第29話 視野を広げる

「随分と仲良くなられましたね」


 イレインと一緒に魔法の訓練を続けて三日目。それぞれの部屋に分かれて休む準備をしているときにミーシャが嬉しそうに言った。


「うん。年が同じだし」

「最初はどうなることかと思いましたが、流石ルーサー様です」


 それはどうかな。普段褒められるときは結構頑張ったあとだったりするから、嬉しいけれど今回はそんな気がしない。

 流れでこうなっただけだしなー。結局俺はあたふたしてただけだ。

 聞けば聞くほどイレインがいるウォーレン家は、俺のいるセラーズ家よりハードモードっぽくて、最近では家族や優しい使用人たち、それからルドックス先生に感謝する毎日だ。恵まれてたんだなぁ。


「ねぇミーシャ、ウォーレン伯爵ってどんな人?」


 ミーシャは俺の脱いだ服をたたんでいた手を一度止めたけれど、すぐに再開しながら答えてくれる。


「オルカ様のご学友だそうです。国王陛下とオルカ様、それにウォーレン様で学園の首席を競い合うライバルでもあったと聞きます」

「ウォーレン家の国での立ち位置は?」

「西方の騎馬民族をけん制している軍事に優れた伯爵家です。南方のけん制と交易をしているセラーズ家と同じく、国としては重要な家の一つになるでしょう」

「侯爵でないのは、実質的な力を持ちすぎているので爵位だけでもという計らいと言われています」


 国の爵位は侯爵を一番上として、伯爵、子爵、男爵。

 妬まれないようにとか、特権を与えすぎないようにとかの理由があるのかな。


 だとすると財務大臣についている父上は、伯爵で重要ポジションにいるわけだから、当然侯爵家とかから疎まれてるんだろうなぁ……。

 ああ、嫌われてるってそれか。

 ……父上は悪い人じゃないと思うけど、陥れられる可能性とかは普通にありそうだな、これ。


 悪い人じゃなくても、悪役にはされかねない雰囲気がある。

 やっぱ悪役貴族の可能性あるじゃん、セラーズ家!

 

「……ルーサー様。今お話ししたことはいち使用人でしかない私が、聞きかじった話を勝手につなぎ合わせたものです。ご参考にはなさいませんよう」


 俺が考え込んでるのを見て、しくじったと思ったのかミーシャが言葉を付け足した。

 怒ってないし参考になったよ。

 でも身分を考えたら、俺がもし「ミーシャがこんなこと言ってたー」とか外で言ったらやばいのかも。


「ううん、役に立った。ミーシャに迷惑はかけないから」

「いえ、かけてくださって構いません。それよりも私があやふやなことを言ったせいでルーサー様が嫌な思いをされませんようにと……」


 ミーシャはいつでも俺を優先するなぁ。メイドさんの鏡だと思う。

 俺、こんな風に献身的に誰かのために働けるようになる気がしないよ。


「話す相手もいないけどなぁ」

「イレイン様がいらっしゃるじゃないですか。興味を持たれているようで何よりです」


 優しく微笑まないでほしい。

 別に幼気な恋心とかでは全然ないから。

 ミーシャから見たら仲の良い許婚に見えるかもしれないけど、実際はそうではない。

 都会の飲み屋でたまたま知り合った出会った、なかなか帰れない同郷の他人、くらいの感覚だと思う。貴重過ぎるせいでお互いに距離が縮まっちゃってるのは確かだけどさ。


 でもまぁ、どんなに関係が進んでも友人どまりだと思う。

 お互いメンタル的に男同士だから、恋だなんだの話にはなったりしない。


 大変だよなぁ、イレイン。

 美人に育ちそうだし、そのうち男に告白されてたりしそう。いや、俺と許婚してるうちはそんなこともないのかな?

 なんにしても俺、男に生まれ変わって良かったよ。


「うーん……、でもイレイン嬢って明日帰るんでしょ?」

「ええ、寂しいですか?」

「いや、別に。母上もいるし、最近は父上もよく家にいるし」


 ベッドに体を投げ出して、枕に顔をうずめる。


「あと、ミーシャもいるし」

「ルーサー様……」


 眼を閉じてじっとしていると、すぐに眠気が襲ってきた。運動はしているけれど、俺の小さな体はまだまだ体力が足りない。昼寝をしないで一日活動すると、体が眠気に逆らえなくなる。

 おやすみ、ミーシャ。

 明日からもまたよろしく。


 


 翌朝、大人たちが挨拶を交わしている横で、俺たち子ども組も軽い別れの言葉を交わす。当たり障りのない言葉のやり取りなんて、きっと明日には忘れていることだろう。

 イレインはなんとかして家から離れたかったのか、ルドックス先生に魔法を教わりたいとか言って粘っていたらしいけど、こうして作り笑いをしているところを見ると失敗したらしい。


 名残惜しそうに馬車の窓から顔を出していたイレインに手を振り見送って、さていつもの日常に戻ろうかというときに、父上と母上から手招きをされた。


「随分とイレイン嬢と仲良くなったようだな」

「ええ、話が合ったので」

「昨晩、ルーサーと離れたくないから残る、って言ってたらしいわよ。もてるわね、ふふ」


 母上は頭の上にお花を飛ばしながら嬉しそうに笑っている。

 俺からはノーコメントです、母上。二人のなんだか生温かな視線はそのせいか。あいつ必死過ぎるだろ、変なこと言うなよ。


「……父上とウォーレン様はご学友だったんですか?」

「イレイン嬢から聞いたのか? そうだな。かれこれ十数年の付き合いになる。今回は急な話で悪かったが、うまくやってくれたようで良かった」

「イレイン嬢との許婚の件ですか?」

「ああ、そうだ。結婚をした頃まではよく顔を合わせていてな。そうして互いに親戚になれたら面白いな、程度の話のつもりだったのだが……。プラックの奴は本気だったようだ。まだ5歳だし、あれほど性急に事を進めることもないと思うのだがな」

「しかし、二人とも5歳とは思えないくらい落ち着いていますから」

「本当だな。ルーサーも元気になったし、そろそろ他家の子たちの交流の機会も増やしていきたいところだが、さて……」


 二人の間に挟まれて話をしながらのんびりと屋敷の中へ戻っていく。

 去年勇気を出して色々話してみてよかったなと思う瞬間だ。


 ……他の家の子との交流かぁ。

 正直ちょっとめんどくさいけれど、そんなことばかりは言っていられないんだろうなぁ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る