第七幕 侍決闘

「……どうして、その事を知っているんだ? 俺は、この学校の人間の誰にも……自分の家の事を喋った事なんか……」




 銭形の方をジーっと見つめる風上。2人の男同士が教室の中で睨み合う中、銭形の口が開く。



「……いやいや、偶然にしては色々出来過ぎている気がしやしてね……。あんさんの実力があれば……例えば、松平様の護衛とかも勤まるのではないかと……。考えたまでです。なんせ、あんさんの詩力は……さっき確認しただけでも相当ですし、それに……入学式の日にあんさんを見た人達から少し情報を頂いたのですが……どうやら、あんさんは松平殿の家臣を3人程、打ち倒したと。しかも、鞘に収まったままの状態で……」




「……」



「……おろ? 何も言えなくなってしまいやしたかい? 親分は、本当に分かりやすい人ですなぁ~。クールなようで、感情が表に出やすい」




「……何がしたい? 昨日からずっと……俺の事を探って来て」



「……拙者は、ただ真実が知りたいだけなんですよ。親分、アンタがどうしても口を割らないと言うのなら……力ずくで、喋らせるまで!」


 銭形は、本気だった。彼は、腰に差した十手と和服の形をした制服の胸元から取り出したもう一本の十手を取り出して、それをまるで二刀流の侍の如く、両手で戦闘態勢を取って風上の事を睨みつけてくる。



 この姿に、風上も銭形が本気で泉と話した内容について知りたがっている事を理解する。しかし――。



 風上にとって、あの事を簡単に教えていいわけではない。まだ、何か起こったわけではないが……少なくとも将軍ではなく、将軍の跡継ぎの方に殺害予告を送って来る時点で関係ない一般生徒である自分達が関わっていい者ではない。




 ――いや、まぁ……できれば、俺も関わりたくはなかったが……。




 しかし、この場で……秘密をかけて戦えと言われたら……こっちも従うしか……。そう思った風上が鞘に収まった刀を引き抜こうとしたその時だった。





「……待て! 校舎内での戦闘は、禁止だ。貴様ら、後で反省文を書いてもらうぞ」



 さっき風上に百人一首の課題を出してきた女教師が2人の元に現れる。彼女の登場によって、風上は鞘から抜こうとしていた刀を抜かずにしまったまま教師の方を向いた。すると、同じ頃に十手を抜いたままの銭形が女教師に話しかける。




「……先生、しかしそうは言っても……どうしても、親分と決着をつけたい事があるでやんす! どうか、我々にの機会をお与えください!」





「……決闘!?」


 風上は、驚いて目を見開いた。それもそのはず……銭形が申し込んで来た決闘とは、侍塾特有の風習であった。




 この学校は、侍を育成する機関。そのため当然、学問は必要だが他にも剣や詩の実力も必要となってくる。しかし、これらはただ鍛練をするだけでは、残念ながら限界がある。



 ――そこで、侍塾では学生同士のいざこざや問題を剣を交えて解決しようという風習があった。これによって、侍塾に通う生徒達の実戦スキルや剣、詩の実力もレベルアップさせる事ができてくるというわけだ。





 しかし、決闘というからには危険も伴う。当然、学園内で行われるものであるため、安全面を考慮して武器は真剣ではなく木刀をつかうわけなのだが……それでも、大怪我を負う確立は非常に高い。特に現代の侍達には詩術と呼ばれる不思議な術がある。それを織り交ぜた戦いともなれば……木刀同士の戦いで死ぬ事はまずないと言えども……怪我人は出てしまうものだ。



 世間の一部の人間達からこの決闘制度は、物凄く批判されているのも事実。しかし、逆に賛成意見も多い。実際、市ヶ谷侍塾が全国に存在する侍学校の中で最もエリートの集まる学校であると言われているのも……この決闘制度が存在するが故であると言う専門家までいる位だ。



「……拙者たち、これ以上の話し合いはおそらくもう不可能であると考えております! 先生、どうか私達に決闘の機会をお与えください!」



 女教師は、銭形がそう言う姿をとても真剣な眼差しで見つめ返し、そしてとても低い声で威圧感を与えるような目線を向けたまま聞き返した。



「……良いのか? 怪我するかもしれないんだぞ? かなり危険だと思うが……」




「……構まわんぜ! 先生。……拙者は、本気だ」



 銭形がそう答えるのを見て女教師は、視線を彼から外して今度は、風上の方を見つめる。



「……お前は、良いのか? 風上蒼汰」




 こういう時、彼の脳裏にはやっぱり断ろうかなという思いが決まって渦巻く。特に今回の場合は、わざわざ決闘などしなくても良いだけの話で済みそうだからだ。だがしかし、蒼汰はそう思うのとは逆にさっき銭形が十手を構えてきた時、自分が本能的にといえど、刀を抜こうとしていた事実を思い出していた。




 ――戦いたくないという思いとは裏腹に……戦って勝って、この男からのしつこい詮索を逃れたいという思いもまた真実。それならば……。



「……はい。受けて立ちましょう。その決闘……」




 

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