第2話 また、君を好きになる
昼休みになると食堂が人でいっぱいになる。中庭や外にあるベンチなど、食堂以外の場所もお昼を食べる人でいっぱいになる。逆に、今まで人が密集していた教室はがらんとなる。
授業が行われている時間に学校を外から見ると、誰もいないのかと思うほどの静けさを感じるだろう。今そこから何かを叫べば、きっと学校全体に響きわたるだろう。
昼休みの時間に学校を外から見ると、羨ましくなるような、懐かしくなるような楽しさを感じるだろう。今そこから何かを叫んでも、きっと外にいる何人かしか気がつかないだろう。
「はぁ〜……」
そんな賑わいとは裏腹なため息を漏らした。
「どうしたんだよ誠一」
その深さに竜翔も思わず笑いが出る。
「やっと体の力が抜けてくれたというか……」
「え?」
「何かずっと力んでてさ……」
「そんな緊張するようなことあったっけ」
話しながら竜翔は口をもぐもぐさせている。
「う〜ん……」
「なんだよー。勿体ぶってないで教えてくれよ」
目を細めて誠一に圧をかけた。
「実はさ、隣の席のやつ書く時に二優花に少し橋姫さんの話をしたんだ」
「橋姫さん……、ああ、誠一の隣の席のね」
「そうそう」
「それで?」
竜翔の弁当だけが減っていった。
「話の流れで顔が可愛いとか声が可愛いとか優しいとかいう話をして」
「お、おう……」
少し驚いたせいで軽く喉が詰まり、食べるペースが落ちた。
「そしたら二優花が『好きじゃんそれ!』ってテンション上がり始めて」
「あー、二優花ちゃんらしいね」
お茶を飲んだおかげで喉のつっかえが取れた。
「最後は先走ったって謝ってたんだけど……」
「あ! 分かった!」
ご飯をすくおうとした箸をピタッと止めて誠一を見た。
「二優花ちゃんに色々言われたせいで変に意識しちゃってるんだ?」
「ご名答……」
竜翔の言葉に体が縮んだ。
「はいはいはい。二優花ちゃんは勢いすごいから呑まれるよなー。でもまあ、今だけでしょ。そのうち平気になるって」
「それがそうでもなさそうなんだよね……」
「なんで?…………え、まじ?」
「……」
まじらしい。
「おぉ〜……、そのオチは予想してなかったな……」
「ごめん、すんなり言えなくて……」
「それは全然……。は、恥ずかしいもんな」
「ちょっと……」
何故か竜翔もドキドキしてきた。
「と、とりあえず弁当食べよう」
「うん」
誠一は開けたままにしていた弁当に箸を伸ばした。
「でもありがとう。誠一が恋バナしてくれて安心した」
「何で?」
「だってほら、昔俺には二度とそういう話しないって言ってたから」
「そんなこと言ったっけ」
「言ったよ。ま、忘れてくれてた方が俺的にはありがたいけどね」
それからの沈黙の間に、誠一の弁当は順調に減っていった。
「初恋かー。いいなー」
少しぎこちなく竜翔が話し始めた。
「初恋……か」
「え、違う?」
「いや、そうだと思う……。好きな人が出来たことないの、この前確認したから」
「何の確認だよ」
「初恋……」
自分で言って頬が熱くなった。
「これは余計にガチガチになるな」
「何で楽しそうなの……」
笑う竜翔を睨みつけた。
「俺は応援してるから!」
「う、うん……うん? 応援って?」
「その恋をだよ」
「……ん? ごめん、どういうこと?」
「はぁ? 誠一の恋が上手くいくように応援するって言ってんの」
「上手くって?」
「そりゃあ、まあ、付き合えるようにだよ」
「ああ……」
「え? 考えてなかったの?」
「うん。好きな人できたら付き合わないといけないのかな」
「いけないっていうか、皆付き合いたいって思うだろ」
誠一がピンときていないことを悟った。
「じゃあ、橋姫さん?が他の男と付き合ってたらどうよ」
「どうって?」
「だから、橋姫さんに彼氏いるか聞いて、いるよって言われたらどう思う?」
「う〜ん……」
竜翔に言われたシチュエーションを頭の中で考えてみた。
「……いいけど、いやだ……」
その答えに竜翔の頬が熱くなった。
「暑い暑い暑い……」
「あー! 竜翔が恥ずかしがるなよ!」
「仕方ないだろ! さっきまで付き合うことなんて興味ありませんみたいに言ってたやつが、急にこんなこと言ってくるんだぞ! 恥ずかしいに決まってるだろ!」
「誰がそれを言わせたんだよ!」
「俺はただどう思うか聞いただけだー!」
じゃれ合っているところを通りかかった女子生徒2人にクスクス笑われた。
2人は手を離し座り直した。
「……ごめん」
「僕の方こそ……」
気を取り直して竜翔は提案した。
「やっぱり上手くいくためには二優花ちゃんに相談するのが1番じゃない? 俺はそういうの疎いから俺より二優花ちゃんの方が適任だと思うけど」
「う〜ん……。でも二優花に話したら……」
2人で上を向いてイメージしてみた。
