2年越しの質問②

 夕方になり、空はすっかりオレンジ色になっていた。飛んでいる鳥が影って、その黒色が空のオレンジに映えている。下校中、淳月二優花あきづきふゆかはそんな景色を見げてしみじみしていた。


「綺麗だなあ〜……」


 そう言ってから目線を下ろすと、道の真ん中で1匹の猫が二優花の方を向いて座っていた。


「ん?」


 その猫の毛並みは基本は白色だが、所々に紫色がある。初めて見る色の猫にしばらく見とれていた。


「ニャ〜」


 すると、その猫がゆっくりと近づいてきた。二優花はしゃがんで両手を広げた。


「おいで〜」


 猫は二優花のところまでくると、顔を手にすりすりした。


「かわいい〜。野良ちゃんかな?素敵な毛並みだね」


 二優花は話しかけながら頭を撫でた。猫は気持ちよさそうにしている。


「……飼い猫なの?」


 その猫は首輪をしていなかったため野良猫かと思っていたが、何となくそう感じて尋ねた。すると、猫は二優花じっと見つめ、


「ニャ〜」


 1度そう鳴いて、下を向いてからまた二優花を見た。そうして猫は走りだし、あっという間に姿が見えなくなった。


「行っちゃった」


 二優花は立ち上がり、家への道を歩いた。



 終礼が終わり、誠一は帰る準備をしていた。


「ねぇ淳月君」


 惺玖が声をかけた。


「なに?」

「さっき言ってたおばあさんがやられてる和菓子屋さんってさ、県外とか遠いとこ?」

「ううん。星鏡町だよ」

「そうなの?」


 驚きで惺玖の目が大きくなるが、誠一は平然としている。


「うん」

「ここから近い?」

「歩いていけないこともないと思う」

「そうなんだ」


 惺玖が手を止めている中、誠一は帰る準備を進めている。


「淳月君、部活してないんだっけ」

「してないよ」

「そっか」


 誠一は淡々と惺玖の質問に答えながら、帰る準備を終えた。鞄のチャックを閉め、立ち上がろうとした時だった。


「私さ、部活してると思う?」

「え?」


 誠一は立ち上がるのを止めた。


「ほら、淳月君も私のこと書かないとでしょ?」

「あー……」

「私ばっかり質問して淳月君あんまり質問しないから」


 まだ1週間あるし、とか言って、結局前日くらいまで何も聞かないんだろうな、と誠一は自分のオチが見えた。


「だからさ、当ててみて」


 惺玖は楽しそうに笑って、体ごと誠一の方を向いた。誠一は、惺玖が出してくれた助け舟には乗るしかないと思った。


「え〜っと……」


 どちらか答えるという安易な質問であったが、誠一は外してはいけないような雰囲気を惺玖から感じとった。なぜなら、その目が誰がどう見ても当てて欲しいという気持ちに溢れていたからだ。


「してる」


 誠一はおそるおそる答えた。


「本当に?」


 そう身を乗り出した惺玖を見て、誠一は自分の答えが不安になった。


「え? じゃあ、してない」

「ねぇ、どっち」


 目を細めて頬を膨らませた惺玖は、前のめりになっていた体を元の位置に戻した。


「えぇ〜……」


 1度はっきりと答えたら、それを疑われた。だから答えを変えたのに、はっきりしてほしいと不満そうにされた。当てて欲しいのだろうという予想から、惺玖の望む答えに合わせにいったのが不満だったのか。


 ではなぜ、最初の答えを疑ったのか。間違えていたから答えを変えさせたかったのか。ならばなぜ、答えを変えたことに不満を抱いたのか。


 誠一は考えても仕方がないと思った。というより、考えても分かる気がしなかった。


「してる、で、お願いします」

「本当に……いいんだね?」


 惺玖は再び目を細めた。誠一にはなぜか惺玖の目元が暗くなっているように見えた。そのカジノのディーラーのような表情とテンションに全く付いていけなかったが、誠一は謎に緊張していた。


