第26話 魅

「なんて言いました?」

「だから、俺元々男だから、男なんかと結婚したくねぇの。あとお前もうちょっと普通にしゃべれば?」

「あー……そういうパターンかぁ……」


 全然想定してなかったよ。

 完全に女の子だと思ってた。

 多分イレイン嬢、もといイレイン君は知らないと思うけど、大きいお友達の中にはそういうのが好きな人もいるらしいから気を付けたほうがいいよね。

 俺がノーマルな人で良かったね。


「もうさ、死んだと思ったら急に赤ん坊になってるし、性別変わってるし、言葉わかんねぇし、貴族とか知らねぇし、米はねぇし、勉強したくないのに淑女教育とかいうわけわかんねぇことさせられるし、父親も母親もなんか怖いし、使用人の24時間監視付きで、挙句の果てに顔も知らねぇ男と許婚だぞ。どうなってんだよ、糞だろマジで、終わってんだよ、お前なんか知ってるなら何とかしてくれよ、俺マジで頭おかしくなりそうなんだよ、頼むよマジでこの通りだから」


 マシンガンのごとく言葉が羅列される。

 ちょっと澄ましていた顔も、くしゃりと歪んで本気で追い詰められているのがありありとわかった。

 さっきも驚いたり怒ったりしていたけど、ここまでではなかった。

 一番奥にあった、どうにもならない部分を吐き出したら止まらなくなっちゃったんだろうなぁ。


 しかし頭をさげられたところで俺にできることなんかない。

 できることは、来るかもしれない未来におびえて備えておくくらいだ。

 この世界に生を受ける前に神様と出会わなかった以上、これから先神託みたいなことがあるのを期待するのも良くないだろう。後だしで頭の中に直接語り掛けてくるようなやつは、物語の黒幕であることの方が多い。

 そんな奴にはファ〇チキ下さいと唱えてお帰りいただくのが賢明だろう。


 物語でしかないけれどたくさんの前例を知っていたおかげで、俺はイレインよりはずっと冷静に過ごしてこれたのだと思う。

 イレインが神童と呼ばれるようになるまでに、あの厳しそうな父親と、癖の強そうな母親の元、どんな苦労をしてきたのだろう。

 それを思うと安易にどうにもなりませんと切り捨てる気にもなれなかった。


 どうにもならないけど。

 答えは沈黙。


「……お前もただこの世界に来ちゃっただけだもんな。知らねぇよな、こんなこと言われても。やってらんねぇよな、ホント」


 多分だけど君よりはイージーモードだと思います。

 俺も性別変わって政略結婚させられる予定だったら、今より結構焦ってるかも。


「……できるだけ力は貸すけどさー」

「ありがとな。事情知ってるやつがいるだけでも気分ちげぇわ」


 なんかしんみりした空気になっちゃった。

 俺、こういうシリアスな空気あまり得意じゃないかも。でもなー、傷心の人の相手とかも得意じゃないからなぁ。


 とりあえず、仲良くなったようなふりをして、家にできるだけ招いてあげるとかすればちょっとは気楽に過ごせるんだろうか。それとも嫁入り前の娘にそんなこと、みたいになるのかな。

 父上たちの仲を見る限り、いけそうな気もするけど。


「何がいけなかったんだろうな」


 先のことを考えながらぼんやりとしているとイレインが嘆く。

 まだまだシリアスモードは続いているらしい。


「何がって?」

「だから、何か悪いことしたから罰的なことなんかなーって思うじゃんか。っつーか、俺死ぬ時も刺されて死んでんだぞ。マジで俺が何したってんだよ……」


 んー、死因に親近感わくけどまさかね。


「イレイン嬢はさー」

「おい、イレインでいい。人が聞いてない時までその呼び方しないでくれ」

「はいはい、んで、イレインはさ、なんで刺されたの?」

「俺が聞きてぇよ……。客の女が道端で待ち構えててさ、わけわかんないこと言って襲ってきたんだよな。そういや巻き込んじまった奴いたんだけど、あいつ生きてっかな……」


 多分だけど巻き込まれたやつ死んでるね。超能力に目覚めたかもしれないってくらい、はっきりとそんな予感がする。


「……もしあいつが死んでたとしたら、俺悪いことしてるか。助かってっといいけどなー、めちゃくちゃ刺されてたし無理だよなぁ……」


 結構後悔してるのを聞いちゃうと言い出しにくい。

 わざわざそれ俺ですとか言って嫌な思いさせる必要もないか。

 正直よくもやってくれたな、みたいな気持ちがないわけじゃないけれど、イレインはもうそれ相応のひどい目に遭っている。


「ホストでもしてたの?」

「よくわかるな」

「女性で客で刺されたって言ったら想像つくでしょ。もててたみたいで羨ましい」

「男女問わず仲良くなるのだけは得意だったからな。でもこの世界のやつら、なんかお堅くて怖えんだよ……」


 お貴族様だからね。

 相手も一歩引いてるし、立場とかもあるから仕方ないんじゃないか。日本のウェーイ式交渉術はあまり役に立たなそう。

 とか考えていると、扉がノックされる。


「ルーサー様、イレイン様、そろそろ入ってもよろしいでしょうか?」


 ずいぶんと長く二人きりで話していたから、ミーシャが心配して声をかけてくれたのだろう。あまり長くなるようだったら助けてねと言っておいたのは俺だ。いつもありがとうね、ミーシャ。

 イレインが慌ててクッションから降りて居住まいを正し、二人の間に本を広げる。


 そして体を乗り出して俺の耳元に口を寄せた。


「お前だけが頼りだ、これから頼むぞ」


 そして離れ際にばちっとウィンク。これだからもて男は嫌だ。人の心のくすぐり方を知っている。ちょっとやる気になっちゃうじゃん。

 多分君、成長したら普通に男にももてるから気を付けたほうがいいよ。

 俺は中身知ってるからそういうのないけどさ。


「大丈夫、入ってきて」


 返答を聞いたミーシャがゆっくり扉を開けて書庫へ入ってくる。

 マットの上で本をはさんで仲良さげにしている俺たちを見て、にこりと微笑、静かに俺たちのことを見守れる位置へ移動した。


「魔法、面白いですね。ルーサー様、魔法が習えるよう一緒にお父様にお願いしていただけませんか?」


 すっかり淑女モードに移行したイレインが、すました顔でお願いしてくる。演技派だなぁ。そうじゃないとやっていけない環境だったのかもしれないけど。


「ここにいる間だけでも、一緒にルドックス先生に習えるよう頼んでみますね」

「ありがとうございます」


 おそらくミーシャの前では初めて笑顔を見せて、イレインは本に目を落とした。

 ミーシャは俺と目が合うと、パチッと片目だけでウィンクを飛ばしてくる。『流石ルーサー様』という声が聞こえてくるような気がした。


 うん、やっぱりウィンクされるのなら、イレインからよりミーシャからの方が嬉しいなぁ……。


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