第12話 『賢者』の目

 今日は待ちに待った魔法の実践の日だ。

 見たいと言っていた父上は残念ながら仕事のようだけれど、代わりに母上がきている。それからミーシャと、医者と医者と医者と医者っぽい奴と呪術師っぽい奴と、なんかよくわからない派手な格好をした偉そうな爺さんがきてる。

 母上、心配のあまり詐欺師とかに騙されてないよね?


 まぁしかし、冷静になって良く見ると、あの爺さんはきっと光臨教の偉い人かなんかなんだろう。なんか一応宗教みたいなのがあるらしくて、勇者の選定とかしてるらしいよ。

 勇者は俺にとっては天敵になりかねないから、できればこの宗教ごと亡くなればいいのになってちょっと思ってる。結構でかいらしいのでそんなこと口に出すと、天罰とか言って嫌がらせとかされそう。

 うちはね、代々無宗教だったんだよね。

 庭によくわからない祠みたいなのがあったから、一応実家にいるときは月に一度くらいはお掃除してたけど。


 まあそんなことよりも今日は魔法の実践の日だ。

 あらかじめ詠唱のようなものは教わっているので準備は万端だ。


 ちなみに一人で練習している時は、魔力を指の先からぶわーっと外へ捨てるように意識してやっていた。最初は人差し指の先からしか出なかったのが、慣れてくるとどの指からでも出せるようになり、そのうち手のひらから、やがて体のどこからでも出せるようになった。

 一度に出せる量が多いと気絶もしやすいのだ。


 そのせいでさんざん心配されたんだけど。


 本来魔法というのは指から出すのにも苦労するそうで、魔石をはめ込んだ杖や剣などを通して使用するのだそうだ。魔力の操作だけルドックス先生に習ったとき「妙に手際がいいのう……?」と不審な目を向けられたのは記憶に新しい。

 手際が良かったお陰で早々に実践をさせてもらえることになったんだけどね。


 ルドックス先生は後ろから俺の手を包み込むようにして、一緒に愛用の杖を握ってくれる。大きな節くれだった手は皺だらけでガサガサしており、ルドックス先生の年齢を感じさせた。


「よいかルーサー様。これから使うのは小石を飛ばす魔法。難しいことは何もない、儂の後に続いて唱えて、杖を通してほんの僅かだけ魔力を放出するんじゃ。よいな?」

「わかりました!」

「では後に続くんじゃ」

「はい!」


 母上が指を組んで心配そうにしているのが見えた。大丈夫、うまくやるし、気絶もしないよ。

 ルドックス先生の、ゆっくりとしゃがれた声の詠唱が始まる。


「押し潰すもの、踏みしめるもの、砕かれるもの、我が前に顕現せよ。第一階梯礫弾だいいちかいていれきだん


 先生の詠唱を小さな声で追いかける。

 詠唱は大きな声で唱える必要はない。わざわざ戦いの場で、何をするか相手に伝える必要なんてない。

 それから、魔法を使用する感覚にさえ慣れてしまえば、詠唱をせずとも自在に使えるようになるんだとか。逆に言えば新しい魔法に慣れるまでは詠唱しないといけないってことなんだけどね。


 俺は魔力を杖に流し込む。

 ほんの僅かだけと言われても、どれくらいが僅かに当たるかわからないのが難しいところだ。

 念のため本当にちょろっとだけ魔力を杖に流し込む。


「顕現せよ。第一階梯轢弾」


 杖の先端に突然ルドックス先生の顔ほどもある石、というよりも岩が現れる。

 自分がきちんと魔法が使えたのだという事実に、思った以上に興奮してしまう。後はこれを的に向けて放つための詠唱があるはずなのだが、ルドックス先生が何も言いだしてくれない。

  そして杖に魔力らしきものが流れると、突然その岩がぼとりと地面に落ちた。おそらく俺と岩の間につながっている魔力が、ルドックス先生の魔力によって分断された形、なのかな?


「ふーむ、大したもんじゃ。今日はここまで!」

「え?」


 もともとはこれを的に当てるところまでやる予定だったはずなのに、唐突に実践のおしまいを宣言されてしまった。

 俺の変わりない様子に安心したのか、母上がゆっくりと歩み寄ってきてルドックス先生に頭を下げる。


「ありがとうございます。ルーサーは、その、魔法を使っても大丈夫そうでしょうか?」

「ふむ、もちろんじゃよ、アイリス様。こんなに才能のある子も珍しいくらいじゃ。もしかしたらルーサー様は儂を越えるような大魔法使いになるかもしれぬよ」

「そう……ですか。しかし、無理はさせないでください」

「ふむ、しばらくはゆっくりやるつもりじゃよ。ほれ、今日じゃってもうこれで終わり、あとは座学の時間にするつもりじゃし」

「そうですか……。心配なので私も同席してもよろしいですか?」


 母上の提案に、ルドックス先生は顎髭を撫でながらしばし考えてから首を横に振った。


「何かあれば儂から声をかけよう。初めての魔法を使った後じゃし、少々静かに様子を見させていただきたい。なに、これもルーサー様のためじゃ」

「……わかりました、ではよろしくお願いいたします。ルーサー、調子が悪かったらすぐに先生に言うのよ」

「……はい、母上」


 頭を下げて母上が去っていく。ぞろぞろとそのあとについてく医者とその他諸々はなんだか面白かったが、今はそんなことを笑っている場合ではない気がする。

 普通の状態のルドックス先生は、予定を変えることなんてめったにないし、母上の参観を断るようなこともないだろう。つまり、今は普通ではない状態、ということになる。


 先ほどまでと位置関係は変わらず後ろに立っていたルドックス先生は、ポンと俺の肩に手を置いて言った。


「ルーサー様、儂に隠し事があるじゃろう」


 確信が込められた問いかけだった。

 とても誤魔化せなさそうな状況に、俺は諦めて一言「……はい」と言うことしかできなかった。


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