第三十幕 打開策

 岡田以蔵との戦いを終えた蒼汰が、スタジアムの奥へ奥へと走り去る。すると、彼の目の前に暗く広がる大きな空間に出れるであろう巨大なドアが目に入る。


 ――あそこか!


 急いで蒼汰が、ドアへ走って行く。



 ドアの前に立った蒼汰は、スタジアムの缶戦場に繋がっているであろうこのドアの大きな金属でできた持ち手の部分をギュッと握ってそれを開けようと押した。




 ――おそらく、この先に……泉がいるはずだ!



 既にそこまで気づいていた蒼汰は、大きなドアを開けるために強く押す。そして、ドアが勢いよく開かれて、彼がスタジアムの中にやって来るや否やその瞬間に蒼汰はびっくりした。なんと、彼の体はドアを開けた瞬間に大きな光に照らされてしまうのだ。それも神出鬼没な大泥棒が脱走する時に警察が大泥棒を照らしているスポットライトの如く、蒼汰の全身がくまなく照らされて、位置がバレバレだった。




 ――そしてそれだけではなかった。蒼汰がドアを開けてすぐ……彼がスタジアムの中に入って来てすぐに、蒼汰の事を待ち構えていた大勢の鉄砲隊が自分に銃口を向けたままびっしりと構えていたのだ。



 彼らは、自分達には明かりが当てられていないため、その姿や実際にどれくらいの人間がいるのかなど詳細な事は分からなかったが、しかし向けられている銃口の数からも考えて相当な数はいる事が、蒼汰の後ろから感じる気配の数から分かった。




 ――しまった!




「罠か!」


 咄嗟にドアを開けてすぐに隠れられそうな場所は何処かと探し始めた蒼汰だったが、時既に遅し……。彼がその場所を探し、そしてようやく見つけた観客席の中という隠れるにしては少々微妙な所へ向かう寸前、突如蒼汰や鉄砲隊の耳の中に少し優しそうな1人の男の声が入って来た。



「……ぜんたーい! 撃てぇ!」


 しかし、その優しそうな男の声は、雰囲気とは裏腹に鉄砲隊に命令して銃弾を蒼汰に浴びせてこようとしていた。その優しさの中に感じる鬼気迫る勢いのようなものと声と同時に放たれた鋼の大雨の粒が蒼汰の肉体と精神に襲い掛からんとする!



 凄まじい勢いで銃弾が蒼汰に向かって発射され、それを物凄いスピードで蒼汰がかわそうと走り出す。彼は、咄嗟に詩術で高速の世界に入り、風と共に銃弾をかわそうと走り出し、すぐにさっき咄嗟に見つけた観客席の下にもぐり、銃弾から身を隠した。



 それによって、何とかギリギリ最初の攻撃をかわす事に成功した蒼汰だったが、しかし彼を襲う弾丸はこれで終わりなんかではなかった。



「……ぜんたーい! すぐに構えよ!」


 再び鉄砲隊が準備に取り掛かり出すと、蒼汰はこの隙に椅子の後ろに伏したまま潜伏していたのを立ち上がって走り出し、次なる隠れ場所を探す事にした。




 ――何処かにないのか……隠れる場所……。そして、奴を倒す方法。





 蒼汰は、現状に関して舌打ちをしつつ、自分の前で銃を構える鉄砲隊とその真ん中に立ち、鉄砲隊に指示を送る謎の黒い影で顔の見えない男の姿を睨みつけた。



 ――あれが、親玉に違いねぇ……。なのにこれじゃあ、全然全く近づけない。





 そして、やがて蒼汰の元に第二の銃弾が浴びせられる事となるのだった。




「……ぜんた~い! 構え!」


 ――来る!



 警戒した蒼汰が、すぐに次の隠れる場所に走り出す。彼が次に目指した場所は、スタジアムのもう一つの出入り口で建物の窪んだ所の両サイドに見える壁。その場所目指して蒼汰は、走り出した。




 そして、鉄砲が放たれる直前に彼は何とか間に合い、また今回もギリギリの所で攻撃から身を守る事に成功したのだった。しかし、弾丸が激しく彼の事を狙って行く中で蒼汰は、1人この鋼の雨の激しい豪雨から身を守りながら考えていた。




「……このままでは、敵に近づけない。それどころか、泉を見つける事さえできない!」



 ――どうすれば良い……。



 彼が、そうして頭を悩ませているとその時だった。ちょうど彼の立っていた第二入口の壁よりもっと奥に存在する入口のドアの外から1人の男が開けて中に入ろうとしてきていたのが見えた。


