第23話 乙女心って何

 女の子と約束って言葉はなかなかいい響きだと思う。

 彼女いない歴=年齢である俺としては、胸がドキドキワクワクしてしまう、はずだった。

 でもねー、前世の最後で腹をドクドクさせられてる身からすると、実は女の人ってちょっと怖いんだよね。それが幼女だとしても、何を考えているかわからない以上不気味さは残る。

 特に中身が大人の女性の場合、普通の幼女よりとってくる手段が多彩になるはずだ。


 お前は悪役だから今のうちに殺しておく! とかなったらどうしよう。

 普通に考えたら保身もしないといけないだろうから、出会って二日でぶすっとは来ないだろうけれど、頭ぶっ飛んでる系はそういう理性が利かないから。

 イレインの場合終始冷静だったし、わざわざ場所を選んで秘密の話をしようって言うんだから、そこまで変なことはしてこないと思うけどね。


 俺はチキンだから当然ミーシャには同行してもらう。

 あ、抑止力として連れて行くのであって、物理的に守ってもらおうってわけではない。女の子を盾にして逃げるほど外道にはなりたくない。いざとなったら体張ってでもミーシャは逃がしてあげるからね。

 

「ルーサー様、ため息が多いですね。ご不安ですか?」

「ん、ごめん」

「イレイン様の前では控えてくださいね」

「そうだね、感じ悪いもんね」

「……これは秘密にしていただきたいのですが」


 そんな切り出し方にミーシャを見て立ち止まる。続きを促すために黙ってうなずくと、ミーシャはちょっと不満そうな表情を作って続けた。


「イレイン様があの態度をとる理由がわかりません。将来有望でお顔立ちも整ってますし、優しく真摯に接しておりました。何がご不満だったのでしょう。私は悔しいです」


 ぷりぷりと遺憾の意を表明するミーシャにちょっと気持ちが和んでしまった。

 でも親馬鹿みたいになってるから、イレインの前では抑えてね、嬉しいけど。


「うん、そうだね、ありがとね、ミーシャにそう言ってもらえるだけで僕も嬉しいよ」

「しかしですね……」


 そのあとも俺のいいところを上げ連ねてくれるミーシャ。

 そろそろ恥ずかしいからやめようか。

 2度制止をかけたころには、いい感じに気が抜けてしまった。


 父上と母上の件では妙な先入観を持ってたせいで失敗したし、あまり構えないでいった方がいいんだろうな。

 もともと俺はそんなに頭のいい方じゃないし、楽天的な性格なんだ。妙な死に方をして妙な環境に放り出されたせいで神経質になっちゃってるけど、本質的に人を疑うのがあまり好きじゃないんだと思う。

 父上と母上の問題を解決したのだって、半分くらいは俺が耐え切れなくなってきていたって理由もある。

 疑うよりは信じる方が気が楽だ。


 でもなー……、俺、今世じゃ貴族だしなー。悪役かもしれないしなー……、警戒心全部捨てるわけにはいかないよなぁ。

 せめてどんな不意打ちにも対応できるくらい強ければ話は別なんだけど。


 なんて考えているうちに書庫についてしまった。

 

 外でイレイン付きのメイドさんが待機している。

 これもしかして、ミーシャも外に置いていかないとダメ?

 見上げてみると、申し訳なさそうな顔をするミーシャと目が合った。


 あ、はい、一人ではいります。


 一応ノックをしてから中へ声をかける。


「ルーサーです。入ってもいいでしょうか?」

「……どうぞ」


 少し間があってから、扉が中から開けられてイレインが顔をのぞかせた。相変わらずすました顔をしていて何を考えているか読み取れない。


「ありがとうございます」


 外から扉を抑えてやると、イレインが引っ込んでいく。

 そのまま体を滑り込ませるように書庫へ入ると、昨日のマットの上には既に本が数冊積まれていた。魔法関係の簡単な本ばかりがおいてあるので、興味は間違いなくあるのだろう。

 本を普段から読んでいるというのも嘘ではなさそうだ。


「どうぞ」


 イレインは自分が座っていたであろうクッションを小さな手で整えて、ぽんとそれを叩いて俺に言った。


「いえ、イレイン嬢がお使いください。俺はこちらで」


 押し問答になっても嫌なので、答えて勝手にマットの上に座る。一応さぁ、人の目がないとはいえ、女の子にいい場所を譲るくらいの常識はあるよ。

 まだお貴族様の作法は完璧じゃないけど、紳士っぽい態度を取ろうって努力だけはしてるんだ。


 はい、今日最初のご不満顔を頂きました。

 ごめんなさい、素直にクッションに座ればよかったですか、そうですか。


 イレインは俺の横にクッションを持ってくると、そこに重ねてあった本乗せ、マットの上に座った。

 クッションをはさんで隣同士と思えば昨日よりはよい距離感だ。

 ちょっと本でも読みながら距離感計ってみようかな、なんて考えてクッションに乗っている本に手を伸ばすと、丁度イレインも反対側から同じことをしていた。

 指先が当たる前に気づいてひっこめた俺は偉い。触ってしまった日にはまた不機嫌顔をもらうところだった。


「……ルーサー様は私との許婚についてどう思われますか?」


 君、インファイト上手だね。

 こっちが準備運動しようかなって思ってるときに、渾身のフック打ってくるのやめてよ、もろに貰っちゃったじゃん。

 なにこれ、正解分からないんだけど、とりあえず肯定的に答えておけばいい感じ?

 ええい、適当に誤魔化しておけ。


「父上たちの決めたことですし、両家の結びつきがより強固になると考えれば歓迎するべきことかと」


 よし、いい感じだろ。

 どれどれ、イレインの反応は……。

 ……めっちゃこっち見てる。しかも瞬きもせずにじっと見てる。

 怖いよミーシャ、助けて。

 今のはイレインがかわいいからすごく嬉しいよとか言っとけばよかったの?

 でも俺的には、イレインは俺との許婚関係が嫌だと思ってるんだと勝手に思ってたんだけど。それに同意する形で、君の意見は尊重するよってスタンスで行くつもりだったんだけど。

 頼むから目の前に三択を出してくれ。それでも結構な確率で間違う自信はあるけどさ!

 恋愛初心者に自由課題だされても及第点とれるわけないじゃんか!

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