第二十幕 兄妹之宿命

「……もう十年以上前になるのかなぁ……。俺達の家には、先祖から代々伝わる重病が存在するんだ」



「……重病?」


 キョトンとした目で首を傾げながら何を言っているのか分からない様子の半蔵の可愛らしい姿を見て、やはりまだ幼い少女なのだなと何処か内心納得してしまう蒼汰だったが、気にしたりはせず話を続ける事にした。



「……沖田総司を知っているな?」


「……新選組のか? そりゃあ、そのくらいわっちでも……」



「じゃあ、沖田総司がどうして若くして亡くなったかは?」



「……それは、確か…………けっかく? じゃったかな?」




「……そう、結核だ。…………””はな」




「え……?」


 半蔵のキョトンとした瞳が一気に見開かれて、少女の興味が一気に蒼汰へ集中する。少女の分かりやすい反応を見ながら蒼汰は、少し間を置いてから話を続ける事にする。



「……これは、世間じゃ隠されている沖田家真実の歴史だ。君は、服部家。日本最大の忍びの家の若頭。隠し事は、得意だろう?」



 半蔵は、興味津々な様子で目を輝かせながら「うんうん!」と首を何度も縦に振ってみせた。そのたびに、髪の毛の両サイドいできたテールがまるで、ゾウの耳のようにぴょこんぴょこんと跳ねる。


 蒼汰は、しばらくしてからさっきよりも少し小さくて低い声で話し始めた。



「……俺の先祖、沖田総司は……確かに咳も酷かった。だが、それは結核が原因なんかじゃない。……原因は、だ」




 蒼汰は、自分の手首にぶら下げられたある物を半蔵に見せた。それを見た半蔵は、ピクッと体を一瞬だけ震わせて反応してみせた。




「……それは!?」



「……授業で聞いた事あるだろう? いや、徳川家に仕えているのなら……おそらく泉も……。コイツは……八百万の神々と交信して詩術の質をより高める。まぁ、ざっくり言うなら詩力増幅器みたいなもんだ」




「……知っておる。じゃが、わっちも本物を見るのは実は初めてなのじゃ……」




「初めて……?」


 蒼汰は、この時の半蔵の言葉が少し以外だった。しかし、蒼汰が半蔵の言葉の真意について考えこもうとした次の瞬間、彼は早く続きを話せと言った態度でジーっと蒼汰の事を見つめてくる半蔵の姿を見て、今はそれどころではないと察知し、改めて説明を続ける事にした。



「……この印籠は、大自然の中に宿る神々の意思が内包されており、普通の人間では扱う事のできないようなとんでもない詩術をも使用できるようになれる。云わば……強化アイテムなわけだ。しかし、力あるものには……リスクが伴う。……当時、幕政混乱期の時代、最初に印籠を使った沖田総司は……印籠の力のあまりの強大さに……コントロールができなくなり、逆に……命を吸われたんだ」




「……命を吸われる?」



「……まぁ、もっと分かりやすく言うなら……寿。と言うべきなのか? 印籠の中に入っていた神々の意思が……人間と自然が手を取り合う架け橋とならず、人間自身を苦しめるものになったんだ」




「……!?」



「……しかし、当時の幕政混乱期……拡大する尊王攘夷派の志士達や近代兵器を取り入れ出し、次第に幕府へ牙を向きだした薩摩、長州に住む維新政府側の武士達。その激戦の中で……印籠の力を使わないわけにはいかなかった。沖田は、何度も何度も戦いの中で印籠を使い続け……次第に生命エネルギーを何もかも吸われ過ぎて、戦いの最中、倒れてしまった。しかし、悲劇はここで終わらなかったんだ。沖田は……死にゆく自分の体を気にして……京都で出会った1人の女性との間に密かに子供を儲けた。自分が果たせなかった新選組、幕府の勝利。それに少しでも貢献したかったのだろう……。若くして亡くなる前に沖田は、誰も知らない所で……」




