第二十六幕 侍剣舞
侍塾の校舎から決闘スタジアムに向かう一本道。外の景色が丸見えな特殊なガラスによって作られた空にかかる橋。その橋を1人の男が歩いていた。それも大変怒ったような様子で下を向いたまま……ゆっくりゆっくりと歩いていた。
その男は黒い和服を着ており、それこそがこの市ヶ谷侍塾の生徒たる証であり、この学校の制服。今どき、この世界でも制服と言ったらブレザーとか、爪入りが一般的であるにも関わらず、この学校の制服だけは今でも和服なのだ。
しかし、それも……時代遅れと言葉にするよりも前に生徒達の腰につけた一本の刀を見れば、誰もそんな無礼な言葉を言ったり、思いついたりする事はない。これこそ、侍。そのあるべき姿であると……誰しもが納得してしまう姿だ。
今、スタジアムに向かっているこの男も……力強く足を踏みしめながらスタジアムに向かう。後ろで結われた長い黒髪が歩くたびに揺れ、それと同時に……刀とそれを収めている鞘が中で振動して、カチャッ……カチャッ……と音を立てる。その様子をスタジアムの入口の前で待機している鉄砲を持ち、黒いスーツに身を包み、サングラスをかけた背の高いほとんど同じ見た目をした男達が見ていた。
やがて、生徒の1人がスタジアムの入口から数メートル位しか離れていない場所までやって来ると、スーツ姿の男達の中で1人、彼らの真ん中に立っていた。男が1人、生徒に話しかけた。
「……君、ここで何をやっているのだね? ここから先は今、整備中なんだ。さぁ、教室に戻った! 学生は、素直に勉強してなさい!」
それは、まさに名演技だった。彼の片手には、しっかりと銃が握られているのに……鉄砲を持っている事もつい、忘れてしまう様なそんな名演技。そのあまりの演技の素晴らしさに……もしも、ここが劇団の大ホールだったら、ブラボーと拍手喝采。そして、もしもこの前を歩いて来る生徒が普通の生徒であれば、間違いなく騙されていた事だろう。
しかし、この生徒……只者ではなかった。スーツの男達も自分達の注意を聞いたはずなのにそれでも尚、こっちに歩いて来る生徒の姿を確認するや否や……彼らの中に緊張が張り巡らされる。
…………しばらくして、生徒の1人が口を開き始める。
「……なら、勉強を始めよう」
刹那、その生徒は腰に納刀していた一本の刀を滑らかに滑らせるように美しく鞘から引っ張り出し、それを窓越しに輝く太陽の光に当てて、反射させながら自分の頭から腰下へ刀を半周させて、構える。
「……実戦でな」
そう言うや否や、スーツを着た男達と和服に身を包んだ男は両者とも一斉に走り出し、お互いに向かって行った。彼らの戦いが切って落とされたのだ。
スーツを着た男達の真ん中に立っていた男が、片手を高く上げて他の男達に指示を出す。
「……かかれ! 鉄砲隊は、構え!」
生徒と同じく刀を持っていたスーツの男の集団が、一斉に斬りかかる。その数、ざっと数えても10人以上。圧倒的数の差がそこにはあった。しかも、10人以上という数の差に加えて、この廊下の狭さ。まさに生徒にとっては、不利でしかないこの状況。しかし、彼はそれでも全く動揺する事なく自分の手に持った刀を振るった。
そのあまりに美しい舞のような素早い剣さばき、それと正反対に蜂のように獲物に次々と突っ込む殺傷力の強く、力強い一撃。2つを併せ持った剣撃が繰り出されていた。
この攻撃に次々とスーツを着た男達は、倒れていく。そんな様子を鉄砲隊と共に後ろから見ていたスーツの男達リーダー的存在の彼は、顔面を真っ青にした状態で、鉄砲隊に命令した。
「……撃てェェェェェェェェ!」
すると、たちまちいくつもの鉄砲が生徒に襲い掛かって来るが、それもこの和服を着た男の華麗で素早い剣さばきによりいとも容易く払い退けられてしまう。
そんな様子に少しだけ怒りを覚えたのか、スーツの男のリーダーは、プルプルと体を震わせて、手に握った刀を抜刀し、生徒のいる場所に向かって走り込んだ。
