第十四幕 幼女忍者

「……動くな。動いたら喉を掻き切る!」


 その言葉を最初に聞いた時、蒼汰は咄嗟に将軍暗殺を企てている敵が、ついに現れたのかと警戒した。彼は、咄嗟に腰につけた真剣を抜こうか否かを考え始め、そのまま……無言でピタリと動きを止めてしまう。



 ――どうする……。敵がどういう動き出しで来るか読めないが……しかし、それなら……一度、詩術で風となって……。



 などと、考えを張り巡らせている蒼汰だったが、泉の発した一言によってこの場はすぐに解決するのであった。



「辞めなさい! 半蔵!」



「……半蔵?」


 蒼汰には、その名前に聞き覚えがあった。いや、日本人なら逆にその名を知らない者などいないであろう……。徳川家で半蔵といえば……それは、もう1人しかいない。



 ――伝説の忍者……服部半蔵か!? まさか、そんな奴が俺を……。



 蒼汰の警戒心がより強まり、彼が素早く後ろを向いてみると、そこには小太刀を蒼汰の首元にまで背伸びをしながら一生懸命刃を向けていた半蔵(?)と呼ばれていた身長の小さい小柄な小学生みたいな見た目をした幼い顔立ちの少女が如何にも忍びの者って感じの……黒い格好をした状態で立っていた。彼女は、教室の空いた窓から入って来た風に自分の白い髪の毛を靡かせて、蒼汰の事を狼のように睨みつけていた。






「……え? こっ、子供?」


 訳も分からず、刀を引き抜こうとしていた手を一瞬だけ緩めてしまった蒼汰に泉は語りだした。



「……彼女の名前は、服部半蔵。といっても、20代目だけど……。私達、徳川家に代々仕える忍びの者……服部家の若頭って所かしら」





「……若頭って…………いや、これはどう見ても小学生とかだろう……。そんな子が忍者の仕事って……徳川家内の労働基準法どうなってんだ……」


 蒼汰の的確過ぎるツッコミに、泉は何も答えなかった。その代わり、彼女は別の疑問について同じ教室で座っていた勘十郎に答えるのだった。



「……貴方に話をした者は、この半蔵よ」



「……なるほど。確かに……姿は見えなかった。それは……忍びの者であったが故に……」



 泉は、”そうよ”と一言入れた後、頷く。すると、小太刀の刃を蒼汰に向けたまま半蔵は話始めた。



「……この前の事については、わっちの方からも……申し訳ない。お主の実力がどの程度のものか知りたかったが故に……あんな決闘をさせようなどと考えていた。勝手な事を言って申し訳ございません」



「……あっ、いやとんでもございやせん」


 勘十郎が、そう返した後、泉はここで初めて小さな溜息をついて見せた。それをチラッと見ていた半蔵は、少しドキッとしながらも話を変える事にした。




「……それはそうと、お主! 風上蒼汰と言ったか?」


「え?」


 蒼汰は、目の前に立つ幼い少女がまるでコスプレでもしているかのような忍者姿の半蔵ちゃんの事を完全に舐め切った様子で見ていた。


 半蔵は怒った様子で言った。


「……貴様! 初めて会った時からずっと……泉様に対してなんて口の利き方! 無礼極まりない奴! お主が泉様と話をしている姿を見るだけで……見るだけでわっちは、虫唾が走るわ!」



 ──わっちって……今時すげぇ一人称使うなぁ。なんて子なんだ……。この子があの服部半蔵の子孫とは到底思えない……。



 蒼汰は、心の中でクスッと鼻で笑いそうになった。しかし、そんな彼の様子を近くで見ていた泉が蒼汰に告げた。


「……あなた、半蔵を舐めていると血祭りにあげられるわよ」



「……え?」


 ──いきなり、将軍とは思えないような言い方だな……。



 泉は続けた。


「……半蔵は貴方より強いわ。少なくともさっき見た貴方の戦いぶりから想像するに……間違いなくね」



 この言葉に蒼汰も一瞬固まった。こんな首筋に刀を近づけられて緊張しない事なんて今までなかったし、背丈も見た目も明らかに高校生ではないこの幼子が……自分より強いというのにいまいち実感が湧かない蒼汰。



 ──しかし、将軍が直々にそう言うのなら……こけおどしでは、ない。間違いなく……。この子はかなりの手練と見た。



 そこで蒼汰は、さっきまでの内心舐めていた気持ちを抑え、真剣な顔になって、泉に告げた。



「……分かった。今まで言ってきた事。謝る。御免。俺も敬語というのがいまいち苦手で……目上の人を敬う事というのを今までしてこなかったもので、教養不足だった。すまない」



 しかし、半蔵はそんな蒼汰に対してまだ小太刀をしまうつもりはなかったらしく、更に詰め寄った。



「……黙れ! 謝罪程度でお主が泉様に今までしてきた事が許されると思ったか! お主のした事は徳川家の侮辱と同じ。よって、私が斬る!」



「……え?」


「ちょっと半蔵!?」


 これには流石の泉も予想していなかった事のようで彼女は今まで見せた事のないくらい慌てた様子で半蔵に何かを言おうとしたが、しかしそれよりも先に半蔵は甲高い幼さの残る声で告げる。


「……泉様! 止めないでください! わっちは、どうしてもこの男が許せない! 許せなくてしょうがないのです!」


 更に半蔵は、制服の袖から今度は、手裏剣を一つ取り出して、それを上に構えて強い口調と睨みで蒼汰に告げたのだった。


「泉様に今まで働いた無礼の全てをお詫びしてもらいたい! そのためにも、わっちが、お主をここで成敗いたす!」




「……まっ、マジなのか?」



「……大真面でござる!」


 半蔵が、そう叫ぶ中……俺は固まって刀の持ち手に手を伸ばしつつ、半蔵と目を合わせる。



 そんなぶつかり合う2人の姿を見ていた泉は、今度はかなり大きく溜息をついた。




 ──ほんと……どうしてこうなるの……。どうしてこんなに……上手くいかないのよ。




 泉は1人、この状況に絶望して下を向いた。

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