第十九幕 交錯
――その時その時の経験、か……。
どうしてだか、加藤先生の言葉が彼の頭の中で物凄く刺さる部分があった気がした。蒼汰は、ずっと考え事をし続けていたのだ。今の自分の行いについて……。
――どうしてだろう……。でも、俺は……なりたくて……そのためにここへやって来たはずじゃ……。その時その時にするべき事って……分からない。勉強だって大事なはずだ。
だが、どうしてだか……蒼汰の心の中で何かが引っかかり続けていた。自分は、八百万奉行になりたい。そのために勉強をする気だってある。でも、それと同じかそれ以上に……。
――どうして……こんな、たった数回しか顔を合わせた事のない人の事ばかり……頭にちらついてしまうんだ。
ふと、蒼汰の脳内で下を向いて暗い表情を浮かべる泉の姿が過る。そんな彼女の姿ともう1人……別の痩せこけた白い肌をした女の姿が重なってしまう。
――翠……。
蒼汰は、気づくと自分の腰についた刀の持ち手をギュッと握りしめていた。しかし、その手を刀を持っているのとは逆の手でグッと抑え込もうとする。同じ人間の2つの手のはずなのに……蒼汰には、どちらの手の力もコントロールができない。理性で何とかする事などできない。
やがて、彼の体は彼の理性によるコントロールから完全に外れだしてしまったのか……左右で全く違う動きをし始めようとしていた。何かしようとするたびに体の反対側がダメだと抑えようとする。
蒼汰の体は、自分でももうわけが分からない状態になりつつあったのだ。
――俺は……どうしたいんだ? 俺は……何なんだ? ……一体、俺は誰なんだ?
そんな事を思っているとふと、蒼汰の瞳の中に手首にぶら下げられた印籠の姿が入った。その印籠の桜の輝きに……彼は、一瞬だけ目を奪われそうになり……最早本当に今、自分がどういう状態で何なのかわけが分からなくなってしまっていたその時だった――。
「……お主!」
その声は、聞き覚えがあった。いや、蒼汰にとっては忘れたくても忘れる事などできない。自分に小太刀を向けて来て本気で殺そうとしてきた1人のクノイチ(幼女)
――服部半蔵であった。彼女は、この学校の女子の制服に身を包み、最初に会った時とは違って口元を黒い布で隠したりもしておらず、髪型も青い髪の毛をサイドテールにしている可愛らしい姿で……制服をところどころ改造しているのか非常に可愛らしくて、少しギャルっぽい感じの……悪い言い方で表現するのならメスガキって感じの格好になっている。そのあまりのギャップに俺は驚くどころか、固まってさっきまでの葛藤も何もかも失せてしまった。
「……こんな所で何をしておる? そろそろ、次の授業も始まるでおろう。教室に戻った方が良いぞ」
――いや、君も早く小学校に帰れよ。
心の中で素直なツッコミをいれる蒼汰だったが、しかしこの忍者には彼の心の声など全て筒抜けらしい……。途端に彼は、弁慶の泣き所の辺りを思いっきり強く半蔵に蹴られてしまう。
「いってぇぇぇぇぇぇぇ! 何するんだ!」
「……お主、今わっちの事小学生ロリじゃと思ったよろ?」
「……思ってない! というか、小学生とロリは同義語だろ! というか……君って将軍の忍者なんだろ? こんな所で……その……コスプレは……良くないんじゃないか? ハロウィンじゃあるまいし……」
すると刹那、半蔵はもう一発蒼汰の泣き所を目掛けて思いっきり蹴り上げるのだった。
「……いっててええええええええええ!」
「……コスプレではござらん。わっちは、ちゃんとここの生徒じゃ。普段からずっと泉様の傍にいて護衛をしているわけではござらん。今は、別の者が泉様の傍についてくれている。わっちは、休みというわけじゃ」
「……なっ、にゃるほどぉ~」
蒼汰は、とても痛い自分の足を両足とも抑えながらプルプルと体を震わせていた。だが、侍として日頃の鍛錬を積んでいた事による影響か、少ししてすぐに彼は泣き所の痛みを克服し、すぐに普通な顔をして話を始めるようになった。
