第十二幕 強制中断

 風上蒼汰と銭形勘十郎の決闘が行われている最中。同じ頃、市ヶ谷侍塾の日本庭園内で優雅に詩を書きながら食事を楽しんでいた松平泉。彼女の今日のお弁当は、家の専属料理人に作らせた和食のフルコース。いつも味わう美味なお弁当を口にしながら彼女が詩を書き、1人読んでいる所に……突如、何処からともなく何者かの気配を感じとる。



「……!」


 泉が、目を見開くが……庭園の中には彼女以外に誰もいない。誰一人として人の姿はない。しかし、泉は確かに感じ取った気配に向けて一言告げる。



「……戻ったのね。半蔵」



 泉が、太陽に照らされてできた自分の後ろに見える黒い影をチラッと見つめると、謎の気配は、突然どこからともなく声を発して喋り出す。



「……はい! 泉様! 只今!」


 その声は、なんだかとっても幼さを感じる少女の声に聞こえた。しかし、少女の姿は、何処にもなく……泉はただ自分の影を見下ろしたまま話を続けるのだった。





「……どうしたの? 何か報告する事でも?」




「……はっ! 昨日、報告した銭形勘十郎について……泉様に改めて報告しておきたい事がございまして……」




「銭形……? あぁ、あの岡っ引きの男の事ね。それが、どうしたの?」



「……はっ! ご報告いたします。只今、銭形と風上蒼汰殿の決闘が……スタジアムにて行われております!」



「……決闘? どうして、そんなものが?」



「……はっ! 小手調べのためでございます!」




「小手調べ……?」


 泉の視線が、一瞬だけ自分の影から離れて行き、前に見える小さなしだれ桜の方を向くと……半蔵と呼ばれたその謎の気配は、突然慌てた様子で話を始めた。



「……風上蒼汰を倒せたら、願いを聞くと……そう言う風に話をつけておきました」




「……それは、どうして?」



「……それは、泉様が見つけた人よりも強くて頼りがいのある人だと証明してもらった方が良いかと思って……」



「……なるほど。まぁ、良いわ……。でも、それならもっと早めにその話を聞きたかったわ。まだ、決闘やってるかしら?」



「……はい! 情報によりますと……現在、銭形勘十郎の十手による攻撃で……風上蒼汰は、壁際に吹っ飛ばされてしまったと聞きました」



「……ふむ。となると、風上君が今、押されてる感じかしらね?」




「……おそらくは、そうかと……」




 泉は、急いで食べかけの大きなお弁当箱と和歌の書かれた紙を片付けるとスマホの電話機能で学校に通っている家臣の1人に片付けるようにと連絡をいれる。それから庭園を出て行き、スタジアムのある方へと歩いて行った。



「……半蔵、貴方の目をつけた男が勝つというのなら良かったわ」



「……はっ! わっちとしても、真に喜ばしい限りで……」




 泉は、今だに姿も形も分からない謎の存在と話をしながら廊下を1人歩いて行った。彼女の表向きの表情は、本当に嬉しそうな感じで口元もにっこりしていたが……しかし、内心はそうでもなかった。




 ――見込み違いだったかしら……風上蒼汰君。……私の思い違いって所かしらね。




 少しショックなような気もしながら泉が、スタジアムへ進んで行くと、その道の途中でスタジアムから出て行く生徒の群れとすれ違う。彼らの話に耳を潜めてみてもやはり皆「侍でもない奴に下級の侍が負けた」と話していた。彼らは、そんな話をしている途中で将軍の娘である泉の姿を見ると、たちまち会話をやめて、廊下の端々に正座で頭を下げだしたが、今の泉は彼らに構ってやれるほど暇ではなかった。彼女の頭の中は、決闘の事で頭がいっぱいで……ただひたすら、自分1人で考え続けていた。





 ――となると、もう決闘は殆ど終わった感じなのかしら……。早くその銭形とかいう男に会ってみたいものだけどれども……。




 泉が、ゆっくりゆっくりとスタジアムへ向かって行ったその時、彼女がスタジアムに入るための最初の扉を自分で開けるや否や……突然、全身にゾワッと鳥肌がたった。




「……!?」



「……泉様!」


 その感覚は、どうやら謎の存在である半蔵も感じ取ったもののようで……この瞬間に泉は、このスタジアムで今尋常じゃない事が起こっているというのを体感した。




 ――何この殺気? 決して自分に向けられているものではないはずなのに……どういう事なの? この強い殺気は……。まだ、決闘は終わっていない?



