葵山②
伊都村先生が教壇に立つと、全員が席についた。
「おはようございます。今日は皆さんに大切なお知らせがあります。3年前、星鏡学園に入学した頃に行われた行事を覚えていますか?」
クラスがばらばらに口を開いた。
「中等部の頃ってことだよね」
「なんかあったっけ」
「覚えてなーい」
「あの星鏡町を紹介するみたいなやつなかったけ?」
「ああ、あったあった。懐かしっ」
その話し声に「それです!」と伊都村先生は反応した。
「それを今年も行うのですが〜……なんと、このクラスが担当することになりました!」
おお〜と低い歓声が上がった。
「確かに、高等部の先輩がやってくれたわ」
「毎年、高等部の1年生が担当しているんですよ」
「へぇ〜」
「早速、本日から作業に取りかかってもらいますので、まずはグループを作っていただきます」
「どうやって決めるんですか?」
「すでに男の子と女の子それぞれで数人のグループを作っています。そのグループ2つで、正式な1つのグループとします」
「他のグループと合体して、1つのグループができるってことですか?」
「その通りです。男女の比率は問いません。私情によりこのような分け方が一番最適だっただけですから」
「それはどうやって決めるんですか?」
「くじ引きとか?」
質問がとび交った。
「そこは皆さんにお任せします。ですがどうしても決まらないといった場合には、こちらで決めさせていただきます」
質問をしていた生徒以外の生徒もなるほどというように頷いた。
「では、グループを発表しますね」
伊都村先生は紙を見ながら淡々と名前を読み上げていった。
「……君。次のグループ、青凪君、淳月君、水崎君。次のグループ、……」
当たりくじが出たような表情でこちらを見てきた駿に、誠一は笑顔で返した。
「……君。続いて女の子のグループ……」
男の子の時よりも女の子の時の方が、1グループ読み上げる際の小さく盛りあがりが大きい。
「……さん。次のグループ、常坂さん、橋姫さん、雪枝さん。次のグループ、……」
感激した表情で、胸の前でぱちぱちしながらこちらを見た波夏に惺玖は笑顔で手を振った。
「……さん。以上です。後は皆さんでグループ決めをお願いします」
その他の連絡事項を伝え伊都村先生が教室を出ると、クラスが一気に賑やかになった。
「え、これどうやって決めたんだろ。俺ら一緒なの奇跡じゃない!?」
「わ〜やったね〜! まさか一緒になると思ってなかった!」
「やっぱ皆仲良しで集まってるな」
「偶然にしてはできすぎてる」
「てことは、伊都村先生のしくみ?」
「いやさすがにそれは」
「でもそれしかないよ絶対」
「まじ」
「優しすぎんだろ」
「ずっと思ってたけどさ、伊都村先生クラスまじで当たりだよな」
「ほんとそれ。3年間伊都村先生がいいわ俺」
「ていうか、まず普通に可愛い」
「うん。ちゃんと可愛い」
「歳いくつなんだろ」
「20……4? とか?」
「いや、歴的にもうちょいいってるだろ」
「ベテランなの?」
「新人って感じはしないよな」
「え、でも初めて見る先生だよ」
「彼氏いるのかな」
「いなかったらなんだよ」
「1つしかないだろ!」
「やめとけ」
「はあ〜、伊都村先生……」
「全身で味わうな気持ち悪い」
そんな会話が聞こえ苦笑いしていた誠一のもとに、
「あっき〜」
竜翔の肩に手をまわした駿と、その後ろから波夏と八宵が歩いてきた。
「いや〜伊都村先生すごいな。特に俺とあっきーなんて今日友達になったのに同じグループにしてるなんてな」
「そうだね」
誠一も偶然ということにしておいた。
「で、えっと、この6人でグループってことでいいのかな」
「え?」
誠一の言葉に駿は振り返って、後ろに人がいたことに気が付いた。
「おお、こんにちは」
「私は雪枝。名前は?」
「青凪です、けど……」
「青凪、他5人はもう友達もしくは顔見知りだから、後は青凪だけ」
「え!? そうなの!?」
驚いた顔でキョロキョロした。
「たっちゃん、まじ」
「まあ、ここでグループ作るのが無難か」
「私も大賛成! そのつもりだったし!」
波夏は元気よく右手をあげた。駿だけが置いて行かれている状態だった。
――
「はい、この子は?」
竜翔は波夏を手で指した。
「えっと〜……、常坂!」
「正解!」
「よしっ」
波夏の笑顔に小さくガッツポーズをした。
「はい次この子」
八宵を指した。
「雪……雪、田……?」
「雪枝」
「あ、すみません……。てか、なんだよこれ!」
「駿君はまず名前を覚えるところから!」
波夏は人差し指を立ててそう言った。
「う〜ん……」
不満げな顔で頭をかきむしった。
「どした」
「なんか俺だけ置いてけぼりなの寂しいんだけど……」
「八宵ちゃんが言っただろ? 友達もしくは顔見知りだって」
ふと八宵と目が合った。
「あ、そんなこと言ってたな」
「うん。だから皆これから仲良くなっていこうってこと」
目線を駿に戻し肩を叩いた。
「なんだよ早く言えよ」
「一番最初に言ってただろ」
気持ちが軽くなった駿は元気に尋ねた。
