思い出と友達③

 日に照らされた木の葉は、風に吹かれてゆらゆら揺れていた。いつもより高いところで結ばれた髪も、風に吹かれてやわらかに揺れていた。たしか、ピンクのトレーナーに涼し気な白いズボンを履いていた。半袖の白シャツに薄手の黒いパーカーを羽織り、紺色のズボンを履いていた自分は陰のようだった。クローゼットを開けたまま、あの時の気持ちを思い出していた。


「え、行きたい行きたい!」


 誠一から話聞いた二優花は乗り気だった。


「よかった。ありがとう」


 眼科を受診する予定だった週末。打ち上げに着ていくための服を買うため、2人でショッピングモールに行かないかと誘ったのだ。


 眼科に行く目的は、目の赤みが何なのかを調べるためだ。何故こうなったのか、誠一にも心当たりがない。痛みもないためあまり気にしていなかったが、こうして眼科の前に来ると少し不安になった。


 入り口に近づくと、自動ドアが開いた。入ってすぐに靴箱があり、そこにあったベージュのスリッパに履き替え受付に声をかけた。


「こんにちは」

「こんにちは。ご予約はされてますか?」


 ひと回りくらい歳上に見える若い女性だった。


「はい。10時に予約していた淳月です」

「淳月様ですね」


 誠一からは見えない手元でパソコンを操作した後、レシートが出る音のような機械音が聞こえた。


「こちらの番号札をお持ちになって、あちらでかけられてお待ちください。ご準備ができましたら、あちらの画面に番号が表示されます」


 番号札を受け取り軽く振り返ると、テレビの上に天井からさげられた電子画面があった。


「番号が表示されましたら、一番奥の向かって右側の検査室に入られてください」


 女性が指した手の先を見ると、通路の両側にいくつか扉があった。左側の扉の上にはそれぞれ番号がふられていた。右側の一番奥の扉を目に入れて、女性の方に目線を戻した。


「分かりました」


 そう返事をして、2人はスリッパと色が統一されたソファに腰をかけた。


「綺麗な人だったね」


 座りきる前に二優花が言った。


「ほんと」

「思わなかった?」

「あんまり気にしてなかった」


 二優花は開いた口が塞がらないといった表情で誠一を見つめた。


「お兄ちゃん、大丈夫? 結婚できる?」

「何急に」


 唐突な言葉に目を細めた。


「前から思ってたけど、お兄ちゃん女の人って視界に入ってる?」


 耳を疑う言われようだった。


「はい。ちゃんと見えてます」

「そうなの?」

「当たり前でしょ」


 本当に見えてないと思っていたのか。そう感じてしまうほど真っ直ぐな目をしていた。


「あ、私以外の子の話だよ」

「分かってるよ」

「見えてるだけ? あ、あの子可愛い〜とか思う?」

「あの、何の話ずっと」


 そう誤魔化しても二優花には通用しないようだった。諦めて、記憶をさかのぼる。


「まあ、そりゃ――」


 顔が赤くなる前に頭を振って浮かんできた顔をかき消した。


「ん?」

「人並みだよ人並み」


 二優花の視線を無理やり振り切った。


 待合室のようなこの場所には、比較的、年配の人が多かった。高校1年生と中学1年生の兄妹は、少し目立っているような気がした。妙な緊張感を持ちながら、テレビを見て時間を潰した。


 情報番組に分類されるのだろうか、ほとんどバラエティ番組と言っても過言ではないチャンネルに設定されていた。


 番組内では、最近よく見る若手芸人が釣りロケに行っていた。目的のものが釣れたのか、釣れなかったのかという煽りの後、画面はコマーシャルに切り替わった。


 ふと気が抜けた時、上の電子版から音が聞こえた。見ると、手に持っている番号札と同じ番号が点滅しながら映っていた。


「あ」


 もう一度番号を見比べてから、誠一は立ち上がった。二優花は続きが気になるということだったので、1人で指定された部屋に向かった。


 横引きの扉を開けると、薄暗い個室に白衣を着た女性が立っていた。


「こんにちは」

「こんにちは〜。今から検査をしますのでこちらに座ってください」


 柔らかい声に促された。


 想像していたような視力検査だけではなく、初めて経験するような検査もあった。視界の歪みを検査するものらしい。その仕様もあって、少し楽しかった。20分かそこらで検査は終わった。


