第27話 消えて生まれて捻じ混じる *ちょい暗め
ルーサー君のここまでの話です。
ちょい暗いです。
暗いまま放置するのちょっとあれなので、できるだけ早く次の話あげます。
とばしてもいいからね!
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血は繁華街のネオンを反射しないのだなと思った。
でもステンレスはちゃんと光を跳ね返す。ぬめって落ちた血液の隙間で怪しい色がぎらぎらと跳ね返されていく。
ようやく焼けつくような痛みが治まってきて、顔のすぐ横に落ちている包丁を見ながらそんなことを思っていた。
人ってやばい時ほど変な思考が冴えてしまうらしい。
あのピンク色の可愛いカバンに詰め込まれた包丁は何本入ってたんだろう。
腕は二本しかないのにさ。
水音の混じった荒い息がすぐ近くで聞こえて気持ち悪い。
うずくまって腹を抑えていたけれど、これ以上やられる前に逃げなければいけない。
手を動かして体をささえようとして、そのまま地面にへばりついた。
すっかり髪が薄くなった親父と、以前ほどパワフルじゃなくなった母さん。それから「明日ね」と言って別れたあの娘の顔が脳裏に浮かぶ。
寒い、体が震える。
何が何だかよくわからなくなってきた。
誰かが冷房をガンガンにつけているのかな。
節電節電うるさい時期なのに。
誰かが俺を見下ろしているせいで、周りが暗くなった。
誰だ。影しか見えない。
そんなことより寒い。
体が震える。
寒い、暗い、どけよ、俺、逃げるんだよ。
今夏だったっけ。
寒いから冬だ。
家に帰ったらこたつ出さないとな。
ああ、さっきから気持ちの悪い音がずっとする。
猫がさ、祠から出てこないんだ。
扉なんかないのにな。
だから俺、家に帰ったんだ。
寒いからね。
それなのにいつの間にか外にいたんだよな。
意味わかんない。
俺、なんだっけ、俺……。
暗いなぁ。
……ああ、やっと音が静かになってきた。
かひゅ、だってさ、はは。
まるで、死ぬみたいじゃん。
なんで。
嫌だ。
嫌だ……。
◆
病院で目が覚めるんだと思った。
目が覚めたら多分人がたくさんいた。
ぼやけている。
体が動かない。怖い。わからない。
手が小さい。人がいっぱいいる。怖い。
多分笑っている。何がおかしいかわからない。
何を言っているかわからない。怖い。
体が浮き上がる。怖い。
顔が近くなる。大きい、怖い。
わけがわからない。
知らない。わからない。怖い。
怖い、怖い、怖い。
喉に何か詰まってる。息苦しい。吐き出さなきゃ。
知らない赤ん坊の泣き声が聞こえる。
知らない泣き声。
俺だ。俺の声だ。俺の喉が震えている。
なんなんだ、怖い。わからない。
泣くことしかできない。
怖い、ただ怖い。
薄ぼんやりとした視界がクリアになるまで随分と時間がかかった。
今の俺は赤ん坊。
多分死んで転生して、美男美女の貴族っぽい夫婦の元に生まれた。
まるで物語の中の話だ。
相変わらずみんなが何を言っているかはさっぱりわからないけれど、今のところ俺のことを大事にしてくれているのはわかる。
ああ、もう二度と親父にも母ちゃんにも会えないんだろうな。
俺、死んだんだな。死んだんだよな、多分。
そっか、死んだんだ。
ある日、この世界の俺を産んだ女性が、俺のことを庭に連れ出した。
おそらくその夫が外で体を動かしているのを見て嬉しそうにしている。
多分名前はアイリス。夫の方がオルカ様。そして俺の名前はルーサー。わかるのはそれくらい。早く言葉を覚えないと頭がおかしくなりそうだ。
できれば剣を振り回すのはやめてほしい。
俺まだ、先がとがってるものを見るの怖いんだ。
あれがまた俺に向けられるんじゃないかって思うと、それだけで吐き気がこみあげてくる。
オルカが置いてある大きな石に向かって剣の先を向ける。
ドリルみたいなものが飛んで行って石を弾き飛ばした。
魔法……?
