2年越しの質問③
家に到着した誠一は玄関を開けた。
「あ、お兄ちゃんおかえり〜!」
二優花は満面の笑みで誠一を出迎えた。
「ただいま」
「今日大丈夫だった? すごく疲れてたみたいだったけど」
「うん。電車でちょっと寝ちゃった」
「え!? 遅刻しなかった!?」
「同じクラス人が起こしてくれて大丈夫だった」
「わあ〜、やっさしい〜」
二優花は目を輝かせていた。
「お風呂湧いてるよ! 先に入ってきたら?」
「ありがとう。そうする」
誠一は靴を脱いでリビングに向かった。
「お母さんただいま」
「おかえり」
キッチンで晩ご飯を作っていた
「優しい人がいてくれて助かったわね」
「聞いてたの」
「聞こえてきたの」
誠一は荷物を置いて風呂場に向かった。
一通り体を洗い終えてから湯船に浸かっていた誠一は、今日のことを思い出していた。
「橋姫惺玖……はしひめ……、やっぱり珍しいよね……」
天井を見上げながらそう呟いていると、
「その子が起こしてくれたの?」
「……っ!?」
誠一は体をビクつかせ、バシャっとお湯が跳ねる音が風呂場に響いた。
「お母さん盗み聞きにハマってるの……」
「人聞きの悪いこと言わないでよ。着替え持ってきてあげたんでしょ」
「普段そんなことしないじゃん」
「ここに置いとくわね」
美零は着替えを置いて脱衣所を出た。
誠一の後に風呂に入り、脱衣所で髪を乾かしていた二優花は玄関が開く音が聞こえた。
「あ、お父さん帰ってきた」
二優花は脱衣所を出て小走りで出迎えに行った。
「おかえり〜」
「ただいま」
低い声でそう答えた
「お風呂も沸いてるしご飯もできてるけど、どうする?」
「二優花、お腹すいたか」
「ものすごく」
「じゃあ先にご飯にする。ありがとう」
零太は自分の部屋に入った。
二優花がリビングに戻ると、誠一がご飯の準備をしていた。
「二優花、いいお嫁さんになるかもね」
「ええ〜そんなことないよ〜」
二優花は赤くなる顔を両手で包みながら恥ずかしがった。そして、指の隙間から誠一を見た。
「私がお嫁に行ったら寂しい?」
「まだまだ先のことでしょ」
「寂しいんだ〜」
二優花は誠一をからかいながら準備を手伝おうとした。
「いいよ。座ってて」
「わ、ありがとうっ」
二優花は椅子に座り、足をぶらぶらさせながら誠一をじっと見ていた。
「ん?」
棚から皿を取り出そうとしていた誠一はそれに気がつき、二優花に声をかけた。
「彼女できた?」
誠一は持っていた皿を落としそうになった。
「え、なんで」
「いや〜、できたかな〜って思って」
「まだ学校始まったばっかりだよ」
「できてないの?」
「うん」
「そっか〜」
二優花は誠一から目を離した。
「なになに〜恋バナ〜?」
風呂から上がり髪を乾かした美零がリビングに入ってきた。
「恋バナっていうか、お兄ちゃんに彼女ができたか聞いてたの」
「あら、誠一に彼女ができたら寂しい?」
「別に〜」
「ふぅ〜ん……」
ぷいっと目を逸らした二優花を、美零はニヤニヤしながら見ていた。
「おお、ありがとう誠一」
リビングに降りてきた零太は誠一に礼を言ってから椅子に座った。
誠一も椅子に座り、4人でいただきますをしてからご飯を食べ始めた。
しばらくして、美零は誠一の違和感に気が付いた。
「ん? ねえ誠一」
「何?」
誠一は手を止めて顔を上げた。
「目、どうしたの?」
「目?」
誠一は顔をしかめた。
「あ、ほんとだ。なんか赤い」
「え、うそ」
二優花にもそう言われ、誠一は隣に座っていた零太の方に顔を向けた。
「ほんとだな。何となくだが」
誠一は自分のことながら全く気が付かなかった。
「少し充血してるだけなんじゃない?」
「んん〜……」
誠一の言葉に美玲は首を傾げた。
「充血……って感じじゃない気がするけどね。痛くはない?」
「全然」
「そう」
美零は少し安心した。
「でも、時間がある時一応病院に行っておいで」
「そんな、大げさだよ」
「いいから」
美零の圧に誠一はしぶしぶ返事をした。
ご飯を食べ終わり自分の部屋にいた誠一は、ドアがノックされるのを聞いて読んでいた本をとじた。
「は〜い」
「失礼します〜」
京都旅館の女将のような口調で入ってきたのは二優花だった。
「これ帽子、乾いてたよ」
「ああ、ありがとう。ごめんね二優花。大切なものなのに汚しちゃって」
「気にしない気にしない」
二優花は帽子を机の上に置いた。
「でも猫ちゃんも取りたくなるほどセンスある帽子ってことだよね」
「そうだね」
ドヤ顔をする二優花に、誠一は少し笑った。
「あ、猫ちゃんと言えば……」
二優花は下校中のことを思い出した。
「どうかした?」
「いや、私も今日の帰り道に野良猫ちゃん? とわちゃわちゃして来たから」
「へぇ〜。野良猫って臆病なイメージだけどね」
「そうそう。だけど人懐っこかった。すぐ逃げて行っちゃったけど」
誠一は2回頷いた。
「ほんじゃ、おやすみなさい」
「おやすみ」
二優花はきりっと敬礼をして、誠一の部屋を出た。
次の日の朝、誠一は学校に行くため電車に乗っていた。
「わっ」
誠一は軽く肩をすくめ、後ろを振り向いた。
「おはよ、淳月君」
「橋姫さん……、おはよ……」
