また、君を好きになる③

 その一連の話を、誠一は次の日に聞いた。


「……って、話なんだけど」

「なるほど……」


 いつも通り2人で弁当を食べている時だった。


「でもさ、お昼に誘うのに丁度いい内容ってあるのかな」

「そこなんだよな〜」


 渋い顔をしておかずを一口食べた。昨日から少し考えていたが答えは出なかった。


「雪枝さんはなんて?」


 竜翔が八宵に相談したことを知った時は戸惑った。


 しかし、惺玖の友人であることが必ず吉と出るという熱い説得を受け、まずは話を聞いてみることにした。


「相談するとかいいんじゃないかって言ってたけど」

「相談か……」

「何かある?」

「ないと言えば嘘になるけど、これがお昼に誘う口実になるとは思えないな……」

「う〜ん……、やっぱり内容は限られてくるよな〜……」

「そうだね……」


 2人は八宵の話をもとに、惺玖が感じるであろう違和感を整理した。


「まず、わざわざ橋姫さんに相談するっていうこと自体が不自然だよね」

「家族とか、俺とか他に相談できる相手がいるもんな」


 2人がいる中庭や、食堂からも賑やかな声が聞こえてくる。


「でもそれは相談内容次第じゃないか?」

「そう?」

「だって、惺玖ちゃんにしか話せない、惺玖ちゃんじゃなきゃ解決できない、みたいな内容だったら不自然じゃないだろ」

「それはそうだけど……」


 誠一が考えている相談内容はこれを満たすものではなかった。


「他には何があると思う?」

「あ〜、わざわざ2人になることとか?」


 誠一の顔を指さして言った。


「言っても2人は隣の席だから話す機会はあるよな。誠一がビビってるだけで」

「一言余計だけど、話す機会は確かにある」

「まあ、2人にならなければならない相談内容ならだけど……」


 誠一の相談内容はこれも満たしていなかった。


「そもそも相談するっていうのを変えた方がいいかもだよね」

「振り出しか……」


 竜翔の沈んだ声に空気が少し重たくなった。


 そのまま一時の沈黙が流れ、それに耐えかねた誠一が話の話題を変えようとした時


「あ……。でもさ。でも……でもよ……?」


 思いついたことを頭の中で整理しながら竜翔がゆっくりと話し始めた。


「相談内容を向こうから聞いてもらうかつ……、それを言わないまま〜……、2人になれればいいんじゃない……?」


 それを聞いただけでは理解できなかった。誠一のぽかんとした表情を察して具体的に説明した。


「いや、だからさ? わざわざ惺玖ちゃんに相談することが不自然で、しようとしてる相談じゃそれを納得させられないんだろ?」

「うん……、そうだと思う」

「だから、相談したいことがあるってこっちから言わなきゃいいんだよ」

「橋姫さんに言ってもらうってこと?」

「そそ」


 竜翔の口調に段々と自信が見えてきた。


「『何か悩みごと?』みたいに言ってもらえれば惺玖ちゃんに相談することへの違和感はなくなるだろ」

「聞かれたから答えました、ってなるのか」

「お、話が早いね淳月君」


 誠一はすかさず聞いた。


「じゃあ、わざわざ2人になることは?」

「相談内容ではなく他のやり方で解消すればいけるのでは」

「と、言いますと……」

「2人にならきゃいけない相談だから、じゃなくて、相談するためにはお昼の時間を使うしかなかった、っていうシチュを作るんだよ」

「はぁ……」


 ゆっくりと頷きながらも、よく分かっていなかった。


「とにかく、俺に考えがある」


 その作戦の流れを説明した。


「大丈夫だ。誠一は1人じゃない」


 不安でいっぱいだったが、今の誠一には自信にみなぎったこの顔を信じるしかなかった。


 午後の授業中、作戦のことばかり考え心の中がそわそわしていた。


 ふいに隣を見ると、少し険しい顔をして惺玖がシャーペンをカチカチしている。シャー芯が無くなったことに気がつき、筆箱からシャー芯が入ったケースを取り出した。そして蓋をスライドさせケースを傾けた。その角度を間違えたのか机の上にシャー芯がドバっと散らばった。


「んふっ」


 自分の笑い声に驚き、心臓がどくんとした。それを聞いて惺玖がこちらを見たことで、もう一度心臓が跳ねた。


「すみません……」


 口パクでそう言いながら、申し訳なさそうに軽く頭を下げた。


 惺玖はむすっとした表情で誠一を見ていた。怒っているのだろうが、可愛いと思ってしまった。


 授業が終わりに向かうにつれ、その表情から誠一の頭の中は再び作戦のことでいっぱいになっていた。


「じゃあ、今日はここまでね〜」


 チャイムが鳴り授業が終わった。


 それと同時に竜翔は席を立ち、惺玖には気付かれないようにさりげなく2人の方に近づいた。


 ある程度のところで片目をぱちぱちさせ、誠一に合図を送った。


「あ、ああ〜、どど、どうしよっ、かな〜」


 合図を見た誠一はぎこちなく頭を抱えこんだ。


(あの大根役者……! 誰がそんなんで心配なんて……)


「どうしたの淳月君? 何かあった?」

「えっ」


(か、神だ……、あの人は女神様だ……!)


