第13話 巧みな話術とちょろい坊ちゃん

 幸いなことにルドックス先生は気づいたことを公にするつもりはないらしく、そのまま俺の自室まで一緒に歩いてきてくれた。誰とすれ違うかわからない廊下では、今日の魔法の話や、一般的な魔法の雑学を話すくらいで、先ほど囁いた隠し事には一切触れない。


 部屋についてしっかりドアを閉め、中をぐるりと見まわしてからルドックス先生は大きく息を吐いた。


「まぁ、座って話すとするかのう」


 促されて対面に腰かけてみたが、ルドックス先生は髭を撫でるばかりで話を切り出そうとしない。なまじここに来るまでに話しかけられたせいで、俺も考える時間が足りなかった。

 何がばれたのか、どこまで隠せるのか。


 まず自分が生まれたころから記憶があるとか、前世の知識があるとかの話はNGだ。それがばれれば、ルーサーという人間の根幹が揺らいでしまう。

 言ってしまえば俺は化け物みたいなものだ。

 真っ新なキャンパスから育ててきたつもりの両親、そして今まで関わってきた人々が、それを知って気持ち悪がらないという保証はない。率直に言ってしまえば怖い。


 生まれて暫くの間は、悪役として断罪されるよりも先に、これがばれることで人生が終わることの方が可能性としてはずっと高いと思っていたくらいだ。


 血と共に体温と命が流れ出ていく感覚。

 激痛がやがて寒さに代わり、朦朧としていく意識。

 誰一人として知っている人のいない路上で命を終えようとしていると気づいたときの虚しさをどう表していいのか俺にはわからない。

 まだやっていないことが山ほどあった。

 近しい人に伝えたい言葉もあった。

 それでも俺は死ぬんだなって分かったときの絶望感。


 再び生を受けたとわかったとき、多分俺はめちゃくちゃ泣いたと思う。

 意識を失って戻ってきた瞬間の訳の分からない状況や、自分が別のものに変わっていることに気づいた混乱。それからはっきりと、以前の俺は死んだんだとわかった喪失感に、めちゃくちゃに泣きじゃくった。

 この世界にきて声を出して泣いたのは多分その時だけだと思う。


 俺は今度こそ年を取るまで生きたい。

 皺だらけになって、畳の上、は無理でも、寝転がって親しい人たちに囲まれて眠るように死にたい。


 この家の人たちは俺にすごくよくしてくれる。


 わざわざ得体のしれない化け物にならなくたっていいじゃないか。

 かわいくて賢いルーサー様のままでいる方がみんな幸せじゃないか。

 何も正直に話すことだけが正しいこととは限らない。

 秘密の共有が重荷を背負わせることだってある、と俺は思う。


 結局はわが身かわいさなんだけどね。


「そんなに思いつめた顔をしなくてもいいんじゃけどなぁ」


 ルドックス先生が困ったような顔をして笑う。

 いくら『賢者』と呼ばれる先生だからって、何から何までわかるほどのヒントを出してしまったとは思わない。だったら自分から白状した方がいい。


「申し訳ありません、以前から魔力の鍛錬をしていました」

「そうじゃろうな。あれほどスムーズに魔法を発動できるのじゃから。正直なところ、ルーサー様ほど賢い子なら、そんなこともあるんじゃないかと思っておった」


 よかった、何か追及されるような雰囲気はない。

 もしかしたら母上にばれないように現状を確認するために、こうして時間を設けてくれただけなのかもしれない。


「そんなことよりも、じゃ。ルーサー様はつい先日までよく気絶をされていたと聞く。症状が魔力の枯渇によるものとひどく似通っているが原因がわからないとされておったが、あれはもしやその鍛錬によるものかのう?」

「……はい」


 確信をもって尋ねられた時に誤魔化せるような材料はない。頷くしかなかった。


「体は大丈夫なのか? 魔力枯渇による苦痛を経験すると、大人ですら魔法を使うことをためらうことになるほどじゃ。中には魔力が枯渇することによる衰弱で、命を落とすものもいる」

「それは、大げさではないですか? 確かに意識を失う前には酷い頭痛を伴いましたが……。気絶したとしても数時間で元の状態に戻りますよ」


 目が覚めたときに苦痛や体のだるさを感じたことはない。

 そんなにひどい症状だったら、流石の俺だってもうちょっと鍛錬を控えていたはずだ。


「……本来は数日寝込むような症状じゃぞ。それからもう一つ、こちらの方が大事なことなんじゃが」

「はい……、なんでしょうか」


 気絶までたどり着いた時点でここまで質問されるかもしれないことはわかっていた。

 覚悟を決めるしかない。


「ルーサー様は生後間もなくから、謎の意識消失の病にかかっていたそうじゃな。今までの話からすると、随分と幼い時期から魔力の鍛錬をされていたことになる。これはどういうことじゃろうか? 納得のいく説明が欲しいところなんじゃが……」


 ルドックス先生はいつもと変わらなかった。

 化け物と疑って俺に杖を突き付けるでもなく、厳しい追及をするでもなく、あくまで対話を試みる。

 その穏やかな瞳にじっと見つめられると、何でも話して頼ってみたくなってしまう。今まで知らなかったけど、よくしてくれる人に嘘をつき続けるのって結構辛いんだ。


「……お話しできないといったら?」


 それでも我慢しなきゃいけない。

 俺が今話したいのは、ただ楽になりたいからだ。

 ルドックス先生に寄りかかって、甘えようとしているからだ。


「そうじゃなぁ……。まぁ、これからも変わらぬ関係が続くだけじゃ」

「え?」


 我ながら気の抜けた声が出てしまった。

 少しは粘るなり、もうちょっと追求するなりがあると思っていた。


「なんじゃ、無理やり聞き出されたかったような顔をしておるのう」


 あ、図星。

 仕方ないから話した、みたいな感じになって、ルドックス先生のせいになって全部うまくいったらいいなぁって、心のどこかで思っていた気がする。


「我慢できるなら我慢したら良い。しかし抱え込みすぎるのは辛いもんじゃ。老い先短い爺相手なら秘密の一つくらい口を滑らせてもいいんじゃないかと思ったんじゃがなぁ」

「先生……」

「ルーサー様が人と何か違うことには気づいておった。だがルーサー様は従者に優しく、誤解を受けやすい父母を案ずる優しい心を持っておる。向上心があり、魔法に興味があり、努力ができる。たまに調子に乗る癖はある様じゃが、それを補って余りあるだけの可能性を持っておる」


 めちゃくちゃに褒められてる。

 思わず顔面が紅潮してくるが、これだけ褒めるということはきっと、こっから先は落ちるだけなんじゃないかな。

 あと、俺って調子に乗りやすいのか? 知らなかった。


「そして何より、儂の弟子じゃ。ルーサー様は儂のことが信じられるぬか?」


 少しだけ寂しそうな顔。

 やめてよ、俺、そういうのに弱いんだ。

 話しなさいを断るより、話してもらえないのかって言われる方が心に来る。


 罠、これ罠じゃない? 話したら引っ掛かったなあほめぇ、とか言って討伐されないよね?


 まぁ、なんていうか、こんなやり取りを続けられて、結局俺は全部白状ゲロったわけなんだけど。

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