――え!? ほんと!? わーーー!! いつ告白するの!? 明日!? 明後日!? もう今から行っちゃうか!! はぁ〜〜……お兄ちゃんについに彼女が……私にお姉ちゃんが……。結婚式はオシャレしなきゃだよね〜……。
脳内に浮かんだのは同じようなものだった。
「いやいやいや。いくら二優花ちゃんとはいえさすがに考えすぎか……」
「う、うん……。あ、でも家でそういう話してるとお母さんに聞かれるかも……」
「あぁ〜……」
開きそうだった突破口が勢いよく閉まった。
「親にそういう話聞かれるの恥ずかしすぎるか」
「うん」
「俺も絶対嫌だな」
「どうしよう……」
2人の箸は完全に止まっていた。
「まずは、話す時のその緊張感には慣れた方がいいと思う」
「緊張感……」
「うん。意識する前は普通に話せてたんだろ?」
「話せてた。あの発表した日くらいから段々……って感じかな」
「何かそう鮮明に言われるとムズムズするな……」
誠一のためにもその気持ちを沈めた。
「それに慣れるためには意識しなくなるか、話す回数を増やすしかないと思う。前者は論外として」
「話す回数を増やすしかないと」
「と思う」
そう言って竜翔は再び弁当を食べ始めた。
「でも、前どんな風に話しかけてたのかどんな風に話してたのか急に分からなくなって……。考えれば考えるほど話しかけづらくなって……」
自信なさげに話しながら誠一も弁当に箸を伸ばした。
「う〜ん……。あ、ならさ、否が応でも話すしかない状況を作る、とかどう?」
「どういうこと?」
「一緒にお昼食べるとか」
誠一は考えただけで緊張してきた。
「いきなり2人って……」
その時、2人ですずらんに行った時のことを思い出した。今の自分からすると、平気であんなことができたことが不思議でしかなかった。
「……そうだった」
「え? 何?」
「いや、なんでも……」
竜翔にはそのことを話してなかった。特に理由はなかったが、今はなおさら話せないような気がした。
「でも、橋姫さんも友達と食べるんじゃない?」
「前々から言えば大丈夫でしょ」
「前日とかにってこと?」
「いえす」
「いや〜……」
ただお昼を一緒に食べようという誘いを、わざわざ前日からすることはかなり恥ずかしいと思った。しかし、当日に普通に誘うこともできないだろうと思った。
「向こうにも意識してもらえて良いと思うけどな」
まだ勇気がなさそうな誠一に続ける。
「『わざわざ前日から、しかも2人でお昼なんて、この人もしかして……』って思ってもらえるよきっと」
「それはいいことなの……?」
「いいことだよ。相手に自分を印象付けることだってできるし」
別の方法を提案してもらいたいとは思いつつ、竜翔の話に心が共感してしまった。
「頑張れ誠一! やってみなきゃ失敗することすらできないぞ!」
「たしかに……、他の人と付き合ってほしくないけど、自分も勇気が出ないなんてわがまますぎるもんね……」
竜翔は目と唇に力を入れ、小刻みに頷いた。
その日は家に帰ってからも、なかなか落ち着けなかった。
二優花と話したことで気持ちが芽生えた。それが今日、竜翔に話したことでより明確なものになっていたからだ。
加えて、お昼に誘うという試練も頭から離れなかった。
「結局、今日は誘えなかったな……。というか、全然会話もできてない……」
この暗い雰囲気は帰った時からずっと誠一の周りに漂っていた。
枕に顔を埋めていると、ドアがノックされた。
「は〜い」
その体制のまま返事をしたが、返えしがないため顔を上げてドアを見た。
「な、何やってるの……」
「別に……」
そこには、ぎりぎり顔が見える程度にだけ少しドアを開け、誠一をじっと見つめる二優花が居た。
「お兄ちゃん……やっぱり変ですよ……」
「だから何でもないって……」
帰った時も二優花には同じことを言われ否定していた。
「私の目を誤魔化せると思ったら……大間違いですよ……」
「こわいこわいこわい」
「何か隠してますよね……絶対……」
とにかくこの場を収めようと頭をまわした。
「じ、実は今日宿題忘れたことを先生に怒られたんだよね。それが結構キツくて疲れてた……んだ」
「ふぅ〜ん……」
絶対に信じていないことを肌で感じた。
「お兄ちゃんが宿題を忘れる……、ありえるんですかそんなこと……」
「あ、ありえるよもちろん」
二優花は誠一のしっかりとした性格を理解し尊敬していた。
「まあいいです……。私が全てを知るのも……時間の問題ですから……」
そう言って静かにドアを閉めた。
それから1つ間をおいて、誠一は激しく息切れをした。
「はぁ……はぁ……はぁ……。な、何で息止まってたんだろ……」
この圧が続くのなら言ってしまった方がいいのではと思った。しかし、明日には興味が薄れているかもしれない。
「恋愛ってこんなに大変なんだ……」
自分が無駄に疲れていることには気が付かず、そんなことを考えていた。
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