「はい、お疲れ様でした〜。向かい側、2番の診察室の前でお待ちください。先生の診察があります」

「分かりました。ありがとうございます」


 一礼して外に出ると、すぐ横の椅子で二優花が待っていた。


「おお」

「おつかれちゃん」


 2番の前で待つことを伝えると、二優花も立ち上がった。


「すんごいのが釣れてた」

「ええ。絶対釣れないと思ってた」


 2人で診察室前の椅子に座った。先程よりはずっと短い待ち時間で、中に呼ばれた。入ると、黒髪にところどころ白髪が混じった男性が座っていた。


「こんにちは」

「はい、こんには。座っていいですよ。荷物はそっちで」


 横にあったカゴに荷物を置き、背もたれのない黒い椅子に座った。二優花は、1歩後ろの椅子に座った。


「ん〜、ほんと、ちょっと赤いね」


 先生は誠一の瞳をまっすぐ見て言った。


「検査もね、問題ないんだよ。痛みはある?」

「ないです」

「そっか〜……。何か困ったことは?」

「今のところ、大丈夫です」

「そう」


 先生は部屋を暗くし、光を当てたりといった簡単な検査をした。


「いつから?」

「少し前からです」

「きっかけとか、心当たりある?」

「いや〜……。自分でも気が付かなかったので分からないです」

「そうなの」

「はい。家族に言われて初めて気が付きました」


 先生は身体を斜めに傾け、誠一に重なって見えなかった二優花に目を合わせた。


「え〜っと」

「あ、妹です」

「ありがとう。妹さんから見て、お兄さん何か変わったことはなかった?」


 二優花はう〜んと考え、顔を上げた。


「特になかったと思います」

「そうですか」


 体勢を戻し、検査結果を見直しながら言った。


「とりあえず、様子を見ましょうか。何か大きな病気だとかいうのはないと思います。もしまた何か気になることがあったら、遠慮なく受診してください」


 2人で礼をして診察室を出た。


 大きな異常がなく、ひと安心したところでショッピングモールに向かった。週末ということもあり、大勢の人で賑わっていた。通路を歩いているだけでも気持ちが弾むようだった。


 服を買うのが目的であったが、どの店にするかなどは決めていなかった。


 しばらく歩いていると、数多くあるアパレルショップの中で、何だか良さそうな店を見つけた。店の半分はレディース服が、もう半分はメンズ服が並んでいる店だった。


「せっかくだから、少しカラフルなやつにしたら?」


 そんな二優花のアドバイスもあったが、着てみるとやはり、シンプルな色味とデザインの服が一番落ち着いた。その中から時間をかけて服を選んだ。


 選ぶところから会計まで、一人の男性店員が対応をしてくれた。会計を済ませ商品を受け取る時も、とても優しい笑顔だった。


「ありがとうございました。ほんと、ばっちりお似合いでしたよ」

「ああ、ありがとうございます……」


 慣れない褒め言葉に表情が詰まった。


「またお待ちしてますね」

「はい。ありがとうございました」


 季節が変わる頃、また来ようと思った。


「せっかくだらさ、お店見てまわろうよ!」


 時間は昼過ぎ。ちょうどお腹も空いてきた頃だ。


「よし。じゃあ、まずはお昼ご飯だね」


 何を食べようかと言っていると、2人が歩いているのと反対側の通路に、二優花が何種類ものガチャガチャが並んでいるを見つけた。


「わ〜、すご!」


 誠一の手を引き早速行ってみた。


「最近できたのかな」


 誠一は周りを見渡した。ここには何か別の店があったと思うが、何の店だったかは思い出せない。


「あ、お兄ちゃん見て見て」

「ん?」


 二優花が指さす先には、和菓子がモチーフのストラップが出るガチャガチャがあった。ミニキャラのような顔も描かれている。


「はは。かわいい」

「これしよ」


 二優花はかがみ込んで、小銭を入れた。レバーを2回転まわすと、がらがらという音と共にカプセルが出てきた。


「んん〜……! はぁ。ほい」


 渡されたカプセルを誠一は軽々しく開けた。


「はい」

「ありがとっ」


 わくわくしながら中身を手のひらに乗せて、誠一にも見えるようにした。


「おはぎだ」

「おはぎだね」


 中には2つのストラップがあった。小さな金色の鈴、赤色のリボンと青色のリボンがそれぞれ付いたおはぎのストラップだった。


 二優花はストラップをつまんで揺らしてみた。少し鈍い音が鳴った。


「……これほんとに鈴?」

「そうだと思うけど……」


 二優花の表情に誠一も苦笑いした。


「あげる」

「え?」


 お気に召さなかったのか、手早く中身をカプセルに戻し誠一に渡した。


「お兄ちゃんへのプレゼント。私別のやつにする」

「ああ、ありがとう……」


 誠一がカプセルを受け取ると、二優花は回したいガチャガチャを探しに行った。


 こちらを見ていないことを確認し、もう一度ふたを開けて中身を手のひらに乗せた。


 2つの笑顔と目が合い、ついにやけてしまうような光景があたまに浮かんだ。

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