「……」



「……そして、程なくして沖田の血を引く子供は生まれる事となった。しかし、子供が生まれた頃には、江戸混乱期も終わり……新時代が幕を開けようとしていた。沖田の無念は果たされる事はなかったんだ。それだけではなく、沖田の子供達は皆……印籠の力によって苦しめられる運命を背負わされた。生まれてきた子供達は……印籠の中の神々に命を吸われ……苦しめられた。それが何代にも何代にも渡って……今に至るんだ」




「……なるほど。お主達の家には、そんな事が……。しかし、もしそうなんだとしたらお主は……よもや、今も印籠に吸われておるのか?」






「……いや、俺は大丈夫だ」



「え……? じゃが、さっき沖田家に生まれた者の運命であると……」





「……あぁ、だが俺は大丈夫だったんだ。自分でもよく分からないんだが……苦しいと思った事はない。それどころか、今も元気だ」




「……では、沖田家の運命は終わったのか?」



「……いいや。俺が無事である代わりに……俺の妹が…………その宿命を背負っちまった」



「……!?」



「妹が生まれてすぐ……アイツが3歳の頃だ。俺達は、運命からようやく解放されたと喜んだ。しかし突如、妹は倒れた。印籠の中の神に寿命を吸われてしまったんだ」





「……」



「その時から妹は……ずっと布団から起き上がれないままだ。アイツは、俺がこうしている間にも……ずっと……ずっとこの印籠の力に苦しめられている! 俺は、自分だけが助かってしまった事に罪悪感を覚えて、父親から印籠を受け継ぎ、この印籠の秘密を調べるため……八百万の神々について様々な研究がなされているこの国の頂点に君臨する幕府直属の研究機関――八百万奉行を目指す事にした。……妹を救うために」




「……」


 

「……幸い、俺の詩力は普通の人よりも2倍近くあるみたいでな。こういう所も……俺はきっと生まれてくる時に妹から奪っちまったんだろうな……。アイツの元気と、幸せと……そして、未来を……」




 半蔵は、ただ黙った。蒼汰の話は……少女が想像した以上に過酷な話だった。少女は、密かにこの男を殺そうとしていたあの頃の自分を少し反省した。




 ――コイツも……何かの為に戦う一人の男じゃった。早まり過ぎたようじゃな。





 しばらくして、蒼汰は再び口を開いた。



「……そのために、今まで沢山頑張って来たんだ。この学校に入るために……。八百万奉行に入るには、まず……優秀である必要があるからな。この国で一番の侍の学校に入る。そのために……まず、入学前からずっと学業と戦いの基礎について……それから詩術。沢山の鍛錬を行った。自分の時間の全てをここに費やした……。学校にもろくに行かず……ひたすら鍛錬に時間を使った。妹を救うために……。翠がいつか、俺と同じように苦しまないようにするために……。この印籠の中に入っている八百万の神の事を研究し、解析し……俺達の一族に課せられたこの運命を……絶つために! そのために……俺は、今ここにいる! そう、自分の人生を理解したんだ……」


 


 ――じゃから、最初に泉様を見た時もピンと来ていなかったのか……。これまで、ずっと鍛練を積み続けて……その果てに現代じゃ当たり前のように行われている娯楽などを味わう事なく人生を歩み続けて……ずっと1人で……。






 今、半蔵は蒼汰の全てを理解する事ができた気がした。彼が、これまで孤独に戦い続けたこの人生。それを理解した。




 しかし、その後に蒼汰は告げた。



「……だから、泉の話を最初に聞いた時、自分は関わっちゃいけないと思ったんだ。……思ったのに俺は……翠と……」



 蒼汰の心の中で儚げに微笑む妹……翠の姿と、自分に関わらない方がいいと背を向けたまま告げる泉の姿が少し重なって見える。




 そんな彼の心を少し理解できた半蔵が、今度は口を開いた。



「……なるほど。お主の言いたい事は、だいたい理解した。しかし、そうじゃな……。その上で、わっちもお主に少し話をしておこう」




「え……?」



「……泉様についてじゃ。わっちもお主の話を聞いて少し喋りたくなった……」



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