第二十五幕 謎之黒幕
市ヶ谷侍塾は、複数のビルが立ち並ぶ大学のような建物である。都内の靖国神社を通る一本の大通り――靖国通りのすぐ近くに立ち並び、そのあまりに大きくて広いビル群と敷地は……まさに日本最大の侍学校といっても過言ではない。
そんな侍学校の校舎から少し離れた所……学校の敷地から少し離れた所にやって来ると、そこには蒼汰と勘十郎の2人が決闘をやったスタジアムが存在する。校舎内からスタジアムへ移動するルートは、2つ。信号を渡って行くか、または学生にのみ許された特権として建物のビルの7階と同じくビルの7階の間に伸びた強化ガラスがフロア以外の全体に張り巡らされた廊下を渡って移動する事ができる。
この強化ガラスは、水族館などで使われているアクリルガラスを更に特殊加工を加えてより強度と耐震性の増したガラスとなっている。
そんなスタジアムに続く道の先に……彼らが戦った決闘場が見えてくる。普段の決闘場は、使われている時以外電気が消されており、基本的に暗い。そのため、現在誰も決闘を行っていない事からここの場所の電気は消えているのだが……そのスタジアムの真ん中の下に広がる決闘フィールドにて、誘拐されてしまった松平泉が手足を縄でグルグル巻きに拘束されて、更に口元までも喋れないように閉められていた。
しかし、泉はそんな状況でも全く恐れる事なくスタジアムのフィールドの上に座ったまま一点をジーっと睨みつけている。……すると、彼女の睨みつけているその場所から1人の男が、ゆっくり歩いてきながら泉に話しかけてくるのであった。
「……いやぁ、まさかこうも簡単に君を捕まえられるとは思いもしなかったよ。松平さん……」
男の顔や姿は、スタジアムの電気が消えているせいで泉にもよく見えなかった。そのせいで、泉はいつの間にか自分のすぐ近くまでやって来て、自分の口元に巻きつけていたものを男が外していた事にほんのちょっぴりだけ驚いた。しかし、彼女が喋れるようになると、泉は男の事をギリッと睨みつけたままゆっくりと口を開いて喋り出した。
「……油断したわ。あの時、もっと……もっと早く気づけていれば……」
「ははは。気づいた所で無駄でしたよ。貴方は、私に捕まる運命だった。それだけです。一応、貴方のピンチに駆けつけてきた貴方の家臣たちとも戦いましたが、まぁ……彼らは大した事なかったですね」
「……あの子達を何処にやったの?」
泉は、今まで一番恐ろしい形相となって男の事を睨みつけた。それは、まさに眼力だけで人を殺そうとするような強烈な眼差し……そのあまりに凄まじい瞳の圧に……流石の男もちょっと驚いた様子の声を発する。
「……おっと、そんな怒らないでくれ。彼らは殺しちゃいない。安心しろ……。彼らはちゃんと、この決闘スタジアムから出た先にある更衣室に隠してある。私の目的は、彼らじゃないからな。大丈夫だよ。君以外の人間に危害を加えるつもりは……ない」
「……そう。なら良いわ。所で、貴方の目的は何なの? いきなり私をあの部屋から拉致するような真似をして、連れ去って……そのまますぐに殺してしまえばよかったのに……」
「……ははは! 面白い事を聞くね! 君は……。そうか、やっぱり君には分からないか。私達一族の苦しみを……。徳川家には……私達の苦しみなんて分かるわけがないか」
「え……?」
泉には、本当に彼の言っている事の意味が理解できなかった。そもそも、どうして狙われるのが自分であるかにも……全く見当がつかない。なぜなら……。
――私は、今までずっとこの十数年の生涯を城の中で過ごした。そんな小屋の中の豚である私に……誰かが因縁のようなものをつけてくる理由なんて……。
「……」
しばらくの間、口を閉じている事にした泉だったが、そんな彼女の事を見て姿の見えない男は、少し遠く離れた所に立つと……今度は後ろを向いて自分の顔をスタジアムの闇の中に差し込んだ一筋の眩しい光に当たりながら喋り出した。