 しかし、弾丸の勢いがあまりに激しく、その数もあまりにも多い事に驚いたその男は、すぐにドアを閉めて中に入る事を一度辞めて、外で待機する事にし、ドアを勢いよく閉めた。




 蒼汰は、この光景を見逃したりはしなかった。しばらくして、鉄砲隊がさっきと同様に弾丸が切れて、撃つのを一斉にやめた所を狙って彼はドアの外にいるであろうその男に向けて小声の少し強い声音で名前を叫んだ。




「……銭形! 銭形勘十郎!」


 すると、ドアがゆっくりと開かれ、外からキョロキョロと辺りを見渡しながら少しずつ体全体をスタジアムの中に露わにしていく銭形の姿が見えだす。少しして彼がスタジアムの中へ完全に入って来て、蒼汰と合流する。蒼汰が、右側の壁の後ろにいるのに対して彼は左側。2人は、お互いに目を合わせて銃弾が放たれるまでの間の僅かな時間の中で話を始めようとした。




「……どうするんでい。この状況。近づけないどころか敵を倒す事だって……」



 しかし、銭形が喋り出したのと同時に再び鉄砲隊の弾丸が彼らを襲いにかかった。2人は、より一層壁の後ろに丸まるようにして隠れながら襲い掛かる鋼鉄の大雨から身を守る。そして、敵が発砲をやめるまでの間、彼らは弾丸がドンパシャと鳴り響く中でお互いにさっきよりも更に大きな声で話を始めるのだった。




「……どうするんでい! ここまで来て……諦めるわけにも……」


 銭形が必死な声で蒼汰にそう尋ねるが、彼は黙ったままだった。蒼汰は、特に何も言い出せない様子で口を閉じたまま何か言いたくても言い出せない様子でどうするか否かと葛藤していた。


 ……しかし、少しして弾丸の音にもお互い慣れてきた所で、ようやく彼も何か考えがまとまったようで蒼汰は、閃いた顔で銭形に言った。


「……俺に良い考えがある」




「……なんでございやしょう!」



「……俺が、詩術でスタジアムの鉄砲隊がいる辺りに向かって大風を吹かせる。それで敵を身動き取れないようにしている間にアンタがあの真ん中にいる謎の黒い影の男を叩くんだ!」



 銭形は、蒼汰のアイディアを聞くや否やびっくりした様子で彼の顔を二度見して、ぎょっとなりながら訊ね返した。



「……ちょっと待ってくだいやせ! あんさん、それって……あんさんの詩術で何とかしようってこっかい? あんさんにそんな事ができるんでい?」




「……!」


 銭形に言われて蒼汰は、目を見開いた。確かにそうだ。自分にできるのか……それは、100%断定してできるとは到底言えなかった。



 何故ならそれは……蒼汰が、詩術をコントロールする事が下手だからだ。彼の詩術は、得意な体に風を纏う事でスピードを上昇させるといった自分の体に詩術をはできるのだが、その代わり詩術で具現化したものを特定の場所や自分の体の何処かにが苦手なのだ。



 この発生させる事と纏う事というのは、実は大きく異なる。纏うというのは、いわば詩術の鎧のようなものを装着するような状態の為、詩術そのものをコントロールする必要はなく、むしろ一度でも纏ってしまえばそこから詩術の方を何かしたりする必要はなくなるのだ。しかし、この詩術を纏うやり方は、一般的な侍の教育要綱から少し外れており、これも言ってしまえば沖田家に代々伝わる技のようなものだった。



 これに対して発生させるというのは、発生させるまでと発生後に詩術のコントロールを行う必要があり、それらがうまくできないと詩術の暴走、または詩術そのものが消滅してしまう可能性もある。つまり、こちらは最初から最後までしっかりコントロールができて初めて完成する本当の意味でのなのだ。




「……詩術のコントロールがうまくできないあんさんに……この場で命をかけれるですかい?」



 銭形の問いは、本物だった。実際そうだと蒼汰も分かっていた。自分は、コントロールが苦手。それは重々承知している事。しかし、この場で何とかできる可能性があるのも自分しかいないという事もまた事実。





「……」



 蒼汰は目を瞑った。そして……頭の中で学校でやった百人一首の書き取りの事を思い出した。




「……やる。俺がやる」




 蒼汰は、決意の眼差しで銭形を見つめた。銭形も彼のそんな瞳にやられて、最初に少し何か言おうとしたが、それよりも蒼汰の決意の眼差しを見て考えを改め、彼を信じる事にしたのだった。




「……分かった」



 その一言だけで男達は、互いに剣をかわした者同士、信頼する事ができた。

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