第28話 普通の魔法使いとイレインの奴の不幸話
本日二話目
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イレインが額から一筋の汗をたらしている。ただでさえ白い肌をしているのに、さらに顔色が失くしてふらりと体を揺らした。
「ふむ、これが普通じゃ」
ルドックス先生がイレインの体を支え、イレイン付きのメイドさんが整えたマットに横たわらせる。ルドックス先生が手順を踏んでイレインの魔力の動きを誘導し、小さな石ころがその場に転がった、発動したのはたったそれだけの魔法だった。
ルドックス先生に許可を取ってからイレインは両親に魔法を学ぶことを申し入れた。
『賢者』として名を馳せているルドックス先生の名声は大したものらしく、ウォーレン伯爵はさほど悩まずに許可を出したらしい。そしてウォーレン伯爵は、イレインに成果を出せと伝え、ルドックス先生には「厳しく指導をしてほしい」と態々お願いしてきたとか。
うちの過保護な父上と母上が絶対言わなそうなセリフだ。
いや、父上は剣術の時は爽やか(汗だく)な笑顔で厳しいけどさ!
それとは違った、突き放すような雰囲気を感じたのは気のせいじゃないと思う。
ルドックス先生はその過酷さをきちんと説明したそうだけれど、それでもウォーレン伯爵の意見は変わらなかった。
その結果がこれだ。
「少し休んで耳だけ傾けているんじゃよ」
腰をとんとんと片手でたたきながら伸ばしたルドックス先生は、俺の方を向いて説明を始める。
「一般的には、魔力の6割程度を使うと体のだるさを感じるようになる。8割を超えるとイレイン様のように頭痛が走り冷や汗が出て、立っていることも難しくなる。使い切った場合は問答無用で気絶じゃな。であるから、一般的な魔法使いは自分の魔力量をきちんと把握し、5割程度までの消費ですべてをこなすのが基本となるんじゃよ」
「一人前の魔法使いはどのくらいの魔法をどれだけつかえるのでしょうか?」
ルドックス先生は顎髭を撫でながら、横になっているイレインの方を見た。まだ絶対にだるいだろうに、おつきのメイドさんに手伝わせて、イレインは上半身を起こしていた。
休んでればいいのになーと思う反面、もしイレインの言う通り、このすました瀟洒なメイドさんが見張り役だとしたら、おちおち休んでもいられないもんなー。
それに比べてうちのミーシャは自慢のメイドさんだけどね!
いや、まだイレインのメイドさんが変な子とは限らないけど。
「軍ならば基本的には第三階梯以上の魔法が使えて初めて魔法兵じゃな。最低5発程度は打てるべきじゃ。対して
運用が必要じゃ。ルーサー様の場合魔力量に心配がないから、まずは第三階梯魔法の習得と詠唱の省略が目標じゃ」
「私も……」
フラッと立ち上がろうとするイレインをルドックス先生が手で制した。
「次は気絶じゃぞ。魔法は一朝一夕にどうなるものじゃないんじゃ」
「はい……」
厳しい表情を作ってみせた先生だったが、すぐに顔に皺を寄せて優しく笑う。
「子供が無理をするもんじゃない。ちゃんと教えろと言われた以上、途中で投げ出したりせんよ」
うおおお、ルドックス先生好き! かっこいい! 俺もこんなおじいちゃんになりたい! イレインじゃなくて俺の方見てほしい!
「先生は第何階梯まで魔法をつかえるんですか!」
「ふむ、儂は第五階梯までの一通りじゃな。第五階梯よりも上の魔法は、秘伝であったり本人しか知らぬものが多いんじゃが、それらを総称して第六階梯としておる」
「ルドックス先生は第六階梯の魔法も使えるんですね!」
「そうじゃな。ルーサー様もいつか使えるようになると期待しておる」
「がんばります!」
多分俺の目は今輝いている。
イレインがなんか変な目で俺のこと見てるけどそんなの知らないもんね。俺は立派な魔法使いになるんだ。ついでに父上と母上をがっかりさせない程度に貴族も頑張る。
そのためにはイレインとの関係も結構ちゃんとしないといけないんだよなぁ。
貴族の関係ってよくわかんないから、その辺も勉強していかないと。
俺の知識って本になっているような話から得たものだけだから、実は最近の事情には疎いんだよね。
新聞とかがあるといいんだけどさー。あってもお貴族様の事情までは市井に流れないか。
インターネットとかがないから、広い意見を集めるのって難しいんだよなぁ。
その日のイレインは午前中に一回魔法を使い、午後は体内の魔力をゆっくりと放出する訓練をしていた。俺は一気に全部放出した方が効率がいいと思うけど、まぁ、確かに気絶したら困るからね、うん。
ルドックス先生と明日の約束をして、まだ日が落ちる前だったからそのまま書庫へ向かう。あと数日は滞在するみたいだけど、次に会うのがいつかはわからない。話せるうちに話しておかなければいけないことがまだまだありそうだ。
「あー……、くっそ、魔法使うのって思ったよりしんどいな……。お前いつから使ってんだっけ……?」
「生まれて数カ月の頃からだけど?」
「だるくなかったのか? 今日のだって二日酔いじゃ聞かないくらい頭痛かったぜ?」
「だるかったけど魔法が使えるし。何があるかわからないんだから強くなっておかないと怖いじゃん。あー、ルーサー先輩がいいことおしえてあげよう。魔法は一気に放出することで、頭痛を感じるターンを短くして気絶することができる。……あ、気絶すると心配されるからやっぱやったらダメね」
「やらねぇよ……。気絶って死ぬ直前みたいな状態だぞ。んなことばっかりしてたら、何かある前に死ぬかもしれねぇじゃん。お前ちょっと変だぞ」
変じゃないと思うけどなぁ。
魔法ってロマンだし、その上身を守れるかもしれないし。そもそも俺の読んだ小説たちによれば、幼少期から魔力を鍛えるのってセオリーだったしなぁ……。
「……でも真面目にやらねぇと」
「ふーん。魔法で身を立てる気なの?」
「いや、親にできねぇ奴って思われたくない。俺んち、4個上の兄がいるんだけど、あんまり出来が良くねぇんだよ。いや……、普通だと思うんだけど、普通じゃ物足りないんだろうな。俺の心配とかもしてくれるいい奴っぽいんだけど……めっちゃ冷遇されてんだ」
あー、なんだっけ。名前忘れたけど、イレインが男だったら廃嫡してたとか、堂々と言ってたもんな。俺、それを聞いたときに、ウォーレン伯爵やばそうなやつだなぁって思ったんだっけ。
「イレインの父親ってなんか冷たい感じするよな」
「見たままだぜ」
「母親は?」
「あれも見たままだぜ。淑女教育とかいうのたまに見学しに来ると、先生がめっちゃ緊張してる。もう2人首になった」
「……俺、セラーズ家に生まれてよかったなぁ」
「交換してくれよ」
「嫌だね」
「あー、なんとかあの家から抜け出せねぇかな、貴族とかじゃなくなっていいからさぁ。……そういや爺先生が言ってた
「知らないの? ダンジョンに潜って探索する人たちだよ」
「あー、そのダンジョンってのがよくわかんねぇんだよな」
「イレインってゲームしたことないの?」
「あんまねぇなぁ……。友達と遊びまわってることの方が多かったし」
「あー、それっぽかったもんなぁ」
いつの間にかただの雑談になってしまったけれど、久々に同年代の男と喋っているような感覚が楽しかった。俺たちはミーシャに声をかけられるまでしゃべり続け、その場で別れるわけでもないのに「また明日な」と言って、この世界の住人としての仮面をかぶった。
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