第二十七幕 人斬対決

 ――スタジアムの入口から入っていく風上。先程の鉄砲隊や抜刀隊の一斉攻撃を難なく撃退し、彼は先に進んでいたが、そんな彼もスタジアムの中に入ってからある事を考えていた。




 それは……敵が本気で自分を殺しにかかって来た事であった。蒼汰は、この事に疑問を感じ、頭の中で冷静に考えながらスタジアムの中へ入っていく。


 中はとても暗くて、人気も全然なさそうだった。蒼汰は、試しに携帯を取り出し、とある人物に電話をかけてみようとしたが、しかし……電話は繋がらない。



「……妨害電波でも出ているのか?」



 ふと、疑問を口にした彼が、その後にメールを開く。スタジアムの中に入る直前でとある人物に送っておいたメールがちゃんと送られている事と「既読」のマークがついている事を確認する。




 ――良かった。ここに入る直前に送っておいたメールは、ちゃんと送信されている。その証拠に既読がついている……。




 彼は、それを確認すると鞘の中に刀を収めたままスタジアムの奥へ走って行った。スタジアムの中は、春の冷たさみたいなものが残っており、なんだか少し薄気味悪い。



 彼は、冷たい風を切り、前へ走りながら先程のスーツの男達との戦いについて思い出していた。




 ――テロリストが1人でこの学園に潜入してきて、泉を攫ったとは思っていなかった。だが……俺は、一応その犯人と交渉するために呼ばれたはずだ……。それなのに……手下に公証人を殺させようとするとは……これは、本当に急がないとまずそうだ。敵は、泉の事を本気で殺そうとしている。ましてや、俺達の事も……。





 蒼汰は、足に詩術の力で風を纏わせ、高速の世界へ入り始める。彼の体の全体が小さな嵐の起こり始めの時のような激しさを増していく風の中へ入っていき、風と共に超スピードの世界へ入っていこうとしたその時……!




「……!?」



 突如として彼は、自分が向かおうとしていた所の曲がり角の付近で唐突に伸びてきた刀から身をかわそうと、咄嗟に走るのからスライディングに切り替えて、滑らかにフロアを滑る事で、突然伸びてきた刀による攻撃をかわした。




「……何者!?」


 蒼汰は、足に纏っていた詩術を解除して、納刀していた刀の塚に手を伸ばす。そして、敵がいるであろう場所から若干距離を取った後にいつでも抜刀できるように戦闘態勢に入る。




 しばらくすると、蒼汰の掛声に反応して、壁の傍に立っていた謎の人間が壁からできた黒い影の元から少しずつ姿を現していく。その体つきから蒼汰は、敵が男である事に気付き、そして……今だに顔がよく見えないその男の事を睨みつけた。



 少しして、敵の男が刀を出しっぱなしにして手を脱力させた状態で刀を握りながら蒼汰に尋ねた。




「……お前が、無明剣の使い手か?」




「何だと……!?」



 ――俺の事を知っている? と言う事は……泉を攫ったテロリストか? コイツは、一体?



「……お前は、何者だ?」



 すると、闇の中に自分の顔を隠した男が、ゆっくりと蒼汰の元に近づいて来る。その際、闇の薄い場所にたまたま足を置いた敵の左足を見た蒼汰が、男の様相に驚いた。



 ――和服だと!? さっきの連中がスーツ姿だったのに……。



 さっき戦ったのとは、全然見た目の違う男の登場に蒼汰は、少し緊張した。やがて、本能的に顔の見えない敵から一歩下がってしまった蒼汰に和服の男は喋りかけた。



「……名乗る程の者じゃない。……俺は、ただの……雇われの身。今も昔も……東へ西へ……人を殺める。そんな者だ」


 そのあまりに淡々とした全く抑揚のない喋りに蒼汰は、少し恐怖を覚えそうになった。まるで、覇気がない。それでいて、精気も感じられない冷たくて淡々とした喋り。まるで、お化けのように蒼汰は思った。




