第十三幕 事情聴取

 決闘を終えた銭形と風上。沖田総司と銭形平次の子孫たちによる新学期早々最初の……天下分け目の戦いは、20代目徳川家当主候補の松平泉によって強制的に終了した。



 決闘が終わってもうそろそろ5限目が始まる頃、黒い和服っぽい制服を着た2人の男子生徒と同じく和服のような見た目をした制服を着た女子生徒が1人、とある椅子と机が立ち並ぶ空き教室の中で話をしていた。



 そこにいる3人の男女こそ、銭形勘十郎と風上蒼汰、そして松平泉の3人であった。



 蒼汰達の制服は、さっきまでの決闘の影響によってかなりボロボロに斬られた痕があったり、破られたり擦られた痕が残っていたりしたが、今は全くそういう事もなく新品同然の綺麗な黒い制服を身に纏っていた。



侍塾での決闘の後、制服や学校支給の運動着がボロボロになり、見るにも耐えぬ姿となった場合、学校側から無料で新しい制服が支給されるのだ。また、決闘で負った傷も決闘の終わり次第、専門の医師に診て貰う事ができ、怪我の治療もすぐに迅速に可能なのだ。



 これにより、蒼汰と勘十郎はさっきまでの死に物狂いの大勝負がまるで嘘であったかのような綺麗な格好に戻っていた。



 戦いを終えて疲れた様子の銭形が学校の自販機で買ったペットボトルのお茶を一口飲んでいると、向こうに座っている泉が蒼汰と勘十郎の2人を同時に見ながら口を開いた。



「……学校側には、特別措置として……貴方達の次の5限の授業は念のため欠席としておきました。とりあえず、そこに座って」



 泉が教室のとある椅子に腰を下ろすと彼女の後に続いて、頭をきちんと下げてから座る銭形。それに対して頭など一切下げずにそのまま直で座ってしまう風上。両者は、椅子に座るや否や泉が話を始め出す事を内心待っていると、温かい緑茶の入った茶器を両手で持って行儀よくお茶を楽しんでいた泉が2人と同時に目を合わせるや否や「うむ」と返事を返した後に話しを始めた。



「……まずは、さっきまでの決闘。とても良い戦いぶりであった。お互い、まだ一年生であるにも関わらず、あそこまで迫力のある戦いを実戦ではなく決闘の中で見れるとは思いもしなかった。良い戦いを見せてくれてありがとう」



 銭形は、泉の言葉に素直に頭を下げたが、しかし彼の隣に座っていた蒼汰は、こんな事にいちいち敬意など払ったりはしない。彼は、泉に対してとても焦った様子で告げるのだった。




「……それで、どうして俺達をここに集めたんだ? 授業も休みにさせて……」



 内心、煩わしいなどと思いながらもできるだけ表情に出さないように気をつけつつ、言葉を発した。



「……相変わらず、分かりやすい人でいやすな……」



 呆れた口調で銭形は、喋った。彼の思いと同じく泉も薄く溜息をつき、半分申し訳ない思いにもなりながら……しかし、内心蒼汰の事を「心の狭い人」だと罵ったりもしながら彼女は、改めて喋り始めた。



「……うむ。まずは、勘十郎殿に……謝罪を」



「え……?」



「……私が、そこにいる風上と話をした事。その内容をそこの男は喋ろうとしなかったようではありませんか。まずは、その事について謝罪をしようと思いまして……御免」



「……いっ、いや良いんでぇ! 別に気に何かしていやせんぜ! 将軍様が黙るように言ってくれたのなら……きっと何か考えあっての事。おいr……拙者が、ちと……早とちりし過ぎちやいやしたのでさ!」



「……この国に生きる大事な民に……頭まで下げられてしまうとは……いやはや…………それに、私はまだ将軍ではござらんのだ。どうか、顔を上げてくれ」



「……ははぁ」


 泉は、内心……蒼汰の方を見てみる事にした。そして、やはり溜息をつきそうになった。それもそうだ。……この差。将軍家の人間に対するこの差の違いに流石の泉も少し思う所は、あったようで……彼女は少し蒼汰の事を睨みつけそうになったが、その気持ちをグッと堪えた。そして、ようやく顔を上げてくれた銭形に対して泉は語り始める前にまず、いつの間にか自分の座っている席の、机の上に置かれていた例の手紙を銭形に渡して、読ませるのだった。




「……実は、前にこのような手紙が来てな……それで、私はそこにいる風上に話をかけて…………」




 そこから少しの間、泉による状況説明がなされて、勘十郎はきちんと手紙を読み終えてから泉の一言一句に対して元気に「はい!」「はい!」と返事を返してみせた。そして全ての話が終わった頃に銭形は、両手をすっぽりと袖の中にしまって、渋い顔を浮かべていた。



