第三十一幕 練習実戦克服
「ぜんたーい! 構え!」
再び、鉄砲隊の弾丸が2人を襲おうとする。その攻撃に蒼汰と銭形の2人は、ただひたすら耐えるしかなかった。
「……!」
2人は、ひたすら壁の後ろに隠れて攻撃を耐える。その間に2人は、特に会話する事もなくお互いに目と目で話をする。2人の真剣な瞳が交差する時、彼らの脳内でのみ会話が展開される。
――突撃は、次……。鉄砲隊が弾を込めて発射するまでのおおよそ3秒が勝負どころだ。
2人は、それだけを胸の中にしまい、お互いにお互いの事を信じあうのだった。
――頼むぜ。あんさん……。アンタが詩術をうまくコントロールできるか否かがこの勝負の鍵でやせ……。
銭形は、一瞬少しだけ心配そうな顔を蒼汰に向ける。彼とは、今回のみ目を合わせる事ができなかったが、むしろそれこそが2人にとってある意味会話になっていた。銭形は、ここで少し彼の事が心配になった。蒼汰には、まだ自信がない。自分が本当にできるのかどうか……おそらく心配なのだろう。
「……」
――だが、この状況では頼らざるを得ない。おいらは、元々侍の家の人間じゃない事もあって侍としての教育を受けてこなかった。そのせいで、詩術は全くと言っていいほどからっきしだ。おいらが、使えるのは銭形の家に伝わる特殊な詩術のみ……。だから、あんさんが頼りなんだ。この状況では……あんさんだけが……。
銭形は、銃弾がスタジアムのあちこちに当たる間、ずっと下を向いていた。彼の内心の心配は、銃弾が当たるこの長い時間の中で少しずつ大きくなっていくのが分かった。次の攻撃は、彼にとって大きな賭けでもある。敵の攻撃が止んでいる間に蒼汰が詩術をうまくコントロールできなかった場合、彼は下手をすればその時点で自分の命を落としてしまう危険性もあるからだ。
「……」
銭形は、まだ止まない弾丸の大雨が降り続ける中、1人目を閉じる。そして、自分達がこの前、刀と十手を合わせて戦った時の事を思い出していた……。あの時、2人は、全力でぶつかり合っていた。少しずつ戦いが白熱してきて、それに合わせてお互いに底力を少しずつ見せていき……強くなっていく。本気と本気がぶつかり合う様。まさに侍同士の決闘であったと銭形は思っていた。
――最初は、全く乗り気とは思えなかったあんさんだったが、しかしなんだかんだ彼は……最後には本気になっていた。この人は、本気で取り組める人だ。
その時、彼の頭の中にある言葉が思い浮かんだ。それは、蒼汰が半蔵と教室の中で話をしていた時に銭形が教室の外でこっそり盗み聞きをしてしまっていた蒼汰の過去の話……妹、翠の話だった。
「……妹を救うために」
――あんさんの顔は、見なかったがこの言葉の重みは本物だった。嘘偽りはない。……いや、そういえばあの人は、嘘の付けない御方であったかな。なんたって、嘘をつこうとすると、それが全て表情に出てしまうのだから。
「……なら、信じる他ないぜ」
銭形も一つの決意を果たす。――そして、彼が今だけは心から蒼汰の事を信用したその瞬間、鉄砲隊の弾が止み、敵に少しばかりの隙が出来た。
――3秒。だが、この3秒の間にあんさんが詩術をしっかりコントロールできるかが勝負の鍵なんだぜ!
刹那、蒼汰が入口の近くにある壁から姿を現す。その壁は、もう銃弾でボロボロになっており、とてもじゃないがもうこれ以上銃弾を受けたらまずい所にまできている程だった。
駆けだした蒼汰は、そのまま鉄砲隊がいるであろう自分達の立っているスタジアムの観客席側とは反対側にいる奴らを狙って詩術を練り出した。
――吹くからに 秋の草木のしをるれば むべ山風を 嵐といふらむ……!」
小倉百人一首の22番の歌。蒼汰は、普段と同様に心の中で詩を読み上げるとそのまま敵がいるあの場所をよく狙ってそこに向かって詩術を発生させようとした。すると、その時彼の掌の先に風が寄せ集まって行き、それが1つの大きな球体の形を作り始めて、少しずつその球体が大きくなっていく。
この風の球体のようなものを維持するのが彼にとっては、とても難しい事なのだ。詩術を練るためのまず最初に必要なコントロールとして、詩術で具現化させたものを少しずつはっきりした形にしていくために自分の掌の先で詩術をコントロールしながら大きさや形を変えていかなければならない。一流の侍ならここにそこまでの時間はかけず、一瞬でパッと放つ事もできるが、蒼汰は違う。元々コントロールと言うのが苦手な彼にとって、この時間が最も大変であり、長く感じるのだ。
「……なっ! なんだ! あれは!?」
敵の鉄砲隊も蒼汰が突然前に出て来て、詩術を練り出した事に気付いて、焦り出したのか口々に喋り出す。しかし、そんな中でも鉄砲隊の真ん中で彼らを指揮していた謎の黒い影に包まれた男は、冷静沈着に喋るのだった。
「……気にする事はない! 奴は、あれを撃つのに少し時間がかかっているようだ! 今のうちに弾を詰め込むのを急げ! すぐにまた撃つぞ!」
男の指揮に鉄砲隊の弾丸を銃に装填する動きがより早まる。そして、次々と前に立つ蒼汰の方へ銃を向け始めていた。
しかし、蒼汰の方はまだ詩術を練っている最中だった。彼の手の中には、だいぶ大きくなっていた風の塊のような球体が存在していた。
――もう少し……もう少しだ……後、もう少しなんだ。
だが、そうは思っても蒼汰の集中力にも限界が来ていた。今までにここまでの詩術を練った事もなかった蒼汰は、かなり苦しそうに掌を前に突き出したまま立っていた。
――まだだ。まだ、もっと……集中……!