 ほとんどの人がスルーしそうな誠一の落ち込み方に、惺玖が優しく反応してくれたことに竜翔は感激した。


「淳月君?」

「あ、ああ。何かあったというか、何というか……」

「ん? 私で良かったら話聞くよ?」

「ほんと?」

「うん。どうしたの?」


 誠一が竜翔をチラッと見た。


(よし……! 今だ……!)


「え〜っと……」


 誠一が話し始める直前を狙って竜翔が声をかけた。


「誠一〜〜」


 惺玖は竜翔の方を振り返った。


「あごめん、話し中だった?」

「ううん。大丈夫だよ」


 惺玖は優しく答えた。


「よかった。誠一、ちょっといい?」

「うん」


 誠一は席を立って竜翔と教室を出た。


 廊下を少し歩いてから竜翔は後ろを振り返り、教室からある程度離れたことを確認した。


「よし、上手くいったな」

「本当に意味あるのこれ……」

「あるよ。話を途中で遮ることで相談する機会を無くす作戦。相談するための時間を意図的に作らなければならない状況を作るための作戦」

「……つまり、お昼に自然に誘うための作戦ってことね?」

「そういうこと」


 竜翔がわざとあのタイミングで誠一に声をかけたなど、惺玖は思いもしなかった。


 それから、惺玖は次の授業終わりにも誠一の話を聞いてくれようとした。


 また竜翔がわざと話しかける作戦では怪しまれると思った誠一は、一人で何かと理由をつけ教室を出た。


 それが最後の授業であったため、誠一が戻ると間もなく終礼が始まろうとしていた。


「何か、今日はタイミングが合わなかったね」

「え?」


 誠一が席に座ると、惺玖が独り言のように言った。


「ほら、淳月君の悩み? を聞いてあげられなかったから」

「ああ……。ごめんね」

「何で謝るの」


 タイミングが合わなかったのは偶然ではなかった。それを知らない惺玖は、話を聞いてあげられなかったことに申し訳なさを感じていた。


「……もう大丈夫だよ。そんなに大したことじゃないし。ありがとう、気にかけてくれて」


 その気持ちを察し、勇気が出ない自分の弱さが情けなくなった。


「ううん。本当に大丈夫なの?」

「うん。実は見たいテレビ番組が同じ時間に2つあって、どっちを見るべきか悩んでた」

「1つは録画したら?」

「どっちも録画はするんだけど、どっちもリアルタイムで見たいほど楽しみだから」

「それは悩ましいね」

「そう。ね、大したことなかったでしょ?」

「いーや。大切なことです」


 惺玖はキリッとした表情で誠一の目をまっすぐ見た。そのまま真顔の誠一としばらく見つめ合い、同時に笑いが出た。


「何その顔」

「大したことだよって伝えたかった」


 心が暖かくなった。


「ありがとう、話聞いてくれて」

「こちらこそ、話してくれてありがとう」


 その笑顔を見ていると


「橋姫さん」

「うん?」


 不思議なことにすんなり言葉が出てきた。


「明日、お昼一緒に食べない?」


 惺玖は少し驚いているようだった。


「明日?」

「うん」

「明日か……」


 手のひらがじんわりと汗をかいた。


「はい。それでは終礼を始めますよ」


 惺玖の返事よりも先に担任がクラスに声をかけた。皆は話をやめて前を向いた。


 惺玖も何も言わないまま前を向き、それを見て誠一も前を向いた。


 終礼中、誠一はつい惺玖をちらちら見てしまった。


「それでは皆さん、明日も元気に来てくださいね。さようなら」


 終礼が終わりクラスが騒がしくなった。


「淳月君」


 緊張しながら惺玖を見る。


「明後日……じゃ、だめかな?」


 意外な答えだった。


「う、ううん。大丈夫だよ」

「じゃあ、明後日のお昼ね」

「分かった」


 心がふわっと落ち着いていく感覚があったが、できるだけ表には出ないようにした。


 その日の帰り道、惺玖は八宵と波夏に尋ねた。


「2人はさ、お弁当はお母さんに作ってもらってるんだっけ」

「そうだよ〜?」

「私も。どうしたんだ急に」


 惺玖の表情はどこか曇っていた。


「ひめちゃんは自分で作ってるんでしょ?」

「作ってないよ。夜ご飯の余りとか、冷凍物とかを詰めてるだけ」

「充分すごいぞ。学生のうちはお母さんがやってくれるものだと私は思いたい」

「分かる〜。お弁当を自分で用意しようっていう考えが偉いんだよ」


 八宵と波夏の褒め言葉に、惺玖は反応しなかった。変だと思った2人は惺玖の顔を覗き込んだ。


「それじゃ……だめだよね……」


 惺玖がそう呟くと、八宵と波夏は顔を見合わせ首を傾げた。

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