「……貴様ァァァァァァァァ! ガキのくせに! 大人に対して剣を振るうとは!」
スーツの男のクールな見た目とは、真逆の荒々しい剣さばきに一瞬だけ生徒は、困った様子で攻撃を避けていたが、すぐに彼のスピードに慣れてきたようで、和服を着た男は、徐々にスーツの男と剣を合わせていくようになった。
次第に生徒は、戦いの中に余裕のようなものを見つけたのか、怒りを剥き出しに猪の如く突っ込んで来るスーツの男を少し嘲笑うかのように告げだした。
「……安心しろ。殺しはせん。もとより、お前達は幕府に引き渡すつもりだ」
「なにぃ!?」
スーツの男は、更に荒々しく刀を上から振るう。その衝撃に生徒は、自分の真剣でなんとか受け止めた後に涼しい顔をして告げた。
「元々、お前達に用はないしな」
この一言をきっかけにスーツの男は、今まで一番の怒りを剥き出しにし、生徒の切りかかった。
「……貴様! 俺は維新会のトップにいずれ君臨する男……斎藤だぞ!」
「……ほぉ、何か縁でもありそうな苗字だな。しかし、その汚い剣、やはり違うか」
「な〜にぃ!? そう言う貴様は、一体何者だぁ!」
その問いに生徒は、しばらく答えない。答えずに剣を振い続けていた。その理由は、まず一つに名乗る気がそもそもなかった事。そしてもう一つは、このスーツの男の剣が更に勢いを増してきていることが原因で流石に喋りながらでは太刀打ちできそうになくなってしまった事だった。
和服の男は、必死に剣を振い、男の猛攻に刀一本で耐え続けたが、とうとう捕まってしまう。スーツの男の乱暴な力によって腕を引っ張られ、そのまま鉄砲隊のいる方へ体を無理矢理向けられてしまう。
「……うてぇぇぇぇぇ!」
スーツの男のその一言で敵の鉄砲隊が一斉に引き金を引く。そこには子供だからという情け容赦は一切ない。仕事を果たす社会人の姿のようなものしかそこにはない。彼らが一斉に無表情のまま生徒1人に集中砲火したその時だった。
その一瞬、生徒は自分の腹と首の辺りを力強く握って離さないようにしていたスーツの男の力が一瞬だけ弱くなった事を察知した。
それは、生物の本能的な恐怖によるもの。どんな者でも感じてしまう死への恐怖に男がほんの一瞬力を弱めたその寸前に生徒は、詩術を自分の足に放った。
刹那、風が瞬く間に生徒の足元に降り注ぎ、それと共に生徒の体が超高速の世界へ入っていく。
「……!?」
スーツの男が気づいた時には、既に遅かった。彼はいつの間にか消えてしまった生徒の代わりに鉄砲隊の弾を全てその身に受けてしまう。そのあまりに強烈な鋼の雨に男は、声にならない声をあげて、自分の内なる血液を弾き飛ばした。
「……な……に……?」
やっとの思いで喋る事のできたスーツの男だったが、彼が次に目を開いた時には、無数の光のようなもので自分の率いていた鉄砲隊が一瞬で壊滅させられている姿だった。
そのあまりに呆気ない最後に男は、再び口を閉じて、最後にあの和服の男を人差ししようと懸命に踏ん張りながらまだ戦おうとした。
しかし、鉄砲隊を壊滅させた光の……閃光の輝きのような刀の攻撃が今度は自分にやって来て、彼は今度こそその刀の超高速の斬撃に呑まれてしまった。
最後に自分の脳天を一筋、切り裂こうとする和服を着た若い学生の姿を正面に捉えた男は、斬られる直前に聞いた。
「……お前は、一体……何者……?」
そして、今度はしっかりと脳天斬りを喰らい、頭から胴体にかけて一本の線を刻み込まれるかのように刀の棟で叩き斬られた男は、そのまま気絶した。
そんな男の情けない姿を見た生徒は、詩術を解除して、超高速の世界から帰還。刀で自分の周りに立ち込んでいた風を払い、そして納刀すると、彼は言った。
「……新撰組一番隊隊長、沖田総司の末裔こと風上蒼汰。姫を助けるため助太刀致した。……参るぞ」
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