彼は、目を瞑って一度深呼吸をする。そして、前に授業の中で詩術の実践をした時に担当していた教師から言われた事を思い出していた。
*
「……良いか? 詩術を練る時は……体の内側から溢れ出る自然や神々への敬意と、それから自然を感じる心。……これらを自分の感情に乗せて……まずは、体全体に溢れさせてみろ」
教師の言葉が、蒼汰の心の中で響き渡る。
――あの時教えて貰った事を……今ここで……。
「……この時点で既に、冷や汗をかいているようなら……日頃の鍛錬が足りていない証拠だ。授業が終わり次第、鍛え直す事! よしっ! それでは、その3だ。今、お前達が全身から放出しているそのオーラ。それこそが詩術を練るために必要な力……
――あの時、教わった事を……!
「……その4。詩力を放つには、体の何処か一部に一点集中して出すのが最も身体的疲労の観点から効率が良いとされている」
蒼汰は、教師が言っていた事を思い出し、次第にまだ体のあちこちに若干分散していた詩力の全てを掌の先に一点集中させた。それを見ていた鉄砲隊を取り仕切っている謎の影は、蒼汰の姿をあざ笑うかのように告げた。
「……くだらん! お前達、全員構えろ!」
ガチャガチャと鉄砲隊が銃口を蒼汰や銭形の方へ構えていく。その様子を蒼汰の後ろで見ていた銭形が心配そうに蒼汰へ叫ぶ。
「……ダメだ! 逃げろ!」
しかし、それでも蒼汰は逃げなかった。彼は、今集中していて周りの声が聞こえていなかったし、それ以上に必ず成功させるつもりでいたから今更、引き返そうとは思っていなかったのだ。
蒼汰の掌の先に集まっていた風の球体は、更に大きさを増していき、とうとう今にも放出されそうな勢いにまで膨れ上がっていた。
蒼汰は、再び教師の言っていた事を思い出していた。
「……その5。詩術とは、詩の力。つまり、和歌だ。実践では、お前達は頭の中で連想した和歌を黙読か、音読……まぁ、これはどちらでも良い。とにかく読み上げて……和歌の中に刻まれた自然や神々へとアクセスできる "心” を読み取れ。そして、自然を頭の中に連想して……それを自分の手の中あるいは、状況に応じて様々な部位や場所に……詩力を注いで、連想したものを具現化させろ。そして、後は一気に放出するだけだ。ここまでが……」
その時、蒼汰の瞳が真っ直ぐと見開かれて、前方に見える謎の黒い影に隠れた男と目が合わさった感じがした。彼の脳内で教師の言葉が最後に告げた。
「詩術だ……!」
その刹那、鉄砲隊が引き金に手を触れようとしたその寸前に蒼汰は、掌に出現させていた巨大な風の塊である球体を鉄砲隊目掛けて撃ち込んだ。途端に鉄砲隊は引こうとしていた引き金から指を離してすぐにこの場から逃げようとするが、しかしそれよりも早く蒼汰の放った風が彼らを襲い、その余りに強い強風の中に彼らは飲まれていく。
「……今だ!」
この瞬間を待ち望んでいた銭形もすぐに飛び出した。鉄砲隊の一部が風の中に飲まれて動けなくなってしまったこの隙に残りの風をまだ食らっていない鉄砲隊の連中を相手に一気に攻撃を畳みかけた。銭形は、手に持った十手を光らせ、それを懐中電灯のようにしながら暗い道を走り出し、そしてピーピー……と何処からともなく鳴る音と共に彼は、闇の中でスナイパーたちを次々と倒していった。
2人のコンビネーションに鉄砲隊は、あっという間に壊滅させられてしまう。これには、黒い影に隠れた謎の男までも驚いていたようだった。
「……なん、だと……」
黒い影の男は、そう言うとしばらく立ったまま動かなかった。
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