第九幕 三点衝突刃

「……行きやすぜ! 親分!」


 勘十郎が風上に走り込んで来て、彼に向かって十手が振るい下ろされようとしていた。しかし、この寸前に蒼汰は刀を振って十手の攻撃を防ぐ事に成功。


 しかし、勘十郎も負けてはおらず、蒼汰が刀で攻撃を防いだのと同時に勘十郎ももう一本の十手を持って蒼汰の右脇腹付近を目標に攻撃を仕掛けようとする。




「……っ!?」



 驚いた蒼汰だったが、しかし彼も負けてはいなかった。勘十郎の十手二刀流による攻撃は、既に最初の攻撃を受けた時点で彼の脳内で予測がついていたのだ。




「……だから、言っただろう? と……」




 蒼汰は、十手による攻撃が炸裂する寸前、ほんの一瞬だけ肘を伸ばして勘十郎の十手による攻撃を回避する事に成功。



「……ちっ!」



 勘十郎は、舌打ちをしたが……今さっき蒼汰がやった事を理解している人間と言うのは……ほんのわずかしかいなかった。この決闘を見ている多くの生徒達は、勘十郎が単純に自分のミスで攻撃を外したと思っている。



「……なんだ? アイツ、やっぱり十手で勝負とか無謀なんじゃねぇのか?」



「……だっさー」



 しかし、その一方で……蒼汰の動きに気付いている者もいる。観客席に座る1人の女子生徒が、クスッと笑って愉快そうに膝をクロスした状態で言った。



「……あの男、…………。あの一年坊主」



 その女は、自分の深紅の長い髪の毛を下ろした髪型をしており、その髪をふわっと持ち上げて髪の毛を掻き分けると、引き続き決闘を見る事に集中した。






 しかし、この女子生徒が言った事と同じ事を対戦している勘十郎自身も理解していた。彼は、引き続き十手を振り回しながら頭の中で蒼汰の事について考え続けていた。





 ――風上蒼汰殿、思った以上の実力の持ち主。あの土壇場で……一瞬の機転だけで拙者の攻撃をかわすとは……。この男、かなりやる。いや、実戦経験があるのか? さっきのは、その位の凄みがある!




「……ははっ、なかなか面白い御方だ。風上蒼汰殿。……いいや。蒼汰殿……!」




「……!?」


 ――コイツ、そこまで調べ上げたというのか? 一体どうやって!? コイツは、一体何者なんだ!?




 焦りと謎の底知れない恐怖を感じ始めた蒼汰は、ここで一気に畳みかけてこの勝負をいち早く終わらせる事を考え始める。



 ――詩術で片を付ける! 俺の得意な詩術で……。



 風上は、すぐに脳内で詩術を練り出す。それはこの前、松平泉の家臣と戦った時にほんの一瞬だけ使った風の詩術。自分の足に風を纏って、より素早く動く蒼汰の得意な詩術だ。






 ――風をいたみ岩打つ波のおのれのみくだけてものを思ふ頃かな……。




 小倉百人一首の48番目。この歌を脳内で唱えると蒼汰の足元に激しい風が発生し始めて、彼の素早い動きがより一層素早さを増すのだ。それこそ、条件さえ整っていれば瞬間移動だって可能な位だ。



 ――これなら……一気に畳みかけられる。短期決戦となれば、俺の方が有利だ。それに……銭形は、俺のスピードに対応できていない。





 蒼汰は、一気に走り出して勘十郎のすぐ傍まで走ってやって来る。その今までにも見た事ない位の素早さに勘十郎も驚いた。いつの間にか、彼のすぐ目の前に蒼汰が走って来ていたのだ。




「……まさか、詩術を!?」




「……そのまさかだ。とどめを……刺す!」



 蒼汰は、勘十郎の正面へ移動すると、そのまま木刀を振り下ろして攻撃を仕掛けてこようとする。しかし、この攻撃は勘十郎に既に見切られており、彼はとっくに十手を構えて攻撃を防ぎつつ、逆にもう一本の十手で蒼汰の腹部に今度こそ打撃を与えようとしていたのだ。しかし、勘十郎が止めようとしていたこの攻撃は、囮。それは、蒼汰の物凄いスピードが作り出したほんの一瞬だけの幻に過ぎなかったのだ。