惺玖は笑顔で尋ねた。
「びっくりした?」
「ちょっと」
「え〜、もっと驚いてよ」
誠一と惺玖は一緒に学校に向かった。
「今日、すごく楽しみにしてたんだ」
「そうなんだ」
「淳月君は?」
「僕はまあ、うん」
「なに」
「楽しみにしてた」
「あ、嘘ついた」
「ついてないです」
「ふ〜ん」
惺玖は目を細めて誠一を見つめた。
「な、なんでしょうか」
「ううん。私はね、楽しみを減らさないために何も調べずに来ました」
「調べずに?」
「そう。お店の写真とか和菓子とか行った時に初めて見たいなと思って」
「なるほど」
「『すずらん』だっけ。お店の名前」
「そうだよ」
「素敵なお名前だよね」
そんな会話をしていると学校に到着し、一日が始まった。
その日の終礼後、2人は歩いてすずらんに向かった。
「淳月君さ、家族以外の人と行ったことあるの?」
「すずらんに?」
「うん」
「竜翔は一緒に行っことあるよ」
「え〜っと……」
「水崎竜翔。同じクラスの」
「ああ、淳月君の仲良しの人」
「そうそう」
「水崎君だけ?」
「たぶん……。なんで?」
「ううん。ちょっと気になっただけ。あ、あれかな?」
しばらく歩いてすずらんが見えてきた。
誠一がドアを開けて、2人はお店に入った。
「いらっしゃ……あら誠ちゃん! 久しぶりね」
そう笑いかけてくれたのは零太の母で、誠一の祖母である
「一昨日会ったばっかりじゃん」
「いやね、私からしたら久しぶりなの。ところで、お隣のお嬢さんは?」
和美は惺玖に優しい視線を向けた。
「初めまして。淳月君と同じクラスの橋姫惺玖です。淳月君に無理を言って連れて来てもらいました」
「あらそう。そんなにかしこまらないで、ゆっくりしていってね」
「ありがとうございます」
惺玖はぺこっと頭を下げた。
「橋姫さん、どれにする?」
「わぁ〜……」
ガラスのショーケースの中には、昔ながらのものや見た目や彩りが可愛らしいものまで、惺玖の興味を引く和菓子がずらりと並んでいる。
「惺玖ちゃん、和菓子好きなの?」
「はい。大好きです」
「まあ嬉しい。好きなの持っていってね。お代はいらないから」
「そんな、悪いですよ」
「いいのいいの。誠ちゃんの大切なお友達さんだからサービスさせてちょうだい」
惺玖はどうしようと誠一を見た。
「おばあちゃん、何か一つだけサービスしてあげて」
「でも〜……」
「橋姫さんもここのお客さんになりたいだろうし。お客さんとして買う分と、友達として貰う分と。それじゃだめ?」
「誠ちゃんがそういうなら。一つだけサービスするわね」
「ありがとうございます」
惺玖は再び頭を下げた。
2人はそれぞれ和菓子を買ってお店を出た。
「おばあちゃん、またね」
「ありがとうございました」
「いえいえこちらこそ。また2人で来てね」
和美は微笑みながら手を振った。
「じゃあ帰ろうか」
誠一はそう言って、2人は駅に向かって歩いた。
その途中、公園の前で惺玖は足を止めた。急に止まった惺玖を追いこした誠一も、足を止めて振り向いた。
「どうした?」
「せっかくだからさ、ここで食べて行こうよ」
惺玖は公園を指さして誠一に言った。
「え……?」
「嫌だ?」
「う、ううん。嫌じゃないけど」
2人は公園のベンチに座り、先ほど買った和菓子を出した。
「淳月君。さっきはありがとうね」
「何が?」
「ほら、和美さんがサービスしてくれるってやつ」
「ああ」
誠一は気にも止めていなかった。
「おばあちゃんはサービス精神すごいからね」
「気持ちはものすっごく嬉しかったんだけど、淳月君の言ったとおりお客さんにもなりたかったから」
惺玖は下を向いて呟いた。
「和美さん、気悪くしたかな」
「そんなことないよ。橋姫さんは断ったわけじゃないから。それに、お客さんになりたいって気持ちほど嬉しいものはなかったと思うよ。気を悪くするどころか、今ごろ飛び跳ねてるんじゃないかな」
「それはないでしょ」
惺玖は楽しそうに笑った。
少し心に引っかかっていたことが晴れた惺玖は、和菓子の包みを開けた。
「これ絶対美味しいよね」
「美味しいよ」
惺玖はゆっくりと一口食べた。
「美味しい〜……」
幸せに満ちたその表情を、誠一はじっと見ていた。
「ん? 食べないの?」
「え? ああ、うん。食べる食べる」
誠一は慌てて目を逸らし一口食べた。
「美味しい?」
「うん。美味しい」
2人は買ったものを交換したり、感想を言い合ったりしながら楽しく時間を過ごした。時に、雑談なんかもしながら。
そうして時間はあっという間に過ぎ、2人はゴミをまとめて公園を出た。
駅のホームに着き、2人で電車を待っていると誠一が口を開いた。
「橋姫さん」
「ん?」
「また明日。学校でね」
「う、うん。今から同じ電車に乗るよ?」
惺玖は少し笑いながらそう言った。
「分かってるよ。ただ電車から降りる間の時間じゃ、ちゃんと挨拶できないだろうから。今のうちに」
「変なの」
惺玖はくすっと笑った。
「また明日ね。淳月君」
「うん」
2人は別れの挨拶をしてから、同じ電車に乗った。
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