第二話 夫との再会

 ベッドからお腹の重たい体をゆっくりと起こし、リビングに向かう。

 ごま油の匂いとパンの焼ける香ばしい匂いが鼻をかすめる。

 おそらく、夫が私のために朝食を準備してくれたのだろう。

 夫は物流系のシステムエンジニアをやっている。妊娠中の私のために会社にリモートワークの希望を出し、家で働いている。家事全般や買い出しなど、全て私が今までやっていたことを代わりにやってくれている、とても気が利く夫だ。

 しかし…こんな優しい夫が浮気をしているのだから、人間というものは信じられない。

 キッチンに向かって洗い物をしながら立っていた夫が、振り返り私を見た。

 顔には満面の笑みが浮かんでいた。

 浮気をしていると知っていなければ、とても心地良い朝が迎えられていたことだろう。また、夫を見ると、夢(?)の中で夫が死んだあのときのことも思い出す。あのとき私は…


「おはよう!」

 リビングに夫の元気の良い声が響き渡る。

「おはよう…」

 対して、私の声はひどく元気がない。夫に向かっていぶかしんだ表情も浮かべている。

「どうしたの?体調悪いの?」

 夫は心配そうな顔で私にそう聞いてきた。その時、私のスマホから通知音が鳴った。夫の様子をうかがいながら、垂直に、隠すように、スマホを持って画面を開くと、メッセージアプリを使って同僚からくだんの写真が複数枚、送られてきていた。

 写真には、横顔しか写ってないものの、二十七歳である私と比べて、五、六歳は若いであろう大学生くらいのジージャンを羽織ったボーイッシュな格好の女性と夫が写っていた。彼らはラブホテルに入っていく最中という感じで、ラブホテルの入り口にあるカーテンを抜ける場面の写真まで撮られており、確実な浮気の証拠写真だった。幾重もの取材を重ね、磨いてきた同僚の撮影技術の高さを今回ばかりは、少し憎む。


「大丈夫?」

 私がスマホをにらみつけるように眺めているのが気になったのか、心配そうな顔を浮かべた夫がいつの間にか私の近くに立っていた。

 慌てて、スマホの電源を切る。

「大丈夫よ…へへへ。今日配信開始のスマホゲームのお知らせが来ただけよ…」

 我ながら下手くそな嘘だったが、夫はそれで納得したようで…キッチンに戻って食器洗いの続きを始めた。

 

 夫との出会いは、今から八年ほど前で、私たちは大学一回生だった。それは、自主映画制作サークルの新入生歓迎会の飲み会で…天然パーマで茶髪、太縁眼鏡の似合う鼻が高く、まつげが長く、瞼が二重の彼は私の好みどストライクで。私からアプローチをした。私たちはその自主映画制作サークルにお互いそのまま入ったのだが、映画の趣味(当時は)も合い、性格も合い、意気投合、デートを重ね、付き合い始め、そして、大学卒業後に結婚することになった。真っ白なウェディングドレス、周囲の人々から浴びる喝采、あの結婚式が私の人生のピークだったかもしれない。


 

 

 

 

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