第15話 穏やかに流れる日

 張り切って魔法の実践練習を始めた俺だったのだが、これがなんと思ったよりもずっと難しい。

 正直なところ、第一階梯と言われる魔法は割と簡単だった。しかもこれらは込めた魔力量によって威力が変わるので、俺にとっては非常に使い勝手のいい魔法だ。

 ルドックス先生に言わせれば「ルーサー様は第一階梯を極めるだけでも強いんじゃがのう」らしいけれど、どうせならば使える魔法は増やしておきたい。


 ただ第二階梯から上の魔法は、魔力を込める量を綿密に決めなければいけない分難しいのだ。魔力を込めすぎると、別の効果が出てしまったり、思うように動かせなかったりする。

 力技で第一階梯をぶっ放すより、ルドックス先生のように巧みに魔法を使いわけられる魔法使いになりたい。誰が見ても分かるような素晴らしい魔法使いというのは、そういうものだと思う。


 そんなわけで一月ほど頑張って鍛錬しているのだけど、うまく使えるようになった第二階梯の魔法は2つだけ。尖った礫に回転を付けて飛ばす旋礫せんれきと、飛ばした火球を着弾点で爆発させられる破炎はえんだけだ。

 なぜうまくできるかというと、多少魔力を込めすぎてしまっても威力がちょっと変わるだけだからだ。つまり実は、進捗度としては他と大して変わらない。

 

 それでも十分成長が早い方だとルドックス先生は褒めてくれたし、地道にやることにするよ。ルーサーとしての体がどうかはともかくとして、俺は天才型ではないし。

 前世を併せても過去最高に頑張ってるお陰か、毎日充実感も半端じゃないし。



 充実、と言えばだけれど、最近の父上と母上は、なんだかすごく仲がいい。

 父上のお出かけには頬にチュッとするという、ラブラブ具合を見せつけられている。

 ビジュアルは美女と野獣なんだけどね。


 もし元の世界の親父と母ちゃんにこれを見せられたら、恥ずかしいからやめろよって言ってたかもしれないけど、母上が美女だからか、あるいは俺が大人になったからなのか、なんとなく許せてしまう。

 ぎすぎすしているよりはずっといいよ、うん。

 なんか父上も心なしかちょっとだけ細くなったし。と言ってもまだ人よりもボールよりな体系をしてるけど。


 隣にいる母上のかわいらしいかんばせの眉間に皺が寄り始めたのは、単純に父上の姿をぎりぎりまで見送っているからであって、ご機嫌が斜めなわけではない。なんとなく桃色のオーラを感じるのでそれは確かだ。

 実際毎日話をしていると、父上や母上を悪い人だと疑うことがなんと馬鹿なことだったんだろうと思ってしまう。


 これが家族だからなのか、外でもそんな姿なのかわからないのが怖いところだけど。

 身内には優しい悪役だってよくいるもんね。

 甘やかされまくって性格がわがままプーな上、ボディまで真ん丸わがままな悪役令息だっているはずだ。

 そんな小説を山ほど読んできた俺に油断はない。


 父上を見送ると外の空気が温まるまで自室でお勉強。

 昼前頃になると母上と一緒に中庭へ出ることになっている。


 ルドックス先生が来ない時の最近の日課だ。


 中庭では母上も俺も好きなことをしている。

 のんびりお茶を飲んだり、土いじりしたり、刺繍をしているのが母上。

 本を読んだり、字を書いたり、魔力放出の量を調整したりしてるのが俺。


 最後に関しては周りからするとただ難しい顔をしてボーっとしているようにしか見えないらしく、初めのうちは心配された。

 魔法の鍛錬をしていると言っても、体調不良を我慢しているんじゃないかと疑われるものだから、仕方なくルドックス先生に口利きしてもらってようやく納得してもらった。


 なんで俺の言葉は信じてくれないのかとミーシャに愚痴ったところ、曖昧な笑顔でスルーされた。解せない。


 昼食を食べ終わって一息つくと、少しだけ眠たくなってくる。

 多分子供だから体が睡眠を欲しているのだと思う。

 

 眠ってしまうと、いつの間に室内に戻ってお昼寝タイムになってしまうので少しばかりもったいない。

 眠気を覚ましたいなと思った俺は、何気なく母上に質問を投げかけた。


「母上は、どうしてこの間まで父上とぎくしゃくしていたんですか?」

「え?」


 唐突な質問に動揺したのか、母上はティーカップでかちゃりと音を立てた。普段はそれこそ魔法のように静かに食器を扱う人なんだけどね。


「それは……、秘密なの」


 赤面した母上は、そっと目を逸らしながら答える。

 うん、まだその言葉遣いがかわいらしく見えることは認めるけどさ。

 無言でその顔を見つめていると、母上はちらっちらっと俺の様子を窺って、諦めていなさそうなことを察知すると小さな声で答える。


「その……、オルカ様に聞いてほしいわ」

「父上なら答えてくれるんですか?」

「できれば聞かないでほしいのだけれど、ルーサーがどーしても、どーーしても聞きたいって言うならよ?」

「わかりました、父上に聞いてみます」

「聞くのね……」


 だって気になるもん。

 なんだろうなぁ……。なんかすれ違いがあったらしい雰囲気はわかってるんだけど、誰も教えてくれないんだよね。


「はい、聞きます。父上と母上のことはなんでも知っておきたいので」

「あら、ルーサーったら、かわいいわね」


 ちょっとご機嫌取りをしたら、母上はすぐに笑顔を見せてくれた。かわいいのは母上です。

 大きく嘘を言ってるわけでもないので罪悪感もない。


 さて、じゃあ今日の夜は父上の執務室に潜り込んで質問してみよう。

 もちろんミーシャには断りを入れた上でだけど。

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