第22話 約束

 前世では箸の持ち方もあいまいだった俺だけれど、今世ではテーブルマナーは割とちゃんとしてる。人間教われば煩雑なルールも案外守れるものらしい。

 前世でも3秒ルールならちゃんと守ってたんだけどね。

 なんと食べ物が床に落ちても、3秒までなら雑菌がつかないから食べても良いという素晴らしいルールなんだけれど、普通に嘘なので気を付けたほうがいい。


 多分この世界でそれをすると、母上が仰天してしまうので自主的に封印したルールだ。そもそもテーブルマナーちゃんとしてると、食べ物こぼすこと自体が稀なんだけどね。


 似たものとしてはドーナツは真ん中に穴が開いてるから0カロリーとかって理論もある。父上がドーナツを食べまくる理由になっては困るから、家族には秘密である。ちなみにこっちも当然嘘っぱちだけど


 さて、大人たちのなかに紛れると、子供が口を開く機会はあまりない。他家の怖い顔した当主とか、ちょっとトラウマ系の見た目の夫人とかがいるけど、さっきイレインと二人きりでいたときよりは心安らいだ。


「そういえばイレイン、ルーサー君には良くしてもらったか?」

「書庫で魔法に関する本を見せていただきました」

「ふむ……、そうか。ルーサー君はあの『賢者』を師として魔法を学んでいるのだったな」

「もう第二階梯まで使えるそうだ。最近は私と一緒に剣の稽古にも励んでいるし、将来が楽しみだ」


 お、父上が俺のこと自慢してる。

 あんまりアピールしなくていいからね、と思うのと同時に、ちょっとだけ誇らしい気持ちになる。頑張りが認められるというのは嬉しいものだ。

 うんうん、もっと褒めてくれてもいいよ。


「ふふっ、文武を兼ね備えた立派な後継ぎですわね」


 そうでしょう、 ウォーレン伯爵夫人。

 夫人も唇の端のほくろがセクシーですよ!


「成程、この年ながら素晴らしいな。病気も癒えたときくし、イレインの嫁ぎ先として憂い無しだな」


 でしょうでしょう、ウォーレン伯爵閣下! イレインの嫁ぎ先としてもね、俺はかなり良物件でね、うん。……うん?


「昔からの約束だものな。生まれた子が異性だったら許婚にすると」


 へいパパ上、何言ってるんですか?

 私そんなの何も聞いていませんけども?

 なんなら今日一日めちゃくちゃ気まずかったですけど?


「ははは、これでめでたく私たちも親戚になるというわけだ。もしイレインが男だったら、サフサールを廃嫡して当主にしたいくらい優秀なんだがなぁ」


 待て待てめちゃくちゃノンデリなこと言ってんなこの眼帯悪役顔おじさん。サフサールって誰だよ。イレインのお兄ちゃん? 弟? いないからってちょっと酷いこと言うね。

 そういうのって知らないうちに本人に伝わるから控えたほうがいいと俺は思うよ?


 って、そんなことを気にしている場合じゃない。

 何? イレインって俺の許婚なの?

 雰囲気的に知らなかったの俺だけ? まじかよ。


 イレイン、お前は知ってたの?


 視線を向けるとイレインの眉間に皺が寄る。

 あー、はいはい、分かりました。親に勝手に決められた婚約相手だったから、俺にあんな態度だったわけだ。俺が相手じゃご不満ってことね。

 まぁ気持ちはわからないでもないよ。

 俺もできたら自由恋愛したいもの。


「一週間は滞在するんだろう? ルーサー、その間イレインさんと仲良くするんだぞ」

「はい。……父上、僕は許婚のことを知らされていなかったんですが」

「うん? そうだったか。でもイレインさんは綺麗で賢い子だ。嬉しいだろう?」

「はい、嬉しいです……」


 これ貴族社会だと多分当たり前のことなんだな。

 父上、ほんの僅かも悪いと思っている様子がないぞ。

 ここで『嫌です』とか『どうしてですか』とか言おうものなら、めちゃくちゃ無礼者として家同士の関係に不和が生じそうだ。俺にはそんな勇気はない。

 所詮元々は田舎の一般人だから、なかなか人に強く出ることなんかできないのだ。

 まして何が起こっているやらよくわからず混乱中である。まずは一度持ち帰って検討させてくださいモードである。しがない営業マンはそうしてお上にお伺いを立てる癖がある。


 俺の気持ちなど誰も汲むことなく、食後の歓談は続く。

 ここの主役は俺ではないのだから、この対応は当然のことだ。

 半ば呆然としながら視線をさまよわせていると、またもイレインと目が合ってしまった。

 イレインは僅かに首を傾けながら、俺の方を見ている。ご機嫌斜めの表情ではなかったのが意外だった。

 そして口パクで何かを俺に伝える。

 何? そんなの読み取る技能ないんだけど。俺に期待しすぎじゃない?


 とりあえず神妙な顔をして頷いたのは、仮にも許婚らしいイレインにこれ以上嫌われないようにするためでしかない。

 そっとミーシャに目配せすると、小さく頷いてばちっとウィンクしてくれる。

 さすがミーシャ、略してさすミー。俺にできないことを平然とやってのける。

 後で何言ってたか教えてね、頼りにしてるからね。



「それで、さっきのイレイン嬢って何を伝えようとしてたの?」

「……はい? さっきのとはなんでしょうか?」


 待て待て、なんだそのすっとぼけは。

 だってウィンクしてくれたじゃん。俺が助けを求めたときに、頷いたじゃん。俺たち以心伝心の無敵のコンビじゃないの?


「ほら、食事の途中でウィンクしてくれたでしょう?」

「ああ! あれですか。突然許婚がいることを知らされたのに、イレイン様に嫌な思いをさせない素晴らしい対応でした、流石ルーサー様」


 違うんだよなぁ。

 褒めてほしかったわけじゃないんだよ。確かに俺、何かがうまくいったときにミーシャに褒めてほしそうな視線を送ることはあるのは認めるよ?

 でもあれはそうじゃなかったんだよなぁ。

 頼りにしてるとか内心でめっちゃ褒めちゃったよ。


「……うん、ありがとう」


 まぁ、勝手に期待しただけだし、怒ったりはしないけどさ。


「ところでルーサー様、イレイン様とは何か約束をされてましたっけ? 『あしたはなしましょう』と声を発さずに仰ってましたけれど」

「え?」

「ですからイレイン様と何かお約束をされていたんですか?」

「待ってね、さっきの口パクパクしてたのって『あしたはなしましょう』って言ってきてたの?」

「ええ、そうですけど……」


 やっぱすごいじゃんミーシャ。さすミー。

 なんで読唇術とかできるの?


「メイド間で声を発してはいけない時のやり取りに便利なんですよ」

「僕今何も言ってないけど」

「なんで読唇術ができるのか不思議そうにしていらっしゃったので」

「あ、そうなんだ……」


 ちょっと怖いかもミーシャ。 


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