また、君を好きになる②

 誠一が二優花に尋問をされている頃、星鏡学園では各部活動がその日の練習を終えていた。


「じゃ、竜翔またね〜〜」

「は〜い、またね〜」


 自転車で帰る友達に手を振った。


 その時、少し前を歩いていた女子生徒のポケットからハンカチが落ちるのが見えた。


 ハンカチを拾い小走りで追いかけた。その子は門のところまで歩いて立ち止まったので、そこで声をかけた。


「すみません、これ落としましたよ」

「え? あ、ありがとうございます。全然気が付かなかった」


 不意に目が合った。


(あれ……? この女の子、何かめちゃめちゃ見覚えある……)

(この人……どこかで見たような……)


「あ」


 2人の声が揃う。


「もしかして、誠一の隣の席の?」

「う、うん」

「橋姫〜……下の名前なんだっけ?」

「惺玖。橋姫惺玖」

「惺玖ちゃんか」

「水崎竜翔君だよね?」

「うん」


 お昼のことでつい見た目を観察してしまう。


「ん?」


 無意識に、青みがかったその目をじっと見ていたようだった。


「あ、ごめん」

「いいよいいよ。目でしょ?」

「やっぱり、よく言われるんだ」

「そんなでもないけど。まあ、自分でもたまに気になるし。不思議な遺伝だよね」

「そうなんだ」


 その場の雰囲気を感じとり、帰るタイミングを探した。あっさり帰るのはどこか無愛想な気がしたからだ。


「水崎君、何の部活してるの?」

「サッカー部」

「ぽいね」

「それすごい言われる。チャラついてはないんだけどな〜」

「そういう意味じゃないよ。きっと他の人達も」

「そうなのかな」


 何とも言えないこの距離感に、惺玖も気をつかっているのだろうと感じた。


「惺玖ちゃんは? 何の部活?」

「私は吹奏楽部だよ」

「ぽいね」

「初めて言われた」

「ほんと?」

「適当に言い返しただけでしょ」

「そんなことないって」


 会話がどこかぎこちないのは、竜翔が少し緊張しているせいだった。


 友達の想い人。それを意識してしまっていた。


「ひ〜めちゃ〜ん、待った〜?」


 2人は声のする方を向いた。


「波夏。大丈夫だよ」

「よかった。あれ、お取り込み中?」


 竜翔は惺玖に目を向けた。


「波夏。たぶん、同じクラスの人だぞ」


 後ろにいたもう1人の女の子が言う。


「え、そうなの?」

「あーえっと、惺玖ちゃんとは同じクラス」

「え!? じゃあ同じクラスだ!」


 言われてみれば、見覚えがなくもなかった。


「ごめんねー! クラスの人まだあんまり覚えられてなくって」

「全然全然。俺も分かんなかったし」

「私は常坂波夏! よろしくね! で」

「雪枝八宵。よろしく」

「水崎竜翔。よろしく」

「ひめちゃん……は、知ってるのか」

「うん。淳月君のお友達だから顔と名前は。話したのは初めて」

「なるほど。ゆっきーよく分かったね」


 竜翔も波夏と同意見だった。


「人の顔を覚えるのは得意だからな」


 4人で学校を出て、うっすら暗い帰り道を歩いた。


「そっか〜、誠一君のお友達か〜」

「うん、幼なじみで。波夏ちゃんも誠一と知り合いだったんだ」

「まぁ、知り合いっていうか……ほぼお友達?みたいな」

「へぇ〜……。あいつ、俺に教えてくれたっていいのに」

「ま、まぁ、友達できたことわざわざ言わないんじゃない……?」


 なぜ慌てているのかは分からなかった。


「波夏、嘘つかないの。一方的にだる絡みしただけでしょ」

「あー! 酷い言い方した!」

「あれはだる絡みだろ」

「何よ! 自分もしたくせに!」

「まさかあれで友達になった気だったとはな」

「偉そうに言わないの。八宵も反省してよね」


 自分のことは棚上げして波夏を笑う八宵の肩を、惺玖はばしっと叩いた。


「いたっ。ちょっとふざけただけだし、もう何回も謝っただろ」


 肩をさすりながら弁解した。


「淳月君にも謝まりなね」

「えぇ〜……」

「えーじゃない」


 3人の仲の良さが竜翔には微笑ましかった。


 下校中の電車内はいつも空気が重たい。職場や学校、平日のこの時間に電車に乗っている人のほとんどは、それぞれの場所で今日という一日を乗り切った強者達である。とはいえ、皆戦いを終え疲労困憊、その表情を見ただけでもそれが伝わってくる。


