第34話 いらっしゃい
かわいい。
だんだん猿みたいな顔じゃなくなってきたし、最近は俺の顔を見ると嬉しそうにする。俺のこと認識してるじゃん。
訓練にも身が入るというものだ。
毎日父上にころころ地面を転がされたり、細かい魔法の調整の訓練をしたり、新しい魔法を使えるように瞑想したり、強くなるためにやることは山積みだ。
ついでに王国の貴族事情についてもちらほらと、悪いうわさを抜きに母上から聞くようになっている。母上が難しい話をしているうちにエヴァはうとうととして眠ってしまう。
難しい話は苦手なのね。俺も本当は得意じゃないよ。
貴族の話はともかくとして、大事な情報を最近二つ手に入れた。
まず一つ目として、王子様が俺と同い年らしい。だからそのうち会って交流を持つ機会がありそうだということ。どんな奴なんだろうなぁ、偉そうな顔されたらめんどくさいなぁ。
二つ目に、イレイン嬢がうちにそのうちやってくることになりそうだということ。
ウォーレン伯爵家と隣接する騎馬民族との関係が悪化してきていて、今にも戦争が始まろうとしているらしい。そのため後継者たる二人を王都へ避難させるのだそうだ。すぐ隣のお屋敷がウォーレン伯爵家のものらしく、そこへ使用人と共にやってくる、と父上から聞いた。
「イレイン嬢が来るらしいぞ、よかったな」
と俺に教えてくれた父上に、何でですか? としつこく聞いて手に入れた情報だ。多分余り外に漏らすべき情報ではないのだろうけれど、俺の熱意に負けたようだ。
正しくは、イレイン嬢のことを心配している俺にほだされたようだ。
父上、言えないけどね、俺別にイレイン嬢にラブじゃないからね。あいつ中身男だから勘違いしないでよね。
これはツンデレじゃなくて、マジなんだからね。
そんなことはどうでもいい余談であって、実際イレイン嬢が来るっていうのは大事な話だ。今後の話もしやすいし、ルドックス先生と一緒に魔法の訓練をすることもできる。
単純に俺が気を抜いて話してもいい相手がいるってのも結構な違いだ。
ミーシャなんかにはだいぶ気を許しているけれど、前世のこと覚えてんだよねーみたいな突拍子もないことは言いたくない。普通に心配されそうだし、また病気になったと思われても困る。
突然監禁されるようなことはないだろうけど、語ってしまったところでいい思いをさせる要素はない。
だからってずっと隠し続けるのって結構ストレスだ。
イレイン嬢との会話はきっといいガス抜きになるんじゃないかと思う。
戦争なんてろくでもないし歓迎はしないけれど、そのお陰でイレインが親元から離れられるのもいいことなんじゃないかって思う。
それにイレインの兄貴の方も、かなりやばい扱いされたみたいだし、羽を伸ばせていいじゃないかなぁって。兄弟比較して馬鹿にする親って、よく考えなくても結構ひどい。
そんなわけでそれからエヴァが生まれて二月ほどたったころ、イレイン嬢と、その兄サフサール君が屋敷にやってきたのである。
「私はサフサールだよ。よろしく、ルーサー殿」
イレインと横並びでやってきたお坊ちゃま、サフサール君は俺が名乗るより先に挨拶をしてくれた。イレインのご両親に似てきりっとした顔立ちをしているというのに、目元がなんとなく優しそうに見える子供だった。
「ルーサーです。よろしくお願いします」
「私は勉強で忙しいからなかなか来られないけど、イレインはよく来ると思うんだ。あまりしゃべらない子だけれど、賢いいい子だから仲良くしてあげてほしい」
「ええ、もちろんです」
すました顔をして黙り込んでいるイレインは、多分あまり優しい妹ではないはずだ。冷遇されていることは理解していても、サフサールの味方をするほどの余裕はないに決まってる。
それでもちゃんと妹としてかわいがろうとしてるんだろうなぁ。
俺も最近エヴァが生まれたからわかるよ。
あんな小さいの見たら、俺が守ってやるんだって気持ちになるもんな。
イレイン、お前はもうちょっとサフサール君にやさしくしてやれな?
あとイレインは結構喋るぞ。男口調だったらだけど。
俺たちに対しては9歳とは思えないくらいしっかりとした対応をしたサフサール君だったけれど、父上と母上を相手にしてる時は、めちゃくちゃ緊張していたようでどもりまくっていた。
これもう大人に対して苦手意識持っちゃってるだろ。ウォーレン家やばい。
その日は二人ともすんなりと自分たちの屋敷へ帰っていき、翌日、イレインだけがまた顔を出した。サフサール君は言っていた通り勉強が忙しくてやってこれないらしい。
9歳って、そんなに勉強ばっかりしなきゃいけないもんだっけ……?
昨日到着して挨拶して、翌日から休みなしで通常スケジュールかぁ。きっついなぁ……。
いや、まぁ、俺も結構過密なスケジュールで勉強しているけどさ。
池のそばにある木陰で、布を敷いてイレイン嬢と横並びで座る。
ミーシャ、ほほえましいものを見るような顔をやめなさい。そういうんじゃありません。そういう風にしか見えないかもしれないけど。
「良かった……、ですね。また会うことができてうれしいです」
「は? お前いきなり……」
「ちょっと後ろむいて話しましょうか。ミーシャにお話聞かれるの恥ずかしいですし」
普通にしゃべり出そうとして、ミーシャと目が合って思い出した。
ミーシャは読唇術使えるんだった……。
慌ててイレインの言葉を遮って先に勝手にミーシャに背中を向ける。
「……なんだよ、お前変だぞ」
「あぶねー、ミーシャ読唇術使えるんだよね」
「どくしんじゅつって何だ? 結婚しなくていい方法? 教えてくんねぇかなそれ」
あー、読唇術わからないか。
独身術なんてあったら、確かにイレインは欲しいだろうなぁ。
……っていうか、うちのミーシャは可愛いししっかりしてるからいい相手ちゃんと見つかるけどね! 失礼しちゃうよなぁ、こいつ!
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