「……なっ!?」


 驚いた勘十郎がすぐに気配のする方へ振り返ってみるとそこには既に次の技を放とうとしている準備万端の蒼汰の姿があった。彼は、木刀の切っ先を勘十郎の方へ向けてそのまま攻撃を繰り出そうとしていたのだ。




「……しまった!」


 完全に攻撃を防ぐ事も避ける事も全て出遅れてしまった勘十郎は、そのまま蒼汰の攻撃を食らうしかなくなった。




「……無明剣! 必殺……三点衝突刃さんてんしょうとつは!」



 刹那、勘十郎の体を強力な木刀による”突き”の攻撃が襲い掛かる。彼の体は、物凄い勢いで貫かれてしまい、そしてこの技の反動で勘十郎は、吹っ飛ばされてしまう。





「……なっ、なんだ!? あの技は?」



 スタジアムにいた他の生徒達の大半には、蒼汰が何をしたのか全く理解できないといった状況だった。しかし、審判を務めていた女教師含め、一部の生徒達には蒼汰の放ったさっきの技の正体が何なのかすぐに理解できていた。






 ――”三点衝突刃”。文字通り、敵の体のうち3点を貫く突きの技なのだが……

普通の生徒には、さっきの攻撃がたった一度の木刀による突きの攻撃のようにしか見えない。それは、単純明快に……蒼汰の動きがあまりに早すぎるからである。早すぎるが故に……3回突いているはずなのに一回しか突いていないようにも見えるし……逆に何十回も刺しまくっているようにも見えてしまう。これがこの……無明剣の恐ろしい所でもあった。



 下手をすれば、戦っている相手でさえも動きを捉える事ができない。その瞬足の早さから織りなされる剣技は……まさに流星群の如し。風上蒼汰とその先祖たちは、この剣を代々受け継いだ。そして、受け継ぐと同時により磨きをかけていった。




 今や、初代沖田総司の頃には1つしかなかった無明剣という剣技も現代では、様々な技法や先祖代々から続く鍛錬によってより強くなっていったのだ。




 特に初代沖田の頃から使われていたこの元祖無明剣とも言われる三点衝突刃は、他のどの剣技よりも優れたものへと進化を遂げた。それは、蒼汰の得意な風を操る詩術でより強くなったのだ。



 ――しかし……!



「……先生、いつになったら対戦終了と言ってくれるのですか?」



 蒼汰と勘十郎の決闘を審判している女教師は、いつまで経っても「そこまで」とか「辞め」などという言葉を発したりはしなかった。




 ――おかしい。さっきは、確かに手ごたえがあった。あの技を受けて……それでも尚、立っていられるなんて……そんな事は……。





「……それは、戦いが終わっていないのだから……当然の事でいやすぜ。親分!」


 その時、吹っ飛ばされて、スタジアムの壁に激突していたはずの勘十郎が突然よろよろと立ち上がった。彼は、首をコキコキ鳴らしながら蒼汰に告げた。




「……いってー。いやぁ、親分ったら本当に……お強い御方だ。あんな凄い技を隠し持っていたとは……これは、他にも何かありそうでいやすなぁ~」




「……嘘だろ? なんで?」




「……嘘ではねぇ。真だぜぇ。あの攻撃は……確かに強力でいやしたが、しかしカラクリが分かれば……避ける事もできやすよ。確かに所々体はイテェが……どれも急所はギリギリ外してる」




「……なんだと!?」



 銭形の言う通り、彼の体のあちこちにできていた痣は、全て急所をギリギリ外している。そんな姿を見た蒼汰は、唖然とした。




 ――いや、だが……確かにアイツは俺の動きについて来れてなどいなかったはずじゃ……?




 すると、蒼汰に考え事などさせる余裕も与えないと言わんばかりに勘十郎が一気に攻め込んで来る……!




「……次こそ、しくじらねぇぜ! 親分!」

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