第36話 ルーサー君と子供たち

 数日に一度、サフサール君と一緒に講義を受けることがある。

 嫌みマッチョメガネは、意外なことにサフサール君にしつこく嫌味を言ったりはしない。たまにふんっと鼻を鳴らす程度で、それは俺に対する態度と大差なかった。

 意外と平等な奴だととらえるべきか、俺が馬鹿にされているととらえるべきか悩みどころだ。


 というか、サフサール君って大体俺が考えた答えよりはましな回答をしてるんだよな。俺は軍事教育なんか受けたことないから、当たり前っちゃ当たり前だけどさ。仮にも累計30年くらい生きている俺としては、出来が良くないらしい9歳児以下というのはダメージがでかい。


 そうしてたどり着いた結論は、実はサフサール君も優秀なんじゃないかってことだ。何よりそう考えると俺の心が安らかになる。

 イレインは2周目でずるだからノーカンとしても、年齢1桁の普通の少年に負けるのは嫌だ。せめて優秀であってくれ。

 

 そんなわけで、イレインがルドックス先生に魔法を教わっている間に、俺はサフサール君とコミュニケーションだ。この世界の普通の9歳児ってやつを見せて貰おうじゃねーの。


「サフサール殿は勉強家ですよね。毎日ずっと何かのお勉強をされています」

「そうでもしないと人並みになれないから……せめて努力しないと」


 卑屈だなぁ……。でもそうなっただけの土壌があるんだろうなぁ。9歳児のセリフじゃないよこれ。


「そんなことありません。軍略の回答は褒められてたじゃありませんか」

「悪くない、は誉め言葉じゃないと思うなぁ。イレインみたいに、素晴らしいって言われたことはないよ」

「……あの、差し出がましいようですが、なんでもイレイン嬢と比較する必要はないかと。サフサール殿が頑張っていらっしゃることはよくわかります」

「…………ありがとう。ルーサー殿は優しいね。それにイレインと同じように神童と呼ばれるだけあって、年下と話しているような気がしないよ」


 うぉおお……、元気づけるつもりが儚げに微笑まれてしまった。もっとバカっぽい感じで行くべきだったのか? わかんねぇ、コミュニケーションって難しい。


「でもね、僕はそうは思わないんだ」

「なにがです?」

「僕は後継ぎだから、4つも下のイレインに負けているようじゃダメなんだよ。貴族は家の領土と領民を守るためにいるんだ。それは、国を守ることにもつながる。僕がしっかりしないと、みんな心配しちゃうでしょ?」


 もしこれが、サフサール君が考えて出した自分の言葉でないとしても、あまりに立派過ぎる志だ。

 俺、9歳のとき何してた? 夜の学校に忍び込んで先生にめっちゃ叱られたり、鼻水たらしながら外を走り回ってたと思う。

 レベル高すぎるよ、この世界の9歳。

 君は今からサフサール君からサフサール先輩に格上げだ。舐めた口きいてすみませんでした。


 外でこの先輩のことを平気で廃嫡とか言い出すウォーレン伯爵やべぇな。どんだけ子供に高望みしてんだよ。うちが甘いだけにどっちが貴族のスタンダードなのかわからないのが辛いところだ。

 やっぱ王都で同年代とちゃんと交流するしかないかぁ。

 でも同年代も軒並みスーパーキッズばっかりだったらどうしよう。俺、この世界でうまくやってける自信なくなっちゃうよ?





 そんな俺の不安は、割とすぐに解消された。


 王都では毎年8の月の半ばに王誕祭というものが開かれる。王都全体が沸き立つのはもちろんのこと、王宮では貴族たちの社交界も行われるのだ。

 すべての貴族へ招待が行くのだが、参加は強制ではないらしい。それでも貴族同士の交流というのは非常に大事なものだから、よほど力があるか事情があるかしない限りはきちんと参加するものだそうだ。


 ちなみに去年までの俺は参加を見送っていた。よほどの事情があったからね、仕方ないね。去年はまだ病気が完治してないかもって疑われてたしね。


 王宮の大広間からでた広い部屋の周囲には、ずらりと使用人が並んでいる。

 椅子やテーブルの背も低いここは、貴族の子女のために用意された場所だ。どこの誰ともわからないちび助たちが戯れている。

 サフサール君はというと、なぜかうちの父上たちと一緒に大人スペースの方に参加することになっていた。堅苦しいところに行かなきゃいけなくて大変だなぁと思っていたが、今こうして走ったり転んだり泣いたりする子供たちの中へ放り込まれると、あっちに連れて行ってもらえばよかったという後悔しかない。


「おまえだれ!」


 敵意むき出しで声をかけてきたクソガキ、もといお坊ちゃまは、王冠のおもちゃのようなものをかぶり、背中にマントをはためかせ、クソガキ連合、ではなく、上品なお坊ちゃま方を引き連れて立っていた。

 片手に持った棒は剣に見立てているのだろう。

 こんくらいの子供に長い棒を与えるのは辞めよう。絶対にこれで人のこと叩くよ?今のところターゲットは俺だね。


 王冠の坊ちゃまは、ちらちらとイレインの方を見て、前髪をいじったり唇を尖らせたりしている。

 ははーん、そうかそうか、その年でもう色気づいてるのか。良かったなイレイン、俺の想像通りもてもてじゃん。ちらっとイレインの様子を窺うと、いつもの冷たい表情で虚空を見つめていた。

 からかったら普通にぶちぎれられそう。

 多分去年もこんな目に遭ったんだろうなぁ。もし俺が女になったとしても、このジャイアニズムを感じるお坊ちゃまはごめんだもんね。


「セラーズ家が嫡男、ルーサー=セラーズと申します」

「おまえがか! 俺はカート=プロネウスだ、よろしくな!」


 ……プロネウス? プロネウス王国の首都プロネウスにいる、プロネウス姓の坊ちゃんって……、これ王子様だろ。

 王子様、見目は整ってるけど、行動がめっちゃ普通のガキだなぁ……。大丈夫か、この国。いや、よろしくなって言い出せるだけ良い子なのか?

 いや、5歳児ってこんなもんなんだろうけどさ……。ある意味安心だよ。後ろにいるやつらも何にも考えてなさそうに鼻たらしてるし。絶対俺の服とかで拭うなよ?


「イレイン、久しぶりだな! 一緒に遊ぼう!」


 イレイン、今めちゃくちゃ嫌そうな顔しただろ、見なくても分かるからな。

 あと立ち位置移して俺の陰に隠れるような場所に立つのもやめろ。もういるのばれてんだから手遅れだっての。

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