第40話
40
「いいよ。その子を自分の、俺たちの子と思って大切に育てるから
友里結婚して、結婚しよう俺と」
俺は友里に譲歩したけれど目の前の彼女が首を縦に振ることはなかった。
「私たちのお腹の子が居なくなった時に皇紀と私の赤い糸は
切れてしまったの」
悲しそうに友里が言う。
「心身ともに一番つらかった時に俊哉くんに助けられたの。
あの日、彼に出先で会わなかったらと思うと今でもぞっとするわ。
生きることが怖かった。
あなたからは全く連絡がなくて、私からの
一切返事がなくて。
私はひとり、孤独の沼にいたの。
毎日が辛くて生きるのがしんどかった。
私……もう一度赤ちゃんに会いたくてたまらなかった。
ずっと離さずに私の手を握っててくれる人、頼れる人、見つけた。
赤ちゃん授けてくれた人。
その人の手を放さないって決めてるの。
だからね、皇紀とは結婚できない」
友里の今まで見たこともない憐憫を湛えた表情と物言いに、
もう自分はこの場にいてはいけないのだと悟った。
遅すぎたのだ、何もかもが。
友里の揺るぎない決意がみてとれた。
彼女は俯きもう俺を見てはいなかった。
俺は無言で彼女に背を向け部屋を出た。
******
数歩歩いて右に曲がると玄関口という間取りになっているのだが、
曲がる直前でミシっという軋む音を俺の耳が拾ってしまった。
反射的に振り向いた時俺の視界に入ってきたのは、男の足元。
たった今出て来た台所の出入り口に吊るしてある暖簾の下から見える。
そっか、話し合いの場には隣の部屋で息を潜めて俺たちの成り行きを
聞いていたであろう小倉俊哉がいたのだ。
それを知り軽い眩暈が俺を襲う。
俺は見送り人のいない玄関を寂しく後にした。
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