「……半蔵って、何処のクラスに入っているんだ? やっぱり服部家だし、かなり上級の武士の……」
「……いや、わっちはこの学校に入るにあたって偽名を使っておる。今ここでは、下級クラスの底辺武士の家に生まれた一人娘という設定でやっておる」
「……どうして、そんな事を? わざわざ下級にまでならなくても……というか、泉……様と一緒に上級武士のクラスに行けばもっと護衛もやりやすいんじゃ……」
「……確かに護衛は、やりやすいが……それだけではダメなのじゃ。わっち達は、影に潜んで悪を斬る忍び。つまり、主君より目立ってはならないし、主君の隣で見張る武士達のように目立ってはならない。あくまで、目立たず……ひっそりと主を守る事。それが、わっち達忍びの務めじゃ」
「……へっ、へぇ…………」
――いや、だがしかし……そのわりには、下級武士のクラスにいるって所以外、見た目とかは逆に目立つだろ……その恰好。
と、心の中で今度こそ忍びに心を読まれる事なくひっそりと蒼汰は思った。彼は、この後から少しの間できてしまった沈黙の間中ずっとバレてしまうのではないかと心配し続けたし、また何か失言をしたら斬るとか言ってきそう半蔵を少し警戒もしていた。
すると、そんな時に半蔵が蒼汰に尋ねてくる。
「……ところで、お主……さっきまで何をやっておったのじゃ? なんだか、凄く思いつめた様子でおったが、どうしたのじゃ?」
「……!?」
――見られていたか。いやまぁ、学校の中で誰かしらは見ている事だろう。だが、よりにもよって、この半蔵に見られてしまうとは……。
正直、今の自分の気持ちをこの子に伝えようとするのは、少しリスクを感じてしまう。蒼汰は、半蔵の質問に答える事なくしばらく無言を貫こうとした。
しかし、次第にそうもいかなくなってきて、半蔵が蒼汰の目をじーっくりと眺めてくるのだった。
――言うべきなのか……。だが、この子に泉関係の事を喋ったら……ちょっと、この先どうなるか……。
しかし……だった。
「……泉様の事だな」
「!?」
まさかのたった3秒もしないうちに半蔵は、蒼汰の気持ちをすぐに理解した。その上で蒼汰は、少し怖くなりコクリと頷く返事を返そうか否かと悩み始める。
しかし、そこはやはり服部家の若頭であった。少女は、すぐに蒼汰に告げた。
「……安心しろ。わっちは今、仕事中ではござらん。ただの下級武士クラスにいる成績もそこそこな麗しの女生徒だ。泉様に関して何か言ったからといって、お主を切り捨てるような事は致さぬ」
その言葉に蒼汰は一瞬だけ固まって……本当にそうなのかと半蔵の目をジーっと真っ直ぐ見つめ返した。
そして……半蔵の真っ直ぐ過ぎる瞳を見た後に蒼汰は、自然と確信が持てて……彼の緊張が一気にほぐれ、そして次に喋り出していたのだ。
「実は……」
そうして、蒼汰は自分の思っている事の全てをこの幼女忍者の半蔵に喋る事となったのだ。
その上で、半蔵はあらかた全ての話も聞き終わった所で蒼汰に質問する形で尋ねてみるのだった。
「……お主が、八百万奉行を目指しているという事は、前にも聞いた気がする。じゃが……では、お主はどうしてそこまで八百万奉行にこだわるのじゃ?」
……すると、そんな忍者の軽すぎる発言に蒼汰は、最初にゴクリと空気を飲み込んで深呼吸をした後にそれまで抑えきる事のできなかったはずの理性で自分の感情の全てを一度、コントロールし直す事ができるようになった。
蒼汰は、半蔵のその軽いノリの質問に対して、何か言いたい部分もあったが今回は黙ってただ、この小さな体の幼女忍者に自分の事を少し話始めるのだった……。
「……妹のため、だ」
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