 いつかの缶コーヒーのCMが、面識のない仕事人同士が心の中で互いを労うというものだった。


 皆が実はあんな風に考えていると思うと、何だか元気が出る。


「ふふっ」

「急に笑うなよ気持ち悪い」

「ごめん思い出しちゃって」

「何を」

「CM」

「CM?」


 惺玖と波夏と別れ、竜翔と八宵は最後に2人になっていた。


「ていうか、八宵ちゃんこっちなんだ」

「うん。私も驚き」

「意外と近所だったりして」

「うわやだ。引っ越そ」

「ひどすぎ」


 八宵の毒に思わず笑いが出た。


「あ、ちょっと聞いていい?」

「ん」

「八宵ちゃんって恋愛とか詳しい?」

「別に詳しくない」

「あ、そうですか……」


 冷たいかつ残念な返事に肩を落とした。もし詳しければ話を聞いてもらおうと思っていた。もちろん、名前などは伏せて。


「何だよ。絶賛片想い中か?」

「友達がね。力になってあげたいんだけど、俺も分かんないからさ」

「男?」

「うん」

「ふぅ〜ん……」


 しばらく竜翔を見てから言った。


「恋愛がどうこうは別として、女心なら水崎よりは理解してるつもりだけど」

「おお! たしかに!」

「で、どういう相談?」

「女の子を誘う時ってどうしたらいいのかなーって」

「質問が広いな。どうしたらいいって具体的に?」

「う〜ん……。気をつけることとか、誘い方?とかそういうの」

「あ〜……」


 自分に置き換えて考えてみた。


「とりあえず、嫌いな奴だったらどんな誘いでも不快に感じる」

「うん、そりゃあそうでしょ」

「相手に嫌われてはないのか?」

「たぶんそれは無いんじゃないかな。仲良さげに話してたらしいし」

「なんで過去形?」

「意識し始めてから緊張して上手く話せなくなったんだと」

「なんとまあ、初心な男の子で」


 両手を合わせ優しい表情で竜翔を見る。


「嫌いな人じゃなくてもこれされたらちょつとな〜、みたいな誘い方とかある?」

「人によるだろうけど、目的と内容がガタガタしてると私はひっかかる」

「と、言いますと?」

「極端に言えば『昨日のノート見せて欲しいから週末2人で会わない?』とか」

「あぁ、なるほど。学校でいいじゃんってなるもんね」

「うん」

「普通のことなようで案外見落としがちかも」


 頷く竜翔に八宵は尋ねた。


「聞いた感じまだ友達っていうか、そういう段階なんだろ?」

「そうだと思う」

「なら尚更意識した方がいいと思う」


 聞き入る竜翔に八宵は続けた。


「会うことが目的にならない関係性なら、相手が疑問を抱かないかつ、自然な理由がいる。その方がその後にとってもいいと思う」


 八宵の言葉を1つずつ頭に落とし込む。


「八宵ちゃん、さっきはああ言ってたけど、実は恋愛マスターなのでは?」


 キラリと八宵を見る。


「私は女視点で意見を言っただけ」

「またまた〜。さぞ色んな恋愛をしてこられたんでしょ?」


 竜翔がそう言った後、変な間があった。


「あ、もしかして恋愛したことな……」

「で!! その誘いの内容って?」


 竜翔の言葉がもみ消された。


「別に隠すことじゃ……」

「水崎、私の質問が聞こえなかったのか? 耳もとで叫んだ方が良さそうだな」


 その怒りの笑顔に慌てて距離をとった。


「あー聞こえてる聞こえてる!」

「なら早く答えろ」

「えっと、お昼を一緒に食べたいんだって」


 竜翔の答えに八宵の足が止まった。


「ん? どうした?」

「いや、ごめん。まさかそんな可愛い内容だったとは知らずだいぶ恥ずかしいことを言った」

「え、何が何が」

「てっきりどこか外で会う約束とかそういうものかと」

「あぁ〜。でも何で謝るの?」


 竜翔は笑いかけた。


「ちょっとガチすぎたというか、もっと柔らかい話をすればよかった」

「そんなそんな。めちゃめちゃ参考になったし、小さな誘いだけど、だからこそ八宵ちゃんの言ってたことは大切な気がする」

「そ、そうか」

「うん」


 つい笑ってしまったが、八宵が真剣に協力してくれているようで嬉しかった。


「まぁ、頑張れよ」

「うん。ありがとう。これで力になれそう」

「いやいやいや」

「ん?」


 横を歩く八宵の目を見た。


「自分のことだって始めからバレてるから」

「何のこと?」

「とぼけるなよ。友達のことって言いながら、自分のことなんだろ?」

「友達のこと……だけど……」

「は?」

「え?」


 2人の足が止まった。


「まじで友達の話?」

「え、普通にそうでしょ」

「……そういうパターンもあるのか」

「なになに、どうゆうこと?」

「『友達のことなんだけどね』って話し始めるやつは大抵自分の話なんだよ」

「そんなことないでしょ」

「ある」

「なかったじゃん」

「水崎が異例なんだよ」

「なにそれ……」


 吐き捨てるように歩き始めた八宵を早足で追いかけた。


 今日の天気は曇りだった。春といってもこういう天気の日は、暗くなると少し肌寒い。


「あ、私こっちだ」


 右に曲がる道を指さして、立ち止まった自分を追い越した竜翔に声をかけた。


「あ、そなの」

「じゃあ、ここで。またな」

「ちょっと待った」


 歩こうとした八宵を呼び止めた。


「八宵ちゃん、連絡先交換しようよ」

「えっ……、なんで……」

「また友達のこと相談したいし」

「そ、そんなの学校でいいだろ」

「そんなタイミングないもん。それに、学校で話したら誰に聞かれるか分からないし」

「それはそうだけど……」


 男の子に連絡先を交換しようと言われたのは、人生で初めてのことだった。


「せっかく同じクラスで知り合えたんだから連絡先持っててもいいかなって」

「そう……」

「まあ、そのうち波夏ちゃんが皆で交換しよって言いそうだけど」


 竜翔は携帯を出して画面を少し操作してから、八宵に差し出した。


「はい、これ俺の」

「あ、あぁ」


 慌てて八宵も携帯を出し、連絡先を交換した。


「ありがとう〜。ごめん、引き止めちゃって」

「いや、別に……」

「じゃあ、また明日学校で。何かあったら連絡する」

「うん……」


 後ろから、ふわっと風が吹き抜けた。


「またね〜」


 後ろ向きに歩きながら笑顔で手を振る竜翔に、胸の前で小さく手を振った。


 竜翔が前を向き直したのを見て、八宵も手を下ろした。


 その背中が段々と小さくなる中、両手で握った携帯の画面をしばらく見つめていた。

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