2年越しの質問④

 放課後の音楽室には、吹奏楽部の部員がぞくぞくと集まっていた。中等部の頃から吹奏楽部である人が多く、部内の雰囲気はとても良い。


「あ〜、お腹空いた〜。ねぇ、売店行こうよ〜」

「部活に遅刻する」

「走ればいいじゃ〜ん」

「帰りにコンビニ寄ればいいだろ」

「それなら夜ご飯まで我慢する」

「なら今も我慢しろ」

「えぇ〜〜〜〜〜」

「あーもうほんとにうるさい」

「まあまあ……」


 惺玖は同じクラスで中等部の頃からの友達である、常坂波夏つねさか なみか雪枝八宵ゆきえだ やよいと一緒に音楽室に向かっていた。2人も吹奏楽部である。


「あ、そういえば隣の席のやつやってる?」

「私は割と書いたけど。八宵は?」

「私もまあまあ書いたかな」

「いや〜、何となくでいいかな〜って思ってたらみんな意外とやる気だったよね。私皆よりクオリティ低いかも」

「大丈夫だよ」

「みんな、早くクラスで仲良くなりたいんだろうな」

「波夏、ああいうの得意そうだけど」

「ひめちゃんとゆっきーのことなら永遠に書けるけど、初対面の人だからな〜。なかなか話すタイミングとかきっかけとか難しくて」

「分かる」

「ゆっきーはまずビビられるとこから始まるから不利だよね」

「は?」

「わ、私は普通に話しかけたよ。理由もあるし違和感ないかなって思って」


 八宵の殺気を感じとり、惺玖は慌てて話を逸らした。


「へぇ〜。もう結構話した?」

「う、うん。それなりに」

「おお! なんていう人?」

「淳月君」

「あきづき……。分かんないな……」

「どちらかというと控えめというか、大人しい人だからね」

「いいな〜。どんな話したの?」

「好きな食べ物とか、部活のこととか」

「ほうほう……。もうかなり仲がよろしい感じがしますな……」

「別に普通だよ。なにその目……」

「もしや、もう2人で出かけてたりして」


 八宵が吹き出した。


「いやいやいや、そんなわけないだろ」

「もう〜わかってますよ奥さん。ジョークジョーク」


 波夏は八宵の肩をぺしっと叩いた。


「行ったよ」


 2人は真顔に戻り惺玖を見た。


「行ったって、何が?」


 八宵が尋ねる。


「2人で、和菓子屋さんに」


 それを聞いた2人はゆっくりと目を合わせ、また惺玖に視線を戻し声をそろえて叫んだ。


「え!?」


 惺玖はうるさそうに体をそった。


「声大きすぎ……」

「ひめちゃん、デートしたの……」

「デートじゃないよ。和菓子屋さんに行っただけ」

「それをデートって言うんだろ」

「いつ行ったの?」

「昨日」

「昨日!?」


 またも2人の声がそろう。


「予定があるってその事だったのか……」

「ま、まあでも、和菓子屋さんに行っただけか……」

「うん。あ、でも帰りに公園で一緒に食べてから帰ってきた」


 2人は惺玖から距離をとり、ひそひそ会話を始めた。


「八宵さん、これは……」

「ああ。間違いない」

「まじですか……。あの惺玖さんがついに……」

「私も惺玖は男になんて微塵も興味がないと思ってたけど、違ったみたいだな」


 惺玖は離れた2人に軽く叫んだ。


「ね〜変なこと話してないよね〜」


 2人はささっと惺玖のところに戻った。


「応援するよ、ひめちゃん」

「なんかあったら、すぐ私たちに言えよ」

「もう……そんなんじゃないって……」


 惺玖は余計なことを言ったなと少し後悔した。


 家に帰った誠一は、隣の席の人についての紙と向き合っていた。


「どのくらい書けばいいんだろう……。少なすぎると失礼だし、多すぎてもなんかな〜……。いや、多すぎるほど書けるのか……?」


 自問自答をしていると、部屋のドアがノックされるのが聞こえた。


「は〜い」

「どうも〜」

「漫才師か。で、二優花どうした?」

「宿題で分かんないとこが教えてもらおうとおもったけど……、また後でにするね!」

「今大丈夫だよ。これ、急ぎじゃないから」

「ほんと!」


 二優花は誠一のベットに座った。


「いま机片付けるから」

「ありがとう! ところで、それなに?」

「どれ?」

「その書いてた紙。勉強のじゃなさそうだけど」

「ああ、これはなんか担任の先生が出した課題?みたいなやつで、隣の席の人について書いてだって」

「へぇ〜、面白そう」

「早くみんなに仲良くなって欲しいって」

「いい先生だ」


 誠一は机を片付け終わり、二優花の隣に座った。


「よし。いいよ」

「うん。ねぇ、お兄ちゃんの隣の席の人はどんな人なの?」


 二優花は誠一の方に体を向けた。


「えー気になる?」

「なる。女の子?」

「そうだよ」

「へぇ〜。可愛い?」

「何が?」

「かーお! それしかないでしょ」


 二優花はぷんぷんしている。