 とにかく中に入って見なければ分からない。そう思った泉は、仲に入るや否やすぐに走り出した。



「……あっ! 泉様!」


 慌てた様子で……謎の存在半蔵の声もどんどんスタジアムの方へと移動して行っているのが分かる。



 そして、半蔵が何処にいるのか姿が見えないので分からないが、ぜーはーと分かりやすく荒い呼吸を繰り返していると、とうとう……スタジアムの観客席の所にまで来ていた泉のそばで姿の見えない半蔵が口を開いた。



「……泉様、いきなり走らないでくださいよ!」



 すると、彼女はとても驚いた様子でフィールドをぼーっと見つめていたのだ。彼女は、ポツンと一言呟いた。



「……半蔵、ちょっと見てみなさい」



「……ふぇ?」


 泉が、指さしたそのフィールドでは、お互いに制服のあちこちが破かれて、ボロボロの姿となっていた風上蒼汰と銭形勘十郎の両方の姿があり、彼らは2人とも自分の身がボロボロであると分かっていても尚、決闘を続けようと……殺意を剥き出しにしていた。




「これじゃあ……もう、決闘なんかじゃなくて、殺し合いじゃない……」



 驚く泉だったが、フィールドに立つ2人は、彼女がやって来た事になど全く興味を示さない。彼らは、お互いに顔をあちこちに向けたりなどせず、ただ一点を集中して、お互いに武器を振るい合うだけであった。


 銭形の十手と風上の持つ木刀が、重なり合う……!火花など散っているはずもないのに……今さっき来たばかりのはずの泉にさえ、彼らの決闘の中で火花が散りまくっているように見えてしまう。




「……なんて、戦いなの」



 そんな一言を泉が発する中、銭形の右手に持っている十手が1つ、風上の剣さばきによって、遠くへ弾き飛ばされてしまう。




「……しまった!?」


 その事に気を取られて、一瞬だけ僅かな隙を敵に見せてしまう銭形。しかし、蒼汰はこの瞬間を逃さない。彼は、すぐさま……上に振り上げていた木刀を今度は、振り下ろして一刀両断のような事をしようとした。





 ――しかし、銭形も今回ばかりは動き出しが早い。すぐにもう一本の十手で木刀による攻撃を受け止めて、力ずくで振り払うとすぐに飛んで行ってしまった十手の元へ駆け込む。だが、駆け込んですぐに蒼汰のいた方を振り返ると……既に彼は真正面まで走って来ていて、一気に一刀両断されそうになってしまう。





 ――あれは……あの時、家臣との戦いで見せた瞬間移動のような超スピードでの移動!



 泉も蒼汰のその動きに覚えがあって、驚いていると……今度は銭形の十手が光り出し……蒼汰の素早い動きに完全対応して、十手で攻撃を受け止める。その光景を見ていた泉に……何処からともなく姿の見えない半蔵が得意げに語り出す。



「……あれが、彼の詩術です。どんな速度の攻撃も全て対応してしまう。……銭形は、追跡のスペシャリストなのです!」




「……」


 しかし、半蔵の言葉に泉は何も言ったりはしなかった。彼女は、引き続き決闘を見続ける事に集中したが。しかし……やはり、ここへ来たタイミングが遅かったのだ。



とうとう、勝負がつかなくて少しの苛つきを覚えだした蒼汰が、自分の制服の懐から印籠を1つ出すと、彼は銭形を睨みつけてこう言った。




「……こうなったら、もうこれを使うしか……!」


 彼の手に握られていたのは、桜の花が描かれた印籠で、あまり見かけない家紋が刻まれていた。




「……なんですか? あの印籠?」


 会場でまだ試合を見ていた一年生の1人が、キョトンとした声でそんな事を言っていると、その一方で泉は、印籠を見るや否や驚く。



 ――あの印籠は……まさか!?



 そして、すぐに彼女は飛び出していき、フィールドの方へと近づいて行った。少しして、彼女が観客席のある二階の一番最前列の所までやって来るとすぐに大声を出して告げた。


「……待って! その決闘は、一旦中止よ!」




 そんな少女の姿を見た審判を務めていた上杉先生は、ギクッとした顔をして泉の事を見つめた。



 ――泉は、続けて言った。



「……これは、徳川家としての私の命令よ! 決闘を一度中断しなさい!」



 この言葉でようやく集中もきれたのか蒼汰が、上を見上げる。すると、そこにはついこの前、一緒に話をしたばかりの……もう二度と会う事はないと思っていたはずの少女の姿があった。




「……泉? ……様?」

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