第十一幕 闘争本能覚醒

 風上蒼汰が、銭形勘十郎の攻撃を受けて吹っ飛ばされてしまった所で……スタジアムにいた生徒達のほとんどが席を立ちだしていた。




「……終わりか。帰ろうぜ」



「……なんか、最後は呆気なかったな」



「……結局、下級武士同士の陳腐な喧嘩だったな」



「くっだらね……」



 生徒達のほとんどが、スタジアムから消えていく……。気づくとスタジアムの端の椅子座っていた人々の群れは、なくなっていて……さっき以上にガラガラな様子となってしまっていたのだ。



 静まり返りつつあるスタジアム……とうとう、群れの最後尾に並んで帰って行こうとする人のガヤガヤした帰宅音の中で……決闘をしている勘十郎がいるフィールドも同じく静かになっていった。……それは、まるで色を失ったサイレント映画の一コマのように……。




 だが、チラッと勘十郎の顔に視線を向けてみると……彼の顔は、どうも喜ばしいとか余裕の感じがあるとは思えない。むしろ逆に、引きつっていた。いや、彼自身も自分が今、どういう顔をすれば良いのか分かっていないような状態と表現した方が良いのかもしれない。




 固まったままの勘十郎は、次第に十手を下ろしていく。しかし、ふと下ろし終えた所で彼は、キョロキョロと辺り一面を見渡し始めた。




 それと同じタイミングで決闘をまだ観戦していた生徒の一部もこのスタジアムで今起こっている異変に気付きだす。





 ……やがて、最後の消えていく生徒達の群れがスタジアムから出て行くとそれまでサイレントのワンシーンを描いたような無色のスタジアム会場に少しずつ色が付き始める……。



 会場の観戦している生徒達も勘十郎に合わせて首を左右にちらっ……ちらっと向けて行くと……。







 銭形勘十郎は、ついにこの空間に我慢ならなくなったのか……彼は、キョロキョロとブレまくっていた顔を定めていき、真ん中に立つ審判を担っていた女教師――上杉の事を見つめた。




「……さっきので、倒したはずでは!?」





 しかし、そんな彼とは対照的に首を左右に振って答える上杉先生は、勘十郎に告げた。



「……遅かったな」


 勘十郎が、上杉先生のその言葉の意味に気付いた頃には、既に……遅かったのだ。




「……!?」


 銭形の手に握られていた十手がピクッと反応する。その瞬間に彼は、自分の真後ろに何かの気配を感じて、振り返ろうとした。それは、まるで……ホラー映画で怪物に背後を襲われる時のような……勘十郎の額には、汗が一滴滑り落ちていたのだ。




 ゆっくりと……パラパラ漫画のように……。






 ……ゆっくり。






 振り返っていく……。





 しかし、振り返っていく直前、勘十郎の首筋を冷たい風が通り過ぎる――。彼の恐怖と好奇心が余計に駆り立てられ……真っ直ぐ滑り落ちそうになっていた一滴の汗が雷を描くようにジグザグに肌を滑り落ちて行く。それは、燃え上がる鬼火のように……勘十郎の背中がぞわっと震えた証拠でもあった。






 最後に振り返り終えた頃には……勘十郎も完全に油断しきっていた。胸元を中心に全身へ駆け巡られた体の震えは……一気に手先にまで到達し、それの影響で一瞬だけ勘十郎の十手を振るう手が遅れてしまう。





 しまった……! と思ったがそれこそが”遅かった”のだ。既に彼の鼻先には木刀の切っ先が向けられロックオンていた。





「……な、んだと!?」



 そして、気づくと勘十郎の胴体……計3か所が同時に……打ち付けられていた。




「……必殺。三点衝突刃」



 勘十郎が、完全に今の状況の全てを飲み込み、木刀による突きが当たる直前に……彼は口を開いた。





「……風上蒼汰殿!?」



 刹那、一瞬にしてロックオンした勘十郎の胴体3か所へ同時にの攻撃が炸裂。勘十郎の体の内部は、一瞬にして痛みによる鈍い不快感が生まれたのだ。




 そのまま……銭形は、吹っ飛ばされていく。もう何回目になるのか……風上が吹っ飛ばされたのと同じ場所に勘十郎は、吹っ飛ばされて……壁に体を激突してしまう。それと共に建物と人体の間から煙が巻き上がり……黙々と勘十郎の周りを覆う。