 そんな中、泉は喋り続ける。



「……というわけで、私は今、この学校の中で私のボディーガードを務めてくれる者を探している。勿論、ただでとは言わぬ。報酬は好きなものを申してくれれば良い。出来る限りで用意をするつもりだ。銭形勘十郎殿、お主のさっきの戦いぶりには非常に感銘を受けた。どうか、協力をしてくれぬか?」



「……報酬は、何でも用意してくださるのですか? 泉様」



「左様。お主が望んだものであれば……あぁ、ただ……蓬莱の玉の枝などといった物は、ダメだ」



「……あぁいやいや、そのようなものは……滅相もございやせん! おいらが、泉様に対してそのような要求をするような立場にない事は重々心得ておりやす!」




「……では、どうであろうか?」



「……喜んで受けさせてくだせぇ。おいら、将軍様にどうしても……頼みたい事があるんで……。今回の泉様暗殺に関する助太刀。……どうか、この勘十郎。ボロ雑巾になるまで使い潰してやってくだせぇ」




「ありがとう。そう言ってくれるととても嬉しいよ」



 こうして、勘十郎と泉の2人が話をまとめ終えると2人の会話を横で聞いていた蒼汰が、突然椅子から立ち上がって喋り始めた。



「……それでは、2人の話も終わった所だ。私は、失礼するよ。……早く授業に戻って、しっかり勉強せねばならないからな……」



 蒼汰が、歩き出して泉の横をサラッと通り過ぎて行こうとすると、その直前で泉が大きな声を上げて、蒼汰の歩く足を止めようとした。



「……待って!」



「……」


 その言葉には、流石の蒼汰もピタリと立ち止まってしまう。それは、やはり侍としての本能が、徳川家の人間の強い言葉には従わねばならないと言っているような、そんな金縛りのようなものを受けたように蒼汰はピタッと止まって彼女の話を聞いた。



「……どうか、もう一度お願いしたい! お主にも……やはり協力してもらいたい! 報酬は、何でもやる! 金でも……何でもだ! 頼む……。さっきの決闘を見て私は確信した。お主には、凄まじい力がある! その力を……ここで生かさないか?受けてくれるだけで……報酬はいくらでも出す! 頼む……!」



 ――将軍家の人間がここまで言うと言う事は、それほど余裕がないじょうきょうなのだろう。まぁ、それは……将軍家というより、泉に対してだが……。



 そんな事を考えた蒼汰は、そこからしばらくの間黙ったままだった。だが、やはり彼の気持ちは変わらない。どれだけお願いをされても……蒼汰にとっては、勉強を真面目にする事こそが何よりも大切な事だったのだ。だからこそ……



「……すまない。俺は、どうしても学業に専念したいんだ。だから、もうやめてくれ。俺は、戻るよ。今からでもまだ遅くはないはずだ。5限の授業。受けに行くよ……です」




 すると、そうやっていなくなろうとする蒼汰に向かって勘十郎が告げた。



「……将軍様の頼みだぞ! 普通なら答えるべきではないのか! 今時の侍は。主君の事さえも大切にできないのか!」



「……あぁそうだよ! アンタだって、聞いただろう? 将軍の娘が狙われる程の大事件が起きているんだぞ! そんなのに俺達みたいな学生風情が首を突っこもうだなんて、どうかしている! それに俺は……あの話があってからずっと、頭から抜けなくて夜も全然眠れてないんだ……。そのせいで、学校にも遅刻しちまう。そんなの嫌だ。俺は、もっとちゃんと勉強して優秀な成績を収めて、この学校を卒業し……夢に、向かって突き進みたいんだ! 将軍家の人間であろうと邪魔はしないでくれ!」




 蒼汰が、ようやく自分のストレートな気持ちを泉に伝え終えると、彼はすぐに教室から出て行こうとした。しかし、彼がドアに人差し指をちょこっと触れた次の瞬間に、とんでもない事が起こった。




「……!?」


 蒼汰が横にスライドするドアの持ち手の部分に触れようとしたその瞬間に教室の天井から強烈な水流が蒼汰に向かって放出されて、一気に彼の全身がビチョビチョになってしまう。




「……ぷはっ! 誰だ!」


 彼がそう言って泉達のいる後ろを振り返ってみると、次の瞬間……蒼汰の首筋に冷たい金属の感触が……。彼の喉元にまで接近してきていたのだ。驚いて何も言えなくなってしまった蒼汰だったが、後ろにいたその人間は、喋り出した。



「……動くな。動いたら喉を掻き切る!」


 その何処か可愛らしさも感じる一方で確かな凶器と殺意が剣先から伝わって来るこの感覚に驚いて何も言えない状態の蒼汰は、口をはわはわと開いたり閉じたりさせて、何も言えなくなってしまった。





 ――まっ、まさか……将軍暗殺の…………!?




 蒼汰は、内心そんな事を思いながらその場で固まってしまった……。

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