第24話 すぐ調子にのる

 どちらかと言えば切れ長のお目目を丸くして、たっぷり十秒はこちらを見つめるイレイン。

 早くなんか言ってよ。

 待ち時間でプレッシャーかけるとかいう高度な技を披露するのやめて。


「……ルーサー様は、私との結婚は納得されてませんか?」


 あー、次々と選択肢を押し付けるのやめてほしい。会話の主導権が欲しい。もっと望んでいいのなら、ずっと沈黙をしていたい。


「……納得していないというか、昨日の食事の場で初めて聞いたから飲み込めていないというのが正しいでしょうか」


 そろそろ笑顔がひきつるのが隠せなくなってきてる気がする。なんだこの拷問のような時間。


「ご自分が好きになった方と結婚したい、と思いませんか?」


 なんだこの幼女。難しいこと言うな。

 わかんないよ、人と付き合ったことすらないんだから。

 でもそうだな……、現代日本人的な価値観から贅沢を言わせてもらうと、できれば恋愛結婚したいよね。甘酸っぱい青春とか味わいたいよね。

 『友達としか思えないの』ってセリフはできればもう聞きたくない。


 あ、分かったぞ。この子いっぱい本読んでるから、きっと恋愛系の本とかも読んだんでしょ。それで恋愛結婚とか、ロマンチックな告白とかに憧れてたのに、突然許婚とかいう存在が現れたからこんなに不満そうなんだ。

 だとしたら転生者じゃなくて、マジでめちゃくちゃ賢いだけの子の可能性がある。そう考えれば子供っぽくてかわいらしく見えてこないでもない。もちろん恋愛的な意味ではなく。

 よし、話合わせてやろう。


「そうですね。できれば自分がこの人だと思えるような人と出会いたいです」

「そうでしょう。では私たちは協力できるかもしれません」

「どういうことでしょうか?」


 イレインが悪い奴っぽくニヤッと笑った。

 こらこら子供がそんな笑顔を浮かべるものじゃありませんよ。普段からそんな笑い方をしていると、そのうち悪役令嬢とか言われて、ありもしないいじめを取り上げられて断頭台送りにされちゃいますよ。


「私もルーサー様も、自分で相手を探したい。しかしここで仲違いをすると、他の相手をあてがわれてしまう可能性があります」

「なるほど……?」

「であれば、この関係を維持して、運命の相手が見つかるまで互いに協力し合うんです」

「……いいですよ。僕も父上と母上を悲しませたいわけではないですから、仲違いは避けたいですし」


 ……俺さぁ、5歳児の知能とかよくわかんないけど、これやっぱ異様に賢いよなぁ。というか、恋愛に対する価値観がなんとなく一緒なんだよなぁ。

 イレインが思ってるより、多分貴族の家と家の関係って大事だと思うんだよ。俺は自由恋愛したいけど、多分この世界だとそれよりも家を優先するのが普通だ。俺、結構勉強してるからその辺はわかってんだよね。

 勉強を怠っている異世界からの転生者、って考えるとちょっとしっくりきちゃうんだよなぁ。


「それでは約束です。お父様とお母さまには絶対秘密ですからね」

「ええ、分かってます」

「ルーサー様が物分かりが良い方で助かりました。もし突然抱き着いてくるような獣だったらどうしようかと思ってました」


 いや、5歳児の発想じゃないんだよねそれ。襲い掛かってどうしろっていうの?

 俺、今のところそういう欲望一切ないからね。

 っていうか、最初あれだけ警戒してたのって、俺のこと性欲魔人のロリコンじゃないかって疑ってたからってこと? めちゃくちゃ失礼だなこの幼女。


「安心したら気が抜けました。そういえばルーサー様はすでに魔法を使えるんでしたよね。私は魔法の存在を知らなかったのですが、ルーサー様はいつ知ったのです?」


 生まれてすぐの頃、父上と母上がイチャイチャしてる時のトークで知りましたけど。

 でもおかしいな。絵本とかの読み聞かせをしてもらっているのなら、その中にも魔法はいくらでも出てくるはずだ。素直に聞いていれば、この世界に魔法があるなんてことはわかりそうなものだ。

 子供だったら憧れるだろうし、両親に魔法ってどうやって使うの、くらいのことは聞きそうなものじゃないか?


