第14話 ルーサー様と俺

「ふーむ……」

「やはり、気味が悪いでしょうか?」


 ルドックス先生が目を閉じて考えている。

 うまく乗せられた俺は、先生に2つのことを伝えた。

 前の世界で生きた記憶があること。それから、魔法を知ったその時から魔力を空っぽにし続けてきたことをだ。


「いやいや、不安がらせて悪かったのう。考えていたのはそのことではないんじゃ」

「そうですか? しかしその、やはり他の人には話さないほうがいいですよね」

「それは……、残念だがそうじゃろうな」

「……やはり、父上や母上からしたら気持ち悪いですものね」

「……身内に関してはルーサー様が自身で判断するべきじゃろうな。儂が言いたいのは世間的な話じゃ。前例のないことを公表することでペテン師と言われたり、監視をされたりするのは嫌じゃろう?」

「嫌です」

「じゃったら慎重に事を運ぶべきじゃ。今まで黙っておったのは賢明な判断じゃ」


 深刻な話をしているところだけど、ルドックス先生に褒められると妙に嬉しくなってしまう。賢明だってさ!

 でもやっぱり人に言うべきじゃないよなぁ……。

 嘘をついたならともかく、本当のこと言ってペテン師扱いは結構傷つくと思う。


「ありがとうございます。それから、考えの邪魔をしてすみません」

「いやいや、結局は本人に尋ねることじゃからな。ルーサー様は魔力を毎日枯渇させていたんじゃろ? 何か魔法が使えるのかの?」

「いえ、ただこう、全身から魔力を垂れ流していただけです」

「……現象に変えずに魔力を垂れ流す、か。ではもう一つ。先ほどの魔法を使ったとき、体の中のどれくらいの魔力を消費したかのう?」


 感覚的に言えば指の先にあるのがちょろっと漏れ出した、くらいのつもりだった。体の中に満ちている魔力全体からすると、1%にも満たない量であったように思う。


「ほんの少しです」

「具体的にはあとどれくらい使えそうじゃ?」

「100くらいは続けられるかと」

「それで魔力が枯渇するぐらいじゃろうか?」

「いえどれくらいになるかわかりませんが、間違いなく枯渇まではいかないと思います」


 俺の魔力は空になっても2時間も寝れば全回復する。これ、実は効率がいいからやってただけで、起きてたって6時間もすれば全回復するのだ。

 それも考慮すると、『轢弾』を何度使用できるかを正確に想定するのが難しい。時間を空けながら放っていけば、俺の眠気が来るまでは続けられるから、いくらでもと答えても間違いではない。


「魔力量はすでに破格じゃな。それならば訓練にも支障あるまい。これからは積極的に実践をしていくことにしようかのう」


 ありがたい提案だ。

 俺の正体を知ってもまだ、ルドックス先生は俺の先生でいてくれるつもりらしい。 

 もしかしたら化け物として攻撃されるかもしれないと覚悟していた俺としては、望外の喜びだった。

 

「ありがとうございます、ルドックス先生」

「何がじゃ? 予定がちょっと変わっただけじゃぞ」

「いえ、その」


 何をどう伝えたらいいか迷っている俺に、ルドックス先生はお茶目に笑う。


「多くのことを知ったつもりでも、世の中不思議なことがまだまだあるもんじゃ。これだから人と関わることは辞められぬ。よき出会いをくれたことに、儂の方から礼を言おう。ありがとう、ルーサー様。これからも儂の良き弟子でいてくれることを期待しておるよ」

「先生……、俺……、頑張ります! 悪役とか言われないように、精一杯真面目に生きていきます!」

「……ん? なんじゃ、あくやくって」

「はい! こっちの話です!」

「そうかそうか。それじゃあのう、詠唱をいくつか教えておこうかのう。ただし、勝手に使ってはいかんぞ」

「はい、先生!」

「返事がいいとなぜか逆に心配になるんじゃが」


 約束は守ります! 本当は使ってみたいけど!


 ルドックス先生は、尊敬すべき立派な魔法使いであり俺の先生だ。

 秘密を知っても、どっしりとそれを受け止めてくれるだけの広い度量を持っている。

 期待に応えて見せるとも。

 いつか誰かに「あなたの先生は?」と聞かれたときに「ルドックス先生です」と胸を張って言えるくらいの立派な魔法使いになろう。


 その日ルドックス先生は、俺のやる気に押されたのか、教えられる限りの魔法の詠唱を書き出してくれた。驚いたことにその中には、本で見たことのないような、先生が考案したものも混じっているようだった。

 先生は「本当に危険なものはまだ教えられんのう」と言っていたけれど、オリジナルの魔法なんて秘伝みたいなものだ。これは宝物だな。


 ルドックス先生を玄関まで送り届けてから、走って部屋に帰る。

 部屋へ飛び込んで扉を勢いよく閉めると、参考にするように渡された分厚い本を開き、先生の達筆な文字で書かれた詠唱の言葉とにらみ合う。


 横合いからそっと明かりを差し出されて、いつの間にか日がとっぷりとくれていたことに気が付いた。

 顔を上げて横を見ると、ミーシャが片手に光石のランタンを持って立っていた。


「ルーサー様、そろそろお食事にしましょう。オルカ様とアイリス様がお待ちですよ」

「……もうそんな時間なんだ。気づかなかった」

「私がノックしても声をかけても反応がありませんでしたからね。よほど今日の魔法の実践が楽しかったんでしょうか?」

「……うん、そうだね」

「そうですか。しかし根を詰めるのも程々にしてくださいね。あまり暗いところで本を読むと目に毒ですよ」

「うん、気を付ける」


 立ち上がりながら返事をすると、ミーシャが先導するように僕の前を歩きだす。


「ルーサー様、なんだかすっきりした顔をされていますね」

「そうかな」

「ええ、なんとなくそんな気がします」

「じゃあそうかも」


 とりとめのない会話をしながら思う。

 俺という存在がルドックス先生に認知されたことが、思いのほか気持ちに変化を与えているようだ。

 今までルーサー様として愛されてきた自覚はあった。しかし俺は、それはあくまで俺ではないという認識を持っていたらしい。

 それが初めて、ルーサー=俺として認めてもらえたのだ。


 今までよりほんの少しだけ、この世界に馴染んだような気分だ。

 足取りが軽い。

 薄ぼんやりとしか照らされていない廊下も、気のせいか今日はずいぶんと明るく見える気がした。



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