 蒼汰は、そんな黙々と巻き上がる煙とそこに閉じ込められた勘十郎の方を向きながら木刀を構えた状態で……言った。





「……こんな程度では終わらぬだろう? 早く立て」


 蒼汰は、真っ直ぐ勘十郎の方だけを向いていた。彼は、もう別の場所をキョロキョロしたりはしない。ただ、一点に集中していた。そして、その言葉に答えるように……煙の中から1人の男が、壁から離れて行き立ち上がる。男は、蒼汰に向かって告げた。



「……おもしれぇ」


 すると、男は自分の姿が完全に煙から解放されて明らかになる前に二本の十手を手に持ったまま走り出し、蒼汰へ向かって行った。



 同じ頃、蒼汰も詩術で足元に風を纏わせて瞬間移動をするかのように前へと向かって行き、そして2人はある一点で合流し、お互いに十手と木刀を交差させる。そこには、さっきまで見る事もできなかったはずの火花が散っているようだった。まるで、本当にお互い殺し合っているような……そんな錯覚を覚える。



「……神風や朝日の宮の宮うつしかげのどかなる世にこそありけれ」




「風をいたみ岩打つ波のおのれのみくだけてものを思ふ頃かな……」




 勘十郎と蒼汰は、2人ともまるで我でも忘れたかのように詩を唄い、自分の全力を出し始めた。蒼汰は、さっきよりも更に素早く……高速を超えて、本当の意味で音速へと……。



 対する勘十郎も十手を光らせたまま……音速移動する蒼汰を追跡する。彼の十手を光らせるこの技は、一度でもこの十手で照らしたものを永遠に追跡し続ける自動追尾型の武器と化す……まさに現代を生きる岡っ引きにとっての提灯の役割を果たしていたのだ。



 彼の手に持つ十手が、たまにピクッと反応する中、勘十郎の周りを何周も走り続ける蒼汰は、攻撃の機会を伺っていた。


「……」



「……」



 ここからは、お互いに何も言わず……ただひたすらにどっちが先に来るかを読み合う。そして、最早2人の間にしか分からない頭脳戦の果てに……ついに蒼汰は、勘十郎の正面から木刀を振り下ろしてくる。しかし、その攻撃も……勘十郎の十手が反応して、自動的に蒼汰の木刀を受け止める形で攻撃を防ぐのだった。



 決して口にはしなかったが、勘十郎は内心思うのだった。



 ――どれだけ素早くあんさんが、動こうと……おいらの十手からは逃れられやしねぇぜ! あんさんが、動き出したのと同時に……おいらの十手もあんさんのスピードに合わせて動き出す!




「……え? え? これって、……こっ、これってぇ! 大丈夫なのでしょうか? はわわわわわ……」



 会場にまだ残っていた女子生徒の1人が、蒼汰と勘十郎の決闘を見ながら突然慌てた様子ではわわわわ……とあちこちをキョロキョロしだした。彼女は、まだこの学校に入って間もない一年生である。だから、故に……真の決闘というのをまだ見た事がなかったのだ。小動物のように震える彼女だったが、周りでまだ決闘を見ていた上級生は、むしろ嬉しそうに「始まった」と微笑んでいた。







 2人が、またしても……火花を散らし合いながら互いの武器をぶつけ合う! その光景に審判を務めていた上杉先生も……なんだか、嬉しそうにしていた。




「……ようやく、始まったな。本当の決闘が……」




 彼女の目の前では、血は出ていないにしてもお互いに着ている制服がボロボロになってしまう位本気でぶつかり合い、武器と闘争心を叩きつけ合う蒼汰と勘十郎の姿があったのだった……。

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