「絵本とかに書いてありませんでしたか?」

「ええ、ありましたけれど……。まさか本当にあるなんて思わないじゃないですか」


 まるで魔法のない世界を知っているような言い草だ。

 気を抜いたら突然ぼろぼろ怪しいところが見えてきたけど大丈夫か、この子。ご両親にもすぐぽろっと俺たちの関係ばらしそうだけど。


「僕は絵本に出てくる凄腕の魔法使いに憧れて、いつも魔法の本を読んでいたんです。それをミーシャが母上に伝えてくれたみたいで、ルドックス先生を招致してくださいました」

「そのルドックス先生が『賢者』って人?」

「ええ、そうです。魔法の達人で、王都付近のダンジョン氾濫をいくつも鎮圧されているすごい方なんです」

「私も一緒に教えてもらえないかしら」

「そちらのご両親に許可さえとっていただければ問題ないかと思います」

「ありがとうございます、話しておきますのでよろしくお願いします」


 俺のルドックス先生を人に紹介するのはちょっと嫌だけど、まぁ、まぁ、魔法好きの同志としてイレインは受け入れてやろうかな。一応変な方向で将来の約束をした仲だし。


 それはそれとして、同志に嘘はいけないよなぁ。

 念のためこいつが転生者じゃないかかまかけとこ。


「ところでイレイン嬢は最近米を召し上がりましたか?」

「……米、があるんですか?」


 ないよ。

 パンとかもろこしとか芋とかはあるけど、米っぽいのはよくわからない雑穀しかないよ。


「ええ、セラーズ家で細々と育てているんです。珍しい食べ物なので、良かったら父上に頼んで召し上がってもらおうかなと」

「食べたいです! あの……、セラーズ家は海に面していますよね。今のところ焼いたり蒸したりした魚しか食べたことがないのですが、新鮮な海の魚を生で食べるということとかは……」


 ないよ。

 このプロネウス王国では、そんなことしたら野蛮人だと思われるよ。あと醤油も味噌もないよ。

 突然大豆の香りを漂わせてきたな、イレイン嬢。俺、ちょっと心配だよ。でもちょっと面白くもある。


「……寿司」

「寿司があるんですか!?」


 立ち上がって大きな声出さないで、びっくりするから。多分外にいるミーシャ達にも聞こえたよ、今の。


「……落ち着いてくださいイレイン嬢」

「す、すみません。その……寿司が、あるんですか?」


 ごくりと喉を鳴らしたイレインは俺の方に顔を寄せて小声で尋ねる。

 昨日までの警戒心どこに投げ捨てたの?

 なんかこれ以上騙すのかわいそうになってきた。心がチクチク痛む。



「……ないよ」

「はい……?」

「寿司はないし米もないし、醤油も味噌もないよ。イレイン嬢、元日本人でしょ」


 俺もそうなんだよー、って言おうとした時には胸ぐらをがっと掴まれていた。

 やばい、油断した。同じ日本人がこんなにけんかっ早いと思わなかった。

 その日本人にぶっ刺されて死んだ経験が全然活かされてないんだけど!


「ついていい噓と、悪い噓があるじゃん……」


 イレインは本邦初公開の悲しい顔をたたえ、今にも消え入りそうな声でつぶやいた。


「……ごめん、調子に乗りました」


 大事なのは米も寿司もないことではなく、素性がばれたことだと思う。

 でもあまりにも悲壮な表情を浮かべたイレインを見て、俺は思わず謝罪の言葉を口にしていた。


 ところでぐいぐい襟で首絞められてるんだけど、これ、もしかして殺意が混じってますか?


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