「そんなに怒らなくても……」

「で、どうなの!」

「顔は〜……」

「顔は?」


 誠一の顔を覗き込んだ。


「……すごく可愛い……と、思う……」


 その答えに表情が輝いた。


「もう好きじゃんそれ!!」

「いや、顔が可愛いって言っただけで……」

「それを好きって言うんだよ」

「え、そうなの」


 二優花の言葉に驚いた誠一は一気に真顔になり、目を見開いて二優花を見た。


「それはさすがに言いすぎたけど。じゃあ、その子は優しい?」

「優しいと思う」

「じゃあ、声は?」

「声?」

「可愛い?」

「声に可愛さとかって……」

「もう! いいから!」

「あ、はい……、可愛いと思います」

「じゃあ、総合的に見て、その子いい人?」

「うん」


 二優花少し考えてから口を開いた。


「でもまぁ〜、そうか〜……」

「何?」


 誠一には二優花の考えていることが分からなかった。


「いや、好きってそんな単純なものじゃないなと思って。ごめんね、先走っちゃって」

「それはいいんだけどさ……。何か最近、二優花僕の恋愛事情にやたら前のめりだよね」

「そりゃあだって、私にお姉ちゃんができるかもしれないんだから気合いも入るさ」

「気が早いって」

「でも、お兄ちゃんからそういう話聞いたことないしさ。高校生になったらさすがに恋愛するかな〜って最近気になってた」

「そういう話しなかったのは二優花が小学生だったっていうのもあるけどね」

「え! 好きな人できたことあるの!?」

「あーえっと……」


 思い出してみた。好きになった人がいたような、いなかったような。でも、考えてピンと来ないなら、やっぱりいなかったのかと思った。好きな人ともなればずっと覚えているものだろうと思った。


「……ごめん。いなかったかも」

「なんじゃそりゃ」


 その落胆ぶりに笑っていると、二優花が部屋に来た目的を思い出した。


「あ、ほら勉強勉強」

「おお! ナイスお兄ちゃん」


 賑やかだった部屋が少し静かになった。


 あの紙が配られてからクラスの雰囲気は以前よりも明るくなった。今までは惺玖たちのように、中等部の頃からの友達同士での会話だけだった。


 しかし、初対面の人と関わるきっかけができた。そして、隣の席の人だけではなく席が近くの人であったり、隣の席の人の友達であったり、人の輪がクラス全体に広がっていった。


 高校生活が始まり、新しい環境の中でどこか緊張感があったクラスだったがその空気がふんわり解け、話し声や笑い声が増えていた。


「何か、賑やかになったね」

「そうだね」

「先生の作戦大成功じゃん」

「皆が真面目に取り組んだからっていうのもあると思うよ」


 惺玖は誠一を見た。


「私たちも、仲良くなったかな?」


 あれから1週間が経った。今日が発表の日であり、今はその直前の休み時間である。


「なった……と思う」

「えー、思ってなさそう」

「いや、橋姫さんがそう思ってなかったら何かあれかなって……」


 惺玖はにこっと笑った。


「私は仲良くなれたと思ってるよ」


 誠一は目を逸らした。


「じゃあ、僕もそれで」

「それって何よ。ねぇ、淳月君」


 誠一の肩を揺らしていると、後ろから声が聞こえた。


「惺玖さ〜ん」


 誠一もそちらを見る。


「こらこら八宵さん。急に話しかけては驚かせてしまいますよ」

「あら、これは失敬」

「もう八宵さんったら。おや、そちらの方、もしや淳月さんではありませんか?」


 突然向けられた視線にドキッとした。


「あ、はい……。淳月です……」

「あぁどうもどうも。わたくし、惺玖さんの友人の常坂波夏と申します」

「雪枝八宵です」


 高貴な微笑みで会釈する2人に、惺玖は完全に呆れている。


「ど、どうも……。淳月誠一です……」

「誠一さんとおっしゃるんですね。素敵なお名前だこと」

「あ、ありがとう、ございます……」

「ほら、波夏さん。ご挨拶もすんだことですし、そろそろ行きましょう」

「あら、もうそんな時間かしら。わたくしたち今からお手洗いに行きますの」

「惺玖さんもお誘いしようかと思いましたが、お取り込み中ということですので、我々だけで」

「では惺玖さん、誠一さん、ごめんあそばせ」


 2人はゆっくりと教室を出ていった。


「え、え〜っと……」


 頭を抱えている惺玖に、説明を求める雰囲気を出した。


「ほんとにごめんね……」

「謝ることじゃないけど」

「私の友達の波夏と八宵。もちろん、どこの貴族でもご婦人でもないから安心して」

「うん。そこは全く心配してない」


 惺玖はふぅ〜っと息を吐いて説明を始めた。誠一とのことを2人に話したこと、2人がそれに興味を持っていたこと。2人がよく分からない盛り上がりをしていたことは話さなかった。