「……私は、証明したいのだ。自分の実力をね。……君と君の仲間を倒して……幕府に自分の実力を認めさせたいのさ。私は、証明したい。……そのために君をさらい、君の仲間をあえてここに来させたい」
「……誰に認めて欲しいの? 父上?」
「……ふっ! 現将軍か。……確かに奴にも認めさせたいが……今の僕にとってはもうどうでも良い存在だ」
「……」
泉は、黙った。黙って男の次に出てくる言葉を待った。すると、男はしばらくしてから口を開き、背中を見せたまま泉に語った。
「……私には、仲間がいる! 彼らは、私と同じ……崇高なる願いを持ちこの国を変えるために尽力する仲間だ。今のこの日本は……腐っている。百年以上前になくなったはずの格差に今だに苦しめられ……いつまで経ってもその差は、埋まらず……更に経済は上がる事なく……年寄りばかり増え、若い者が生まれるたびに……彼らの世界がどんどん生き地獄と化していく……。私は、そんな世界を変えるために彼らの仲間になって、この国を腐らせている根本、幕府を正そうと決意した。そして、その最初の段階として幕府の娘とその仲間を倒し、奴らに宣戦布告をする。しかし、私は仲間の中でもまだ下っ端だ。なぜか……この私がだ。だから、ここで仲間達に私の実力を認めさせる! それが、この私の目的だ」
「……その仲間というのは…………もしかして……」
「……ほぉ。察しが良いな。さっきの説明だけでもうおおよその事は分かっているようだな。流石は将軍の娘。……まぁ、どうせ貴様は、殺すし……戦いの前に教えてやろう。俺達は……明治維新会。この国に完全なる欧米化をもたらし、この低迷しきった世の中をもう一度、活性化させるために……討幕を目指す者達!」
「……明治維新会」
――やっぱり、まだ……存在していたか。
泉が、男の事をじっと見つめたまま睨みつけた。すると、そんな風に自分の事をずっと睨みつけてくる泉が少し気に食わなかったのか、男が何かをしてやろうと瞳の中に凄まじい思いを秘めた状態で近づいて来たその時だった。突如として、男の元に彼の部下らしき者が1人、現れて地面に膝をつくととても礼儀正しく頭を下げたまま喋り出した。
「……申し上げます! 学園の廊下を……侍塾の生徒が1人向かって来ております!」
それを聞きつけると、男は途端に泉の事などどうでもよくなり、彼女の傍から離れると部下のいる場所の近くまで歩いて行き、喜んだ表情になって告げた。
「……ほほ~! 制服の色は、何色だった?」
「はっ! 報告によりますと、黒! 男子生徒かと」
「……男子? ほう……松平最後の家臣は、女であったと思うが……」
すると、そんな男の疑問が尽きない様子に対して、泉は、してやったりとほくそ笑む。
「甘いわね。私は、将軍家の娘よ。貴方の知らない所で護衛を用意していないわけがないでしょう……」
「……」
男は、再び泉に怒りを剥き出しそうになったが、すぐに息を大きく吐き捨てて、落ち着くと、部下に告げた。
「……まぁ、誰でも良い。泉の家臣は全員殺さずに捉えておけ。そうしないと……後の楽しみがなくなってしまうからな」
「後の楽しみですって……?」
泉がそう言うと男は部下を行かせた後、部下にこう言った。
「……あぁ、そうだ。君の処刑パーティー。……将軍家の娘を君の家臣たちと僕ら維新会のメンバーで楽しむんだ。さいっこうだろ?」
「……維新会っていうのは、頭のおかしい人たちの集まりなのかしら……」
「……おいおい! 君ら、徳川家には言われたくないなぁ君達だって……僕の先祖を……」
「え……?」
「おっと、これ以上はよそう。それより、お客様が来たみたいだからね。私もそろそろ準備するとしよう。来客のね……」
そう言うと、男は泉のいるスタジアムの決闘場から姿を消していった。
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