第十幕 御縁銭御用侍

 無明剣必殺の超高速3連続突き技……三点衝突刃が、かわされてしまう。蒼汰は、さっきまでの勘十郎の動きから彼が、自分のスピードに追い付けていない事を分かった上でも必殺技でとどめと刺そうとしていたのだが……それが決まらず、ましてやギリギリのタイミングでかわされてしまったのだ。




 ――俺の動きを予測出来ていたのか? そうじゃないと……三点衝突刃をかわす事なんてできないはずだ……。どういう事が起きているのだ? 相手は、一体何をして……。




 しかし、蒼汰が様々な事を考えている間に勘十郎が一気に彼の目の前まで走り込んで来て、手に持った十手で攻撃しようとしてくる。その鉄の棒が振り下ろされようとしてくるギリギリのタイミングで蒼汰は、木刀で攻撃を防ぐ事に成功。




 ――どうする……。必殺が、どうして破られたのか……一度距離をとって相手を観察しないと、まずい……。だが、このフィールドはそこまで大きくはない。詩術で逃げれてもどのくらい持つか……。しかし、敵の術を破るにはやはり……接近は危険。なれば……!



 蒼汰は、交差する十手と木刀……お互いの武器がじりじりとぶつかり合う中、思いっきり力で相手の十手を振り払い、押しのけ……後ろへ後退。


 そして、後退すると同時に彼は、再び脳内で小倉百人一首48番目の歌を脳内で唱えて……足元に風邪を出現させ……自らも風となる事で超高速の世界へと入っていく。



「……逃がさん!」


 振り払われた勘十郎が、即座に十手で蒼汰を攻撃しようとするが、しかし彼が見ていた蒼汰の姿は既に幻影。幻だったのだ。



 ――っと、いう事は……もう既に風の中へ……入ったか……。




 勘十郎には、蒼汰の動きなんて見えない。いや、勘十郎だけではなかった。このスタジアムに決闘を見に来ている生徒達のほとんども……当然、音速の世界に到達した蒼汰の姿なんて見えない。




「……こうなってしまえば、拙者のような修行不足のべら坊にゃあ……普通じゃ突破できねぇ。流石、新選組……幕政混乱期の英雄達の子孫だ。武士の階級としては、下級。いや、元を辿れば拙者と変わらぬ平民の家の出。……それなのに、あんさんは強い。拙者じゃ太刀打ちする事だって難しい」



 諦めているのか、勘十郎は下を向いていた。とても悔しそうな姿にも見えるが……しかし、徐々に顔を上げて行くとその表情は、決して悔しいとかそういう感じではなかった。むしろ、この時を待っていたと言わんばかりの自信たっぷりの表情。


 そんな勘十郎が、十手を1つ懐の中にしまうと……今度は、同じく懐の中から何かを取り出した。







 ――あれは……5円玉? いや、違う……!? それよりも、なんだか少し大きい銭だ……!




 蒼汰が、風の中で動き回りながら……勘十郎の出したその謎の銭の姿を見て驚いていると勘十郎は、その手の中に持った銭を上へ放ってはキャッチし……を繰り返しながら風の中に消え、姿も見えない蒼汰に告げた。




「……コイツぁ、先祖代々伝わる銭。銭形の家に伝わる代物でいやす。……拙者は、岡っ引きの家の者……。故にあんさん達みたいな侍流の剣や詩術は、あまりうまく使いこなせぬ。……しかし、拙者たち一家とて何もしてこなかったわけではござらん。銭形家は……江戸時代から現代にかけて修行を続けた。先祖代々、新しい力をどんどん次の代へ継承し続けた。そして、その結果……編み出した拙者たちだけの詩術が完成したのぜ!」




 銭形は、その銭を指で弾いて空高く投げて、手の甲の上に落としてそれをもう片方の手でパチンと叩いてキャッチ。その刹那、彼は顔を上げて自分の元に吹いて来た風を見つめて、告げた。




「……これも、何かの御縁」


 そして、次の瞬間に彼は目をカッと見開いて俊敏な動きで首を動かし、後ろを振り向くや否や手に持った銭を思いっきりぶん投げる……!



「……御用だァァァァァァァァァァァァァァ!」


 大声で怒鳴る勘十郎と投げつけられた銭。しかし、彼の投げた先には何も見えない虚空。風だけが吹いている。しかし、そんな虚空の中で投げられた銭が突如ピトっと止まる。



 ――馬鹿な……!?



 それは、音速の世界に入って超スピードで移動し続けていた蒼汰のおでこに当たったのだ。あまりに突然の事で驚く蒼汰が、一瞬だけ……走っていた足を止めてしまう。そして、その隙を勘十郎は見逃さない。彼は、すぐにもう片方の手に持った十手を銭がピトっと止まったその場所目掛けて……槍投げの如く思いっきり投げる。



 ――しまった……!?



 一瞬、逃げ遅れてしまった蒼汰は、そのまま勘十郎の投げてきた十手が腹部に諸に炸裂。



「……んぐっ!」


 そうして、ダメージを負い……完全に走り逃げる事も出来なくなってしまった蒼汰がお腹を痛そうに抑えていると今度は、自分のすぐ目の前に何者かの足が見えて……彼は、すぐに顔を上げる。すると、そこには片手に十手を持った勘十郎の姿があった。どうやら、懐の中にしまった十手を素早く取り出して待ち構えていたようだった。



「……君がため惜しからざりし命さへ長くもがなと思ひけるかな」



 小倉百人一首の第50番目の歌。それを勘十郎は、小さな声で口ずさみながら……蒼汰の元へ現れたのだった。さっきの十手による腹部の攻撃によって蒼汰の詩術は、破られてしまい、今では完全に姿もはっきりと見えるくらいになってしまっている。その事に勘十郎は、少し嬉しそうな顔で微笑んだ。



「……やっと、会えやしたねぇ。親分」



「……くっ」



 とても悔しそうに舌打ちをする蒼汰だったが、しかし勘十郎は容赦しない。彼は、とどめを刺すために……最後の一撃を蒼汰に加えようとした。



「……とどめは、拙者の得意な……銭形家に伝わる””の詩術で刺させていただきやす!」




 そして、勘十郎が十手を振り上げて再び詩を読み始める。……それが、まるでタイムリミットのように聞こえた蒼汰は、すぐに目を瞑って現実逃避でもし始めたようだった……。




「……神風や朝日の宮の宮うつしかげのどかなる世にこそありけれ」



 この瞬間、勘十郎の持っている十手が凄まじい光に包まれていき、それが勢いよく振り下ろされていく……。しかし、攻撃が当たろうとする寸前にここで、目を閉じてじーっとしていた蒼汰が、目を見開いて再び詩術を発生させようとする。



 しかし、その直前に勘十郎は口を開いた。



「……無駄でい! あんさんは、このおいらの……十手から出ている光に照らされちまった。これに一度でも照らされちまったもんは……もうここから先、どんな事があってもおいらの攻撃を必ず受ける事になるんでい! いわば……この光る十手こそ、おいらの提灯なのだぜい! 何処へ逃げようと詩術を使おうともう無駄でい!」






「……くっ!」


 舌打ちをする事しか最早できない蒼汰は、そのまま勘十郎の光る十手による連続攻撃を諸に食らうのだった。そして、諸に食らって……彼は、スタジアムの壁へと吹っ飛ばされていく……。それも、さっき勘十郎が吹っ飛ばされたのと同じ場所にだった。



 勘十郎は、その光景を見て一度、大きく息を吐くとその後に、疲れた顔で告げた。




「……ようやっと、勝てたわい」



 

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