「いいです」


 惺玖はしばらくその表情のまま誠一をじっと見つめた後、にこっと微笑んだ。


「正解っ」


 誠一はほっとした。何にほっとしてるんだ、と心の中で自分にツッコミを入れ鞄を持った。


「じゃあ、また明……」

「第2問!」


 立ち上がれずに固まる誠一をよそに、惺玖は小さな声でデーデンと言った。


「私は何の部活をしているでしょう?」


 誠一は答える以外に選択肢がないことを悟った。別に予定があるわけでもなく、早めに課題ができるということも踏まえ、質問の答えを考えることにした。


 この質問を正解する方法はとても簡単である。星鏡学園にある部活動を全部言えば良いのだ。しかし、そんなことをしては彼女の楽しそうな気持ちを踏みにじることになると誠一は分かっていた。せめて、3回以内に答えるくらいが妥当だと思った。


 そこで、誠一は答えを出すための材料を頭の中で集めた。


 まず、惺玖が女の子であること。男子だけの部活や女子だけの部活がある。その他の部活は男子はこれ女子はこれと決まっている訳では無い。ただ、範囲を絞るための要素として、世間からの批判を覚悟で誠一は性別を考慮した。


 次に、惺玖の肌が白いこと。屋外の部活なら少なからず肌は焼けるのではと思った。男女問わず肌に気を使う人なら、屋外の部活に所属していてもこのくらい白い肌なのかとも思ったが、一旦その考えは隅に置いた。


 次に、惺玖の体格が細身なこと。運動部であれば走り込みや筋トレを行い、体格はもう少しガッチリするのではと思った。惺玖がものすごくサボり気質であれば、運動部に所属しながらもこの体格なのかもれないと一瞬考えたが、すぐに捨てた。


 ふと、高校生活が始まり1週間しか経っていないことを思い出し、運動部にいてもまだ体ができていない可能性を考えた。しかし、大抵の人は中学の頃と同じ部活動に入る。そうであれば、体格が成長していてもおかしくはない。


 運動部の女の子が全員ムキムキかと言われると全くそんなことはないが、体格のことだけではなく、誠一はどうしても惺玖から運動部の雰囲気を感じることが出来なかった。


 誠一は以上の考えを踏まえ、屋内で行われる運動部ではない割と女の子が入る部活、が惺玖の所属している部活になると予想した。後は、それに該当する部活を考えるだけだった。


「めっちゃ考えてる……」


 惺玖は誠一の本気を感じた。


 まだ教室には人が多く残っている。誠一達と同じように、友達と雑談したりふざけ合ったりして楽しそうにしている。


 部活がある生徒は部活をしていない友達となかなか放課後の時間を過ごせない。それは、逆も然り。


 しかし、終礼が終わった後のこの数分間は、部活をしている人としていない人が毎日共に過ごすことができる、少し特別な放課後だった。部活に行くまでの、それまでのなんとなくある時間だった。


「……よし、分かった」

「お」


 そんなクラスを見渡していた惺玖は、誠一の方を向き直した。


「では、答えをどうぞ」


 惺玖は手のひらを差し出すように誠一を指し、答えを求めた。


「吹奏楽部」


 誠一の答えに惺玖は返事をしなかった。その表情が何を表しているのか誠一には分からなかったが、答えを変えてはいけないことは学習済みだった。


「……なんで?」

「なんでって……えっと、色々考慮してその条件に当てはまる部活から答えを3つに絞った。その1つ目、だけど」


 誠一は正直に自分の考えを説明した。


「なるほどね」


 先ほどとは少し違う緊張感を誠一は抱いた。


「正解だよ」

「え、ああ、やった」


 焦らさずにすんなり答え合わせをされ、誠一は反応が遅れた。


「すごいね。1発で当てるなんて」

「たまたまだよ」


 そう言いつつ、誠一は少し喜んでいた。


「それで、ここからが本題なんだけどさ」

「え、前フリだったの」


 誠一は完全に惺玖のペースに飲み込まれていた。


「明日、部活が休みでさ」

「うん」

「特に予定もないんだよね」

「うん」

「だから連れ行ってよ」

「うん……?」


 誠一は話の筋が見えなさすぎた。


「おばあさんがやられてる和菓子屋さん。ここから歩いて行けるんでしょ?」


 誠一はぽかんとしていた。


「淳月君、明日学校終わってからの予定は?」

「特にないけど……」

「じゃあ決まりだね」

「あ、あの……」

「では、私は部活に行ってきますので」


 そう言って、惺玖は立ち上がった。


「また明日ね淳月君。今日はしっかり寝て疲れとらなきゃだめだよ」

「う、うん、ありがとう。また明日……」


 惺玖は誠一に微笑んで教室を出た。

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