「あ、でさでさ、紹介って具体的に何するんだっけ」
「葵山、だよね?」
答えを確認するように、波夏は八宵を見た。
「そ。水崎がくじ引いて葵山に決まった」
先ほどグループのリーダーが集められ、テーマを決めるくじ引きが行われていた。
「あ、そうだ誠一。くじ引いた時、すずらんだって言ってる子いたけど」
「すずらんって……」
惺玖も誠一を見た。
「うん。先生に頼まれておばあちゃんにお願いした」
他の皆はぽかんとしている。
「えーなになに、何の話し?」
波夏が割って入った。
「誠一のおばあちゃんが和菓子屋さんやってるんだよ」
「え!? そうなの!?」
「うん。それでおばあちゃんに紹介させて欲しいって言ったら引き受けてくれて」
「へぇ〜、てことは星鏡町にあるんだな。……って、あれ、その和菓子屋ってまさか……」
八宵はゆっくりと惺玖に視線を向けると、眉間にしわを寄せ小刻みに首を振られた。
「ん? 雪枝、どうかしたか?」
「あーいや、別に」
「そう。ま、あっきー家の和菓子屋さんには後日お邪魔するとして、今回は葵山ってことね」
「葵山引いたのはナイスだよ竜翔君っ」
「あ、ありがとう」
「何照れてんだよ」
「は、照れてないし」
波夏の笑顔とグッドサインに緩んだ表情が、八宵の冷たい視線と言葉で一気に引き締まった。
「確かに、葵山は素敵なところだよね」
惺玖が呟いた。
葵山は星鏡町にある山で、様々な花が咲いている美しい場所である。観光で訪れる人も多く、星鏡町の顔と言ってもいい。
「せっかく6人いるからさ、役割分担して効率的に進めようよ」
「ナイスアイディアだミス常坂。授業ではあんまり時間とれないって言ってたし、効率は大事になる」
「どう分けたらいいんだろ」
惺玖が首を傾げたのを見て、駿が竜翔の背中を叩いた。
「はいリーダー! お願いします!」
「パソコン慣れてるのは俺と……」
八宵が軽く手を上げた。
「八宵ちゃんか。じゃあ、スライドは俺たちが作るから、4人は情報集めかな」
「いぇっさー!」
駿と波夏の声と動きが揃った。
「葵山は毎年紹介されてるみたいだし、そんなに難しくはないと思うから」
「予備知識もあるしね」
「でもさ、せっかくならコアな情報集めたいよな」
「あ、分かる〜」
駿と波夏の話を聞いて、八宵が1つ提案した。
「ちょうど4人いるから、2人ずつで分かれて、図書館……と、公民館に分かれたら?」
「うん。それがいいと思う」
竜翔が頷いた。
「じゃあ、グッパで分かれる?」
竜翔が言うと、誠一、駿、惺玖、波夏の4人が右手を出した。
『せ〜の、グッパで分かれましょ!』
綺麗に2つに分かれた。
「おぉ〜。ちょうど男子女子でバランスは完璧だな」
「ねぇせっかくだからさ、皆で1回葵山行こうよ!」
「えぇ〜……」
「はい、ゆっきー文句言わない」
つい笑ってしまった竜翔だったが、八宵に睨まれた瞬間に真顔に戻った。
「僕は賛成です」
「おっけ! ひめちゃんと誠一君はどう?」
「俺には聞かないのかよ」
「駿くんはどうせ反対しないでしょ」
「いやまあそうだけど〜……」
「2人、どう?」
「おい聞けよ人の話」
2人はお互いを見合った。
「もちろんいいよ」
「私も」
波夏の表情がぱあっと明るくなった。
「やった! じゃあ決まりね! 日程は改めて決めます!」
という訳で4人は連絡先を交換しグループチャットを作った。
――
誠一はベッドで仰向けになり、惺玖のアカウント画面をぼーっと見ていた。
「お兄ちゃん……」
驚きのあまりとても大きな声が出た。
「なに……」
「いや、ドアがちょっと開いてて、そこから携帯を見たまま動かなくなったお兄ちゃんが見えたから何事かと」
「普通に声かけてよ」
「普通に声かけたよ?」
「ああ、そっか……」
誠一の様子に感が冴え渡った。
「さては、やはり何かあったな……」
「別に何も……、あっ!」
携帯を拾おうとした時、驚いた反動で惺玖の連絡先を追加してしまったことに気が付いた。
「え、どしたの」
「……、やってしまった……」
楽しげな足どりで携帯を覗こうとしてきた二優花に見られないよう、急いで拾い胸に当てて画面を隠した。
「ほんとに、何でもないから……」
「そう……」
「うん」
「じゃあ、私はこれにて」
二優花が部屋を出てドアが完全に閉まるところまでを慎重に見届けた。
それからそっと携帯を離し画面を見た。見間違えであれという願いは儚く散った。
「もう……どうしよう……」
ベッドに携帯を伏せ、その通知音が鳴るで座ったまま頭を抱え込んでいた。
「ん……?」
部屋の明るさにまだ慣れていない目で画面を見た。チャットアプリからの通知であることに気が付いた途端に目が覚めた。
惺玖からの「よろしくね」という内容だった。
鏡がなくても自分が喜びに満ちた幸せな表情をしていることは分かった。はっ、とドアを見たが隙間はなかった。
画面に目線を落とし、再び顔をベッドに伏せた。
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