第40話 休日の息子

 王誕祭の間はルドックス先生にも役割があるらしく、魔法の授業はお休みだ。ルドックス先生もお貴族様らしいし、そりゃそうか。

 祭りに行けない、魔法の勉強もできない。そんな日に俺がやることは、母上とエヴァの横でダラダラと過ごすことだ。


 休みの日にだらだら過ごしていると文句言われて仕事を押し付けられるっていうのが家族に対する俺の印象だった。けれど今世ではそうでもない。

 普段頑張ってるし、母上は俺とのんびり過ごす時間を歓迎してくれる。

 ……今となっては正月休みにメモ押し付けられて買い物に行かされるのも、悪い過ごし方じゃなかったと思ってるけどさ。


 そんなことはともかく、エヴァがかわいい。

 母上の横に並んで顔を覗いていると、小さな手が伸びてくる。


「エヴァはお兄ちゃんのことが好きね」


 どうかな。そうだと嬉しい。

 顔近づけたらこの間叩かれたけどね。

 腕振り回したらあたっただけだから、もちろんそんな意図はなかったんだろうけどさ。 

 そこから学んだ俺がそっと手を伸ばしてやると、小さな手が俺の指をぎゅっと握る。あったかくてふにふにだ。

 なんだかわからないけど満足そうな表情をしているのがまたいい。


 遠くからなんだかわからない楽器の音とかが響いてくるけど、屋敷の中はゆっくりとした時間が流れている。


「母上、最近第二階梯の魔法をうまく使えるようになってきました。母上の目を治すことができそうな魔法は第五階梯だそうです。しばらくお待たせすることになってしまいそうですが……」


 うとうとと目を閉じかけているエヴァを見ていると、ふわりと髪を撫でられた。母上は父上と違って、髪を整えるように、流れに逆らわず撫でてくれる。


「ルーサー、謝らないの。いつか私の目を治してくれるんだと思うだけでも嬉しいのよ」


 これ、期待されてないってことある?

 ちゃんと治す気あるよ、俺は。ちょっと時間かかるかもしれないけどさ。 


「僕は、早く母上の目を治したいですが」

「拗ねないで、ルーサー。私はこうしてあなたから成長の報告をもらえるのが楽しいの。放っておくとすぐ勉強ばかりに集中してしまうんだから、こうしてお話しする機会ぐらい私も欲しいわ」


 あー……、確かにエヴァが生まれてからちょっとだけ母上と話す機会は減ってるかもしれない。そんなつもりはなかったんだけど、エヴァの世話で忙しいかもって思ってたし、魔法の鍛錬や剣の鍛錬がどんどん面白くなってきているってのもある。


「エヴァと一緒にいるので、お邪魔になってはと思って……」

「あら、ルーサーだって私の大事な子よ。ちゃんと毎日顔を見せてほしいわ」


 首をかしげて俺の顔を覗き込む母上。

 これ、エヴァに嫉妬してると思われてそう。誤解を解きたい気持ち半分、このまま甘えてしまいたい気持ち半分。

 ……いいや、俺子供だし! 甘やかされてよう!


 甘んじて撫でられるのを受け入れていると、咳払いが聞こえてきた。

 振り返るとサフサール君とイレインが部屋の入口に立っている。何見てんだよ、見世物じゃないぞ。

 イレインよ『うわぁ、なんだこいつ』みたいな目をするな。健全な5歳児の姿だろうが! これ演技だからね、演技。ばぶってるとか思われても困るんだよね。


「あんまり撫でているとイレインさんに嫉妬されちゃうわね」


 いえ、その心配はないと思います。

 背中をポンと押されて、俺は二人の元へ向かう。もうちょっとのんびりしていたい気持ちもあったんだけどね。まぁ、イレインはともかく、せっかくサフサール君がきてくれたからね。


「おはようございます、サフサール殿、イレイン嬢。今日はゆったりと過ごしていただければ嬉しいです」

「おはようございます、ルーサー殿。お招きいただいて光栄です」


 サフサール君が挨拶するのに合わせて、イレインも軽く頭を下げる。もしかして無口キャラで通してるのか、こいつ。

 サフサール君は続いて母上にも挨拶をしたけれど、いつもと違って少し肩の力が抜けているような感じがする。爵位を持った大人がいないせいかな?

 母上の視線もエヴァに向けられてるから、眉間に皺が寄ることもないし。


「私はこの子を眠らせてくるからわね。ルーサー、仲良くね」

「はい、母上」


 父上も母上も、俺をコミュ障かなんかと思っているようで、誰かと関わる時になると仲良くするよう言い聞かせてくることが多い。

 仲良くしてるけどね!

 愛想のいい方だし。

 あとイレインは俺が母上と話すたびに変な顔するのやめろ。


 一緒に過ごすと言っても、この世界の同年代の子たちの文化に詳しくない俺は、何をしていいのかわからない。

 とりあえず広いところへ行って、おいてある椅子に腰を下ろしてお茶を入れてもらった。楽しいかわからないけど、のんびりはできるでしょ。


「……サフサール殿は、暇な時ってどんな遊びをされてますか?」

「……イレイン、どうかな?」

「……遊んだことがありません」


 この三人で楽しく遊んで過ごすの無理でしょ。

 俺は本読んでるか鍛錬してるか、家族とのんびり過ごすだけ。

 多分サフサール君はお勉強で一生懸命。

 イレインは無口な演技とお勉強で手一杯。


 このままだとお腹がちゃぽちゃぽになるまで無言でお茶をすする会になるんだけど。  

 イレイン、お前元陽キャなんだから何とかしてよ。定番の盛り上がるやつとかないの?

 ……いや、無理だな。今のイレインが突然ホストっぽいコールとか始めたら頭がおかしくなったと思われて、地下牢とかに閉じ込められそう。


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