「なるほど……」

「淳月君さえ良かったら、仲良くしてあげて」

「う、うん」


 担任が教室に入り、チャイムが鳴った。


「では、朝から予告していたように、先週配った紙を使ってお互いに発表してもらいます」


 ソワソワしている人、もうすでに隣の人と小声でやり取りしている人、何とも思ってなさそうな人、色んな人がいた。


「皆さんの具合を見て私が声をかけます。ですので、時間は気にせず1週間で感じたことを沢山発表してください」


 一気に教室が賑やかになった。


「どっちからする?」

「どうしよっか」

「私が決めていい?」

「うん、いいよ」

「じゃあ、私が先ね」


 惺玖は紙を持って誠一の方に体を向けた。


「えーっとまず、淳月君は和菓子が好きでおばあさんが和菓子屋さんをやっている」

「はい」

「で、同じクラスの水崎君と仲良し」

「はい」

「甘すぎるものが得意じゃなくて、油っこいものは限りなく苦手に近く得意じゃない」

「はい」

「辛いものは無理」

「はい」


 惺玖は顔あげた。


「な、なに?」


 ムスッとした顔に少し焦った。


「何か反応薄くない?」

「え、でもなんて言ったらいいのか……」

「それは分かるけどさ、何かこう、もっとリアクションをお願いします」

「あ、はい……」


 仕切り直して惺玖は続けた。


「後は〜……」


 ここから先は誠一も予想がつかなかった。今まで言われたことは自分が答えた質問であるため、何を言われるか分かっていた。しかし、これら以外に特に質問をされた記憶はなかった。


「字がきれい」

「え、そう?」

「うん、綺麗だと思う」

「ありがとう」

「あと、何でも見透かしてそう」

「はい?」


 間の抜けた声が出た。


「淳月君って落ち着いてるからさ、いろいろ考えてるのかなーって。そして、全部見透かしてそう」

「それは完全に偏見だよね」

「でも当たってるでしょ?」

「当たってない」

「嘘」

「嘘じゃない」

「えー。じゃあ、これは?本好きそう」

「あ、それは当たってる」

「やった〜」

「よく分かったね」

「まあ、なんとなく?」


 得意気な表情が何故か悔しかった。


 惺玖は普段の学校生活での様子や、話していた時のことから、誠一に色んな印象を持っていた。自分では気づかないようなことも聞けて、少し楽しかった。


「こんな感じかな〜……。あ、最後に1個」

「なんでしょう」


 紙を置いて誠一を見た。


「淳月君ってとっても優しい人だよね」


 今までで1番予想外の回答とその表情に、顔が熱くなった。


「そ、そう……」

「どうした?」

「なんでもないです……」


 必死になって頭を冷やした。


「じゃあ、次は淳月君の番ね」

「あ、はい」


 紙を持って惺玖の方を向いた。


 悩んだ末、自分が思う少なすぎず多すぎない量を書いた。二優花との会話もヒントに惺玖との会話や学校での様子を見て、感じたことをそのまま伝えた。


 惺玖は笑ったり驚いたり、時には否定しながら様々なリアクションをした。


 惺玖と同じくらいの量を言ったところで、誠一は一旦止まった。


「これくらい……。うん、これくらいかな」

「何か言いかけた?」

「え?」


 図星だった。


「何か言いかけたよね?」

「いや……?別に……」

「ばれてるよ。淳月君」


 大して悪いことはしていないと思いつつも、罪悪感が溢れた。きっと、惺玖の圧に押されているのだ。


「ほ、ほんとになんでも……」

「何で隠すの?」

「隠してないけど……」

「けど、なに?」


 もう折れるしかないのかと思ったその時、声が聞こた。


「淳月君。ちょっといいですか」


 担任が自分を呼ぶ声だった。


「あ、はい」


 紙を机に裏返して置き、席を立った。


 誠一が担任と話をしながら教室を出るのを見て、惺玖も席を立った。


 ゆっくりと誠一の紙を裏返すと、下の方に誠一から聞いていないことが書かれていた。


 一途な人。


 惺玖は立ち尽くした。


「ひ〜めちゃ〜ん」


 担任が教室を出たすきに、波夏と八宵がこちらに歩いてきた。


「どうした惺玖? 顔が赤いぞ」

「ほんとだ。真っ赤っかだ」

「そ、そんなことないし……! 何でもないから……」

「ほんとに?」

「ほんとに!」


 グイッと覗き込む波夏の視線を勢いよくかわした。


「ちょ、ちょっと手洗ってくる……」

「お、おう」


 惺玖は教室を出た。


「ひめちゃん、どうしたんだろ」

「さあな」


 惺玖はトイレの手洗い場で、ただただ手に水を当てていた。


「見透かしてるじゃん……」


 水の冷たさが火照った手にはひんやり気持ちが良かった。


「うそつき……」


 小さな文句は、他の誰にも聞こえなかった。

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