第39話 評価

 なんとか無事に王誕祭の初日を乗り切ることができた。幾人かと交流を持ってしまったけれど、マイナス面は狂戦士バーサーカーローズにちょっと睨まれたくらいですんだ。

 殿下と仲良しこよししてなければ睨まれないしセーフ。

 祭りは5日間続き、最終日にはまたあの部屋に集められるらしい。どうしてもいやだと言えば母上やエヴァと一緒に家に残れそうだけど、ああいう場所で交流するのも貴族家の嫡男としての役割なんだろうなー。

 あまりわがままは言うまい。


 帰りのは、父上とサフサール君、それにイレインと共に馬車に揺られる。

 サフサール君はまだ9歳だというのに、ウォーレン伯爵の代わりに大人たちの方へ参加していたらしい。出かけでも緊張して顔色が悪かったのだが、帰りはしなしなの野菜みたいに生気のない顔になっていた。

 父上とずっと一緒にいたようだけど、それでも緊張するものは緊張するのだろう。

 ウォーレン家を背負っているうえに、父上にも迷惑をかけまいと心を砕いたのかもしれない。俺、サフサール君には優しくしてやるんだ。

 そんな憔悴したサフサール君を見て流石に同情したのか、イレインが馬車に乗る前に珍しく自分から声をかける


「兄様、お疲れですね」

「うん、イレインも疲れただろう? 今年も殿下とお話しできたかな」

「……はい、殿下の方からお声かけ頂きました。殿下とルーサー様、それからローズ様と一緒におりました」

「スレッド家か……」


 ローズの名前を聞いた父上が、その家名を口にして顎の下をさする。もうちょっと太っていた時は二重顎がいい感じにプルプルしていたけど、今はそれほどでもない。癖だけ残ってしまったようだ。

 意味深なつぶやきをして馬車に乗り込んだ父上をイレインがそっと見上げる。

 席に座ってからそれに気づいた父上は、ゆっくりと首を振った。


「何でもない。サフサール殿は9歳とは思えぬほどの落ち着きだな。プラックの奴も安心だろう」

「いえ、僕なんかうまくいかないことばかりで。今日もご迷惑をおかけしました」

「……プラックの奴は己にも他にも厳しいからな。なかなかきついことも言うかもしれないが、本当に見放していたら何も言わないようなやつだ。なに、それだけ期待されているということだ」

「ありがとうございます。励みになります……」


 父上、かっこいいじゃん……。めっちゃ伯爵閣下って感じする。

 お腹のポッコリもだいぶへこんできたし、前よりちょっと若返ったようにも見える。これにはミーシャも大満足で、他の使用人仲間たちもにっこにこらしい。

 ちなみに当時痩せていた時よりも、少しガタイが良くなっているとか。


 男らしさが上がってさらにかっこよくなったという、使用人たちの意見が届いております。

 皆様から見てルーサー坊ちゃまはどうですかね? ミーシャはもっと俺のこと見て褒めてくれてもいいよ。いつも褒めてくれてるけど。


 馬車が街の舗装された道をゆっくりと進んでいく。

 規則的な揺れは、街の外を進んでいた時とは違って心地よい眠気を誘ってくるぐらいだ。ここでも気持ち悪くなるようだったら、俺はもう、一生徒歩で暮らすことになるところだった。

 ありがとう街の道を整備してくれた人。その調子で街の外にある道の整備もよろしく頼むよ。


 王城の門を出てしまえ、屋敷まではせいぜい15分程度しかからない。

 馬車に乗って大通りを進んで分かったことなのだが、やはりこのあたりの貴族街は一般庶民はあまり入ってこないようだ。遠くでにぎわう音は聞こえてくるのに、祭りの雰囲気を感じない。

 貴族街自体が城と同じく高い壁に囲まれており、立ち入りが制限されているというのは本当のようだ。


 普通のお買い物とか祭りを楽しみたいのであれば、まずは貴族街から外へ出る必要がある。

 さすがに今年は無理だろうか。街の暮らしみたいなのも覗いておきたいんだけどなぁ。貴族の中だけで暮らしてると見えないものとか絶対あるだろうし。ものを知らないとろくなことにならないっていうのは、父上や母上の誤解を見ていて思い知った。


 でもなー、せめて祭りでない時期に何度か出かけてからにしないと、あっという間に人の波に飲み込まれて迷子になりそうな気もするんだ。

 どうしたもんかな。


 考え事をしているうちに馬車が止まる。取り付けられた小窓の外をのぞくと、ウォーレン家の屋敷前に停車しているようだった。


「疲れただろうから今日はゆっくり休むといい。サフサール殿も王誕祭の間ぐらいはゆっくりしたらいい」

「いえ、あまりさぼってばかりもいられません」

「ふむ……。では、明日から三日間は我がセラーズ家の屋敷を見守ってくれないか?

私はどうしても城に詰めなければいけない用事がある。その間サフサール殿が我が家にいてくれれば私は助かるのだが」

「そうですか……? そうしましたらそちらでお勉強を……」


 あ、サフサール君真面目過ぎるタイプの子だ。助け舟出してあげなきゃダメか。


「兄様」

「なんだい、イレイン」

「余計なことを言わずに頷いてください」


 小声でのやり取りは筒抜けだ。

 父上は苦笑してもう一度サフサール君に問いかける。


「任せてもいいかな?」

「はい、お任せください」

「では頼むよ」


 父上は、馬車から降りた二人が、使用人と合流して屋敷の門をくぐるところまで見守ってから扉を閉める。


「イレイン嬢が優秀だという話は聞いたし、確かなようだが……。サフサール殿に問題がある様には思えんな。プラックの奴は何を焦っているのだか」


 ひじ掛けに寄りかかり頬杖をついた父上は、窓を見ながらひとり呟く。


「……ルーサー。イレイン嬢はもちろん、サフサール殿とも仲良くできるな?」

「はい、もちろんです父上」

「そうか、いい子だ」


 伸びてきた手が優しく俺の髪をかき回す。

 ちょっとばかし照れくさいけれど、撫でられるのは悪い気分じゃない。

 父上の手のひらはざらざらごつごつしているのに、妙にあったかい気持ちになるから不思議だ。


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