第二十一幕 将軍事情
「……泉様の忍びとなったのは、今から数年前の事、その時の泉様はまだ小学生じゃったが、しかし城の外に出る事はほとんどなかった。当然、学校に行く事もなく、教育は全て父上である現将軍の吉喜様が推薦してお城に招いた優秀な教育者たちであった。外に出られるのは詩術や刀の稽古の時のみ。それも徳川家の城の中とか移動しても京都の二条城や紀伊の親戚の家程度。吉喜様は、泉様の事を物凄く期待して教育にかなり熱心に取り組んでおられたのだ。そして……その影響で、泉様は大変聡明で賢く、強く育った。今もこの学校で泉様以上の実力や学力を持った者はいないであろう……。それくらい、泉様は大変努力なさった」
半蔵の説明を聞いていた蒼汰は、どこか泉の過去の姿に親近感のようなものを覚えながら当時の泉の姿を想像しながら話を聞いていた。
「……しかし、誰も泉様の努力を知らないのだ。泉様のこれまでの努力。何をしてきたか……どんな人生を歩んだ御方か……。それを知る者は、この世界でごく少数しかいない。泉様は、生まれてからずっと城の中に閉じ込められ、そこでずっとお父様の期待に応えるためだけにひたすら努力をするしかなかったのだ。じゃが、そんな泉様の頑張りを褒めてくれる者など……何処にもいない。泉様と一緒に頑張れる者も……いなかった。泉様は、何かにとり憑かれたかのように必死に努力をするしかなかったのだ」
「……!」
――なんだ。それ……。
蒼汰の親近感は、やがて一つの同情のようなものに変わっていった。しかもそれは、彼もよく知る感覚だ。
半蔵は、続けた。
「だから今回の侍塾への入学を泉様は大変楽しみにしておったのじゃ」
半蔵は、入学前に泉と話した事について蒼汰に話をした。
「……いよいよ。外の世界に出られるわね。半蔵……貴方、放課後という言葉を知ってる?」
「……放課後? ですか?」
「そうよ。放課後というのはね、一日の学業を終えた学生達が、友人や恋人と一緒に遊びに出かけたり、何かに打ち込んだりする時間の事を言うそうよ。本で読んだの。放課後に友達と遊ぶって、書いてあったわ」
「……なるほど。流石は、泉様! お母さまに似て聡明でございます」
「……ねぇ、半蔵……私は、入学がとても楽しみなの。おかしいかしら? 命を狙われている身であり……むしろ、気を引き締めなければならない私が……自分を護衛してくれる実力のある者を学内で見つけなければならないこんな私が……。学校生活を楽しみにしてちゃいけないかしら?」
「……そんな事は、ございません。泉様は、学内では将軍候補であり、一人の女学生でもあるのです。学生として今しかできない事をして欲しいと……だから、お父様も学園にゅうがうを許可したのだと思いますよ」
「…………。そうよね。ありがとう半蔵」
話を終えてすぐに半蔵と蒼汰の目と目が合う。それと同時に半蔵は蒼汰に告げた。
「……泉様が、お主を選んだ理由は最初こそよくわからなかった。しかし、今さっきお主から身の上話を聞いて少し理解したぞ。泉様は……お主と護衛と将軍として関わりたかったわけではない……とな。あの御方がお主を選び、お主がまたそれに苦悩する理由。少しばかりだが、わっちには分かった」
「……」
蒼汰は、何も言わなかった。何も言わずに……黙っていた。しかし、少しして……彼は半蔵の元を離れて行こうと彼女から背を向けた。そして……。
「……泉は今、何処にいるか知っているか?」
「……さっきまで一緒であったのだろう? それなら、おそらく今は教室に戻っている頃であろうな。……しかし、授業もそろそろ始まるぞ」
「……大丈夫だ。まだ、2分ある。ここから上級武士のクラスがある廊下まで走って1分もかからないしな」
「……そうか」
半蔵は、そのまま蒼汰の事を行かせてあげようと考えていた。だから、彼が授業に遅刻してしまう事に関してもこれ以上、何も言ったりはしなかった。それに……いざという時は、将軍家の特権を泉に頼みこめば遅刻問題は、何とかなると考えていた。
しかし、ここで2人にとって思わぬ事件が起こる事となるのだった。それは、半蔵のスマホが鳴り出したと所から始まった。彼女が電話に出ようとスマホを征服から取り出して、受話器を耳に当てる。
「……どうしました? 泉様? 何かお困りごとでも?」
泉の番号からかかってきた事を確認していた半蔵が、いつもの調子で電話に出てみるが、しかし次の瞬間に彼女の耳元に入ってきた声は、予想外のものであった。それは、とても低い男性らしい声で、明らかに泉の声ではなかった。その謎の声は、半蔵に告げた。
「……お前が、松平泉に仕える最後の家臣か?」
「!? 何!?」
「……松平泉は、捕えた。取り戻したくば……今すぐ将軍家のものに連絡し、4億円持って来い。取引場所は、市ヶ谷侍塾決闘スタジアムの中で、時間は今から30分後。取引には、1人だけで来てもらう。もしも、他に誰かが一緒の場合、または4億円を持ってこなかったと分かった場合、この女の命はないと思え。良いな? 4億だぞ」
半蔵の電話は、そこで切れてしまい、彼女の顔面が一気に蒼白となった。そのあまりに突然の様子の変化に驚いた蒼汰が話しかける。
「……どうした? おい! どうしたんだよ!」
すると、半蔵はガクッと膝を地面につけて……とても絶望したような顔のまましばらく過呼吸になっていた。そして、しばらくして彼女は、震える唇から息を小刻みに吐き出しながら蒼汰に告げた。
「……泉様が、捕まった」
「……!?」
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