第11話 自業自得

「ねぇミーシャ」

「はい、なんでしょうルーサー様」


 贅沢にも湯で髪を洗ってもらいながら俺は尋ねる。


「母上と父上って、お互いに好き合ってるよね」

「ええ、もちろんです」

「じゃあさ、なんであまりお話しされないんだろう?」

「……なぜでしょう? 私が来た頃はもっと仲睦まじかったような気がしましたが……。私より先輩の方々もお二人の関係については心配されています」

「そうだよね、心配だよね」


 あー、いい気持ち。

 毎日じゃないけれど、時々こうして頭を洗ってもらうのはすごく気持ちがいい。

 こんな贅沢をして悪役っぽいと勘違いされたらいやだけど、俺だって別にミーシャをこき使おうと思ってやっているわけではない。ただ、髪を洗いたいと話をしたら自動的にこうなってしまっただけだ。

 過保護だ過保護だと思っていたけれど、今ならばわかる。

 病弱な坊ちゃんはあまり勝手なことをさせてもらえないのである。つまりこれも俺のせい。でも気持ちよくてやめられない……。


 洗い終えて、おそらく高級であろうふかふかのタオルでおとなしく髪を拭かれていると、ミーシャから話しかけられる。


「ルーサー様は、この間の件以来いろんなことを気にされるようになりましたね」

「……うん。皆に心配かけてたみたいだってわかったし。もっといろんなこと知らないとなって」

「ルーサー様はきっと素晴らしい跡取りになられるんでしょうねぇ」

「やめてよ。今まで勉強ばっかりだったのが良くなかっただけでしょ」

「ルーサー様くらいのお年で自省できる方がどれだけいらっしゃると思いますか。先ほどのお話も、ご主人様とアイリス様の仲を取り持とうというお考えなんでしょう?」

「……そうだけど」

「最近はルーサー様がお元気で、屋敷全体が明るくなっています。無理はしないでいただきたいですが、私のできることでしたらなんでも手をお貸ししますよ」


 うら若い乙女が何でもとか言っちゃダメだと思う。

 でもミーシャのことだから本当に何でも手を貸してくれちゃいそう。大事にしてあげないと、もちろん変な意味ではなくて。



 夜になると母上が部屋にやってくる。

 寝入るまでの間ずっと監視されているのだけれど、朝にはいなくなってるので、多分途中で退室しているんだと思う。

 ほかに人がいない今は、母上と内緒の話をするチャンスだ。


「母上は、父上のことが好きですか?」

「ずいぶん気にするわね。……好きよ」


 堂々と好きと言える相手がいるっていいなぁ。

 俺、前世で好きな子に人生で初めて告白して、返事待ってる間に死んだんだよね。

 返事は明日、って言われたんだけどさ、ちょっとさ、いい雰囲気だったんだ。浮かれてたんだよなぁ、いけるんじゃないかって。


 結局その日の夜死んだっぽいんだけど。

 あの子が変に気に病んでないといいなって、この体になってから何回も考えてる。

 

「……それじゃあ、なんであまりお話しされないんでしょう?」

「それは、オルカ様がお忙しいからで……」

「食事の時も、父上の方を見てないですよね」

「……よく見ているわね」


 ベッドに寝転がって母上の顔を見ていないから聞ける。

 多分対面していたらなんとなく気が引けて聞けないと思う。


「ちょっとだけ喧嘩しちゃったの。その間にオルカ様も忙しくなってしまって、如何して仲直りしたらいいのかわからなくて……。でも好きよ」

「父上が太っちゃったからやだ、とかじゃないんだよね?」

「そんなわけないじゃない。オルカ様の魅力はお顔だけじゃないの。優しくて真面目で、いつも一生懸命なのよ。口下手なところもかわいらしいわ」


 ……なんか惚気られちゃった。

 別に何もしなくたって勝手に仲直りするんじゃないかって思うくらいの激しい惚気だったけど、事実ここ数年はた目には二人の仲が冷え切っているように見える。

 というか、父上って優しくて真面目で口下手なんだ。

 悪役貴族から縁遠そうなワードしか出てこないなぁ……。


「父上、少し仕事が落ち着くって言ってました。そうしたら仕事をしている時でも、執務室に遊びに行って一緒にお食事をしたりおやつを食べてもいいと」

「あら、いいわね。でもお行儀悪くしたり、お仕事の邪魔をしたら駄目よ」

「母上も一緒に行きましょう」

「……どうかしら、お邪魔になると思うのだけど」

「本当は父上に、母上と一緒ならいいと言われています。仲直り、しませんか?」


 返事がなかなか戻ってこない。

 顔は見ていないけれどきっと迷っているんだと思う。

 ええい、追撃。


「僕、母上と父上には仲良くしていてほしいです」

「……そうね、そうよね。ごめんねルーサー、心配をかけて」


 頭が優しく撫でられる。

 これでよし。

 仲良しで穏やかな夫婦が悪役に見られることはあまりないはずだ。

 あとは父上にしゅっとした姿に戻ってもらって、貴族の味方を増やしてもらうのが大事かな。


 二人を会わせるために口がペラペラ回ってしまったけど、これ大丈夫だろうか。隠しステータスの悪役適正とか上昇してないよね?


 ……まぁいいか、俺のことは。自分で気を付ければいいだけだし。

 打算抜きにしたって二人が健全な夫婦関係を営んでくれる方が嬉しい。

 何せ二人は俺の血のつながった両親なのだから。


 後日俺は、母上に話した条件が違ったことがばれて散々説教をされることになる。

 その年から嘘をついてはとか、人間は誠実であるべきだとか。

 二人見事なタッグで穏やかながらも懇々と諭され、途中で泣きそうになってしまったくらいだ。


 仲直りできて良かったね!

 でもいくら物分かりがいいからって4歳児に難しい説教しちゃダメなんだからね!!

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