 そんな幽霊のような男が抜刀した状態の刀で急に蒼汰へ斬りかかろうとゆっくり前に歩いてくる。




 そんな男の様子を見た蒼汰は、暗すぎる闇に目が慣れず、今だに姿も形もよく分からないこの男がこっちへ近づいて来て、微かに殺気を感じる事が分かった。


 蒼汰は、冷や汗をかきながら刀の塚を握りしめて、ゆっくり抜刀しようとした。




「……どうやら、貴方を倒さないと……この先にいけないみたいだな」




 蒼汰は、刀を完全に鞘から引き抜き、右手に持った状態で刀の先を敵の喉元に向けて、左手の刀を持っていない方の手で自分の顔を隠し、ほんのちょっぴり股を開いて、腰を落とした。



 これこそが、蒼汰の構え。蒼汰の習得している無明剣の構えだった。彼の剣は、先祖の時代から暗殺に特化しており、この相手の喉元で剣先を構えるスタイルは、敵にいつでも命を獲りにいけるぞ。と、恐れさせるためのある種警告でもあった。




 並の剣士であれば、蒼汰の構えと暗殺剣士独特の獲物を狩る狼の目を見て恐れ、逃げてしまう者もいるくらいだが、今回の敵は違った。




 むしろ逆に蒼汰の構えを見た途端に笑みを零し始めた。



「……その構え、江戸混乱期に……幕府と新政府軍の暗殺合戦が各地で行われていた頃、多くの人斬りが真似たとされる人殺しの剣の構え。……しかし、その構えを真に完成させた者は、当時……たったの4。その中の1人が……新選組の沖田であったと聞いた事がある。池田屋事件の後、持病を悪化させた沖田は、表舞台に出てくる事はほとんどなくなった代わりに闇の人斬りとして裏社会でその名を馳せた。その時に自分の持つ無明剣と暗殺剣術を合わせて、最強の暗殺剣を編み出したと言われている。……今のお前の構えを見て確信したよ。お前こそが……無明剣を継いだ者。俺の今回の討伐対象だ」




「……なるほど。随分と剣に詳しいですねぇ。貴方、一体何者なんですか? 無明剣といい……貴方に俺の正体を言った覚えは全くないんですけど……」




「ふっ……正体を聞かなくともお前の構えと全身から溢れ出ているを見れば、おおよそ見当はつく。相手にとって不足はない。……俺の名は、。この先にいる人間に雇われて、ここに来た者を斬る事を任された者だ」





「……岡田以蔵だと!? 待て……それは一体!?」



「……今は、話をする時ではない。この刀……お前を斬りたくてウズウズしているのが、俺の心にも伝わってくる。そう、今は話をするティータイムではない。斬り合いの時間だ」



 刹那、岡田以蔵の剣が蒼汰の真剣に吸い寄せられるように両者は、激しくぶつかり合った……!











 ――一方その頃、スタジアムの奥では……一人の男が戦うための準備を終え、肘や膝に防具を装着し、腰に刀を携えた状態でロープでグルグル巻きにされた泉の元にやって来ていた。その男は、やはり闇の中で泉にも顔がいまいち見えない様子で、彼女に話しかけた。




「……どうやら、このスタジアムに向かって来ている男は、相当素早いみたいだ。私が、見ていた監視カメラの映像にも、いまいちちゃんと映らなかった」




「なんですって……!」


 泉は、驚いた様子で男の言葉を聞いた。彼女は、瞬時に脳内である男の姿を思い浮かべた。しかし、彼女は咄嗟に首を横に振り、彼の姿を掻き消そうとした。



 ――そんなはずないわ……。だって、彼は……あの時だって拒否したはずじゃない。



 すると、そんな泉の首元を男は掴み上げて、彼女に顔を近付けた状態でとても低い声で尋ねた。



「……教えろ。お前の隠していた家臣の事について…………」




「……」


 だが、男はどれだけ泉の事を睨みつけても彼女は、一切口を割らない。それは、そもそも泉自身も誰なのか正体についてよく分かっていないからという理由からそうした。




 しばらくすると、テロリストの男は泉の持ちあげていた顔をパッと離して、地面に落とす。そして、それからさっきとは違って余裕の感じる声で告げた。




「……まぁ、良い。……こっちもおおよそ、どんな奴が来たのか見当はついている。それに……何かあった時のために用心棒も用意しているしな……」




「……用心棒!?」


 ――何ですって……。



 泉は、一気に不安になった。彼女は、ロープで巻かれてしまっているせいで手を合わせる事もできなかったが、心の中で今戦っている者に祈りを捧げた。今の拘束されて何もできない彼女には、これくらいしかできる事はなかった……。


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