ああ、そうか、ここは剣と魔法の世界なんだ。最初に思ってた通りだ。きっと俺がよく読んでた物語の世界のどこかにでも飛ばされたに違いない。
そうでもなければ、こんなわけのわからない状況に納得がいかない。許せない。
俺に与えられた役割は何だろう。
もしかして本当は死んでいなくて、役割をこなしたら生き返れたりするんだろうか。
ああ、でも、途中であっさり死んでしまう端役とかだったら嫌だなぁ。
死ぬ時の自分が自分じゃなくなっていく感覚がめちゃくちゃ気持ち悪かったから、もう二度とあんな目には合いたくない。
そうだ、長生きしよう。
今度は長生きしてさ、布団の中で眠るように死にたいよな。そうしたらさ、またちょっと違う死に方するかもしれないし。
物語の中の世界なら、今のうちから魔法の練習でもしようかな。強ければさ、そんな簡単に死なないかもしれないじゃん。そうだよ、それがいい。次はさ、殺されたくないもんな。
なにより夢中になれることがないと、考えることが多すぎて、今にもどうにかなってしまいそうだ。
◆
父上が最近家にあまり帰ってこない。
帰ってきても疲れた表情で怖い顔をして書類を睨んでいることが多い。
母上が眉間に皺を寄せている。
最近では父上と仲良く話している姿を見なくなった。
俺が実の子供じゃないって気づかれたんだろうか。それとも、子供らしく振舞えなかったからだろうか。あんなに仲が良さそうだったのに。俺が俺であるばっかりに、駄目にしてしまったんだろうか。
言葉がわかってきて、結構大事にされてるんだなっていうのも分かってきた矢先だった。他人のように思えていた今世の両親を、ちゃんと両親として大事にしなきゃなって思ってたのに。
父上も母上もどんどん変わっていく。
二人とも疲れた険しい顔をしている。
父上と同じ年頃の男性が家に来た。
多分偉い人なんだと思う。
その人が父上に「お前随分嫌われてるぞ」というニュアンスのことを言っていた。
父上は「あんたのせいでしょう」とため息をついて、それでも悪そうな顔で笑っていた。
母上は辛そうな顔をしていたけど口を挟まなかった。
もしかして、父上は悪いことをしているんだろうか。
父上が財務大臣に就任していたことが分かった。
そっか、父上は、嫌われているのか。
俺にミーシャというメイドさんがつくようになった。
可愛いけど、まだまだ十代半ばくらいの少女だ。別に若い女の子がめちゃくちゃ好きなわけじゃないけど、一人でずっと考え事をしているよりは気がまぎれる。
魔力の鍛錬をして気を失って寝ている間に毛布を掛けてくれてた時は、正直ちょっときゅんとした。
メンタルが少し回復してきて思う。
一人で欝々としていないで、新たなことに挑戦することにしよう。
この世界のことをもっと知りたい。
ミーシャに本を読んでもらった。昔話に出てくる魔法使いがかっこよかった。ダンジョンに潜る探索者の英雄譚も心躍る。
文字を追いかけるのにも慣れてくると、段々と自分でも本を読み進められるようになった。ミーシャのちょっとたどたどしい読み聞かせも温かい気持ちになれるが、勉強効率としてはあまりよくない。
しかし、知れば知るほど、この世界はどこかで読んだことがあるような世界だ。
父上のこともあるし、この調子だと俺に割り振られたのは悪役かな。
主人公の当て馬にされたりしてさ。
敵陣営の悪い奴に言葉巧みに誘惑されて、使い捨ての中ボスとかにされるんだ。
嫌だなぁ……、そんな死に方は。
でも父上は最近すっかり肥えてきて、ますます悪役っぽさに磨きがかかってるしなぁ……。
忙しくて構ってもらえなかった身分の高い貴族の子が。性格悪い悪役になるって、学園物じゃよくある話だよな。
俺、どうしたらベッドの上で大往生できるんだろう。
書庫にこもって知識を蓄えながら、俺は毎日うんうんと唸って考える。
答えが出ない悩み事を抱えながら俺ができるのは、もうルーティンのようになっている魔力の鍛錬をすることと、書庫にある本を読み漁るくらいのことだった。
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