第十七幕 走者奏者

「……ホント、どうしてなんだ……」



 ――いつまで経ってもこのモヤモヤが晴れない。それにさっきの泉の態度。





 ”……あぁ、大丈夫よ。気にしないで。”



 ――どうしてだ……。あの言葉を聞いた時……どうしてだか、心が……きゅっと潰されてしまいそうな……。




 蒼汰には、さっきの事を言葉に表しづらかった。しかし、潰されてしまいそうな感覚というのは、あながち間違ってはいなかった。それは、まるでレモンを絞る時のような酸っぱい感覚に似ている。






 ――くっそ……。俺は、どうしてこんなに……。引きずっているのか? 将軍の力になろうとしなかった自分自身の行動を……。でも、それこそが俺の本当にやりたかった事のはずだ。入学前からの……俺の……。



 ふと、蒼汰の脳裏に1人の女性の顔が思い浮かぶ。頬は痩せこけており、肌は健康とは言えないくらい白く、髪の毛をサイドテールにした女性の顔。







 ――翠……。


 その女性の事を思いながら歩いて行くと……気づいた時には、既に準備室に到着していた。



「……おい! 風上君! 聞いてるのか?」


 教師の大友は、怒鳴った声で蒼汰の事を見つめながら告げてくるのに対して、蒼汰は意識を取り戻した病人のようにハッと驚いた様子で大友の方を見た。



「……ぁ、すいません」


「はぁ……全く、これだから下級武士の家の人間を教えるのは嫌なんだ……。良いかね? あそこには、ノートを置いておいてくれ! 以上だ! はぁ……私は、ちょっと喉が渇いたから失礼するよ! ……全く、これだから下級は…………」




 厭味ったらしく大友が姿を消していき、授業準備室には蒼汰と泉の2人だけとなってしまっていた。2人は、ノートをそれぞれ教師に指定された場所に置いて、そのまま足早に教室を出て行こうとしていた。





 ――気まずい。早く、ここから出たい……。



 蒼汰がそう思うのと同じように泉もそう考えていた。2人は、何も喋る事もなく準備室を出て行こうとしたが、その時だった。


 突如、2人のいる授業準備室の電気がパタリと消えてしまい、一気に暗くなる。





「……!?」


 ――停電か? でも、どうして……?



 疑問に感じだしていた蒼汰が、辺りをキョロキョロと見渡しながら状況を確認。



 ――あれ? 泉……?



 彼女の姿が見えない。いや、というより……この準備室、なぜか昼間なのにカーテンを閉め切っていって……かなり暗い。明かりが全くない。だからか、突然暗くなったせいで蒼汰の目が暗さに慣れず、周りの状況を目で確認する事が出来ていなかった。


 ──おかしい……? これは一体?



 疑問が止まらない中、そんな時彼の元に突如として闇を切り裂く一筋の光が襲ってくる……!




 ──っ!? これは!



 驚いたのと同時に蒼汰は咄嗟に自分でもあまりよく分かっていなかったが反射的に詞術を使って、自身のスピードを高速にする。


 その影響で何とか、攻撃を交わす事に成功し、蒼汰はそのままその謎の攻撃があった場所から少し距離を置く事にする。




 ──なんだ!? 今のは間違いなく刀による攻撃だった……。一体誰が?



 しかし、部屋の暗さのあまりその姿は捉えられない。




 ──いや、だがそれにしても……見えなさ過ぎる……!




「……ここは準備室、狭いしあまり派手な事は出来ない。ひとまず、灯りを……!」



 蒼汰は暗い部屋の中でカーテンを開けようと走り出そうとするが、しかしそんな彼の元にまたしても刀が振り下ろされる。




「……くっ! こいつ早い! しかしここじゃ、これ以上の詞術は練れないし、刀を振るうのも……」






 どうする? と自問自答をするが、しかし方法などこの場においては存在しない。



 ──俺がもっと、詞術のコントロールに長けていれば……今以上の詞術を使ってもきっと上手くやれたはずなのに……。



 己の無力さを蒼汰は恨んだ。そして、刀による一太刀が彼の脳天を真っ二つにかち割らんとして振り下ろされようとしたその時だった……!




「ひさかたの 光のどけき 春の日に 静心なく 花の散るらむ」



 美しい声と言葉の後に真っ暗だったはずの教室が一気に明るく光り輝く。そのあまりの光の輝きに俺は、つい足を止めて両手で光から目を守ろうとした。



 それから輝きが止んだ後、部屋の窓のカーテンがバッと開けられる音が蒼汰の耳に入ってきて彼が、ふと目を開けて両手を下ろすとさっきまでの真っ暗闇に包まれた準備室から一変、電気のついていない少し暗めの教室になった。



 蒼汰は、自分がさっきまで斬られそうになっていた事を思い出し、ホッと落ち着いた様子で話し始めた。



「……いなくなったか」


 心の底から安堵しながらも彼は、震える足を一歩踏み出そうとするが、その時たまたまカーテンを持ったままの泉と目が合った。



「……」



「……」



 しばらく2人は無言のまま見つめあっている様子だったが、しかしふと思い出したように蒼汰が礼を述べるのだった。



「……ありがとう。助けてくれたのか」


 



「別にこれくらいの事。……それより早く行くと良いわ。あまり私に関わっているとまた変な目にあうわよ」




「……」



 泉のその言葉に蒼汰はしばらく固まっていたが、そのうちに彼は泉から一歩離れる形で後ろに歩み始める。その時、自分と泉の間に一本の真剣が床に落ちているのが目に入った。


 ──さっきの敵が慌てて逃げようとして落としていったのか?


 蒼汰は、そのまま準備室を出ていこうとした。



「……助けてくれてありがとう。……ございます。……




 彼は、そう言って準備室を出て行った。残された部屋に1人、泉は何も言わず立ち尽くしていた。



「……将軍、か……」



 彼女は、部屋から出て行く蒼汰の後ろ姿をただ眺める事しか出来なかったのだった……。


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