認されてはいかがでしょう? その方が確実かと」
「……わかったよ」
多分三人で出かけたら楽しいと思うんだけどなぁ、流石に身分とかあるからなぁ……、残念だ。屋台めぐってあのゴムみたいな食感の焼きそばとか食べたかった。いや、この世界にはないんだろうけどさ。
そもそも貴族として買い食いとか絶対に許してもらえなさそう。
食中毒とか怖いもんね。
ミーシャがまた距離を取っていったのを確認。
「行くとしたら、こっそり行くしかないかもしれませんね」
「さすがにまずいと思うよ……?」
「冗談です、本気じゃありません」
瞬きを繰り返すサフサール君に向けて笑って見せる。
「ルーサーは少し思っていたのと違うね」
「変でしょうか?」
まぁ人生経験において、まだ貴族じゃない期間の方が長いからなぁ。
相手が子供だっていうのもあって、俺も気が抜けてるのかもしれない。
「どうかな。でも、僕はルーサーと話せてよかったと思ってるよ」
「……ありがとうございます」
きりっとした眉の割に、優しそうなたれ目をしているサフサール君は、実は結構整った顔立ちをしている。イケメンって、ちゃんとイケメンが言いそうなことを言うよなぁ。
それが子供だったとしてもだ。
とりあえず俺たちは、互いに知っている限りの王誕祭の知識を披露しあいながら、案外楽しい午前のひと時を過ごすのであった。
ちなみに街へ行く許可は当然でなかった。
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