第六幕 和歌力修行中

「……それでは、これより詩術実践編という事で……実際に詩術というのを使ってみてもらう! 術を練る前にまずは、おさらいからだ。詩術基礎編! 概説的な所から行こう。その1……詩術とは、元々は我ら武士の世界で育ったものではない。天皇家と貴族によって編み出された和歌によって得られる魔法のようなもの! ……と、この前の授業でおさらいした」


 この日の風上達のクラスの授業では、詩術を実際に使ってみるという授業が行われていた。生徒達は、校庭に教師1人が前に立ち、彼の方を向きながら横一列に並んでいる。



「……その2としては、いよいよ実践編。全員、手を前に突き出せ。……良いか? 詩術を練る時は……体の内側から溢れ出る自然や神々への敬意と、それから自然を感じる心。……これらを自分の感情に乗せて……まずは、体全体に溢れさせてみろ」




 生徒達が、教師の言う通りに自分の手を前に突き出し、掌をパーッと広げる。全員の掌が青い空の方を向いた状態で、彼らが一斉に教師の言う通りに自分の体の内側から溢れ出てくるパワーを体全体から放出。……オーラのようなものが、じわじわと流れていく。そのオーラは、生徒1人1人によって色も雰囲気も違う。


 やがて、生徒達がこの体から放出されているオーラを維持するため……より集中力を高めるために目を瞑り出す。彼らの中には、既に額から汗を垂らす者までいた。教師が、そんな生徒の様子を見てボソッと呟いた。




「……この時点で既に、冷や汗をかいているようなら……日頃の鍛錬が足りていない証拠だ。授業が終わり次第、鍛え直す事」



 それから、しばらく生徒達にオーラを溢れさせたままの状態でわざと放置しておいた教師が、時計を見た後にボソッと「そろそろかな?」と告げる。既にこの時には、数人の生徒達が疲れから……オーラを放出させる事をやめていた。……いや、というより既にオーラを放出できないくらいの状況に追い込まれていたのだ。


 残った生徒達を見渡しながら教師が言った。



「……よしっ! それでは、その3だ。今、お前達が全身から放出しているそのオーラ。それこそが詩術を練るために必要な力……詩力しりょく! 俺達日本人の心の中に眠り、古の時代より受け継がれし……自然を愛する心、そして敬意。八百万の神達への尊敬など……と、俺達の中にある感情を全身を流れる血液に乗せてオーラとして視覚的に分かりやすく見せている。さて、それで……そのパワー。維持するのは物凄く大変だと思う。……今ここでにならず、残っている者達は日頃の鍛錬をこなした優秀者達だ。特に……まだ余裕そうな奴ら……ほう? この下級のクラスにも数人はいるみたいだな。お前達は、もうこの時点で……詩力の実力においては、上級武士のクラスの人間達と大差ないと言っても過言ではないかもしれんな。そのまま維持し続けろ。良いか? 次のステップに行くのは俺が "はじめ!” と合図を出した時だ」




 まだ、オーラを全身から出している生徒達の中でも限界に達している者も多かった。彼らは、既に詩力切れになって地面に膝をついたり、肩で息をしている者達と同様に……とても苦しそうにしていた。だが、しかし……褒められるという行為は恐ろしく……彼らはまだ誰もオーラの放出を辞めようとはしなかった。どんなに気持ち悪くても……気丈に振舞おうとすらしていた。


 彼らの様子を見ていた教師がわざとゆっくり話を始める。



「……その4。詩力を放つには、体の何処か一部に一点集中して出すのが最も身体的疲労の観点から効率が良いとされている。今回は、今お前達が突き出しているその掌の中に詩力を一点集中させろ」




 生徒達は、まだ動けない。プルプルと震える腕を必死に見ながら……大多数の生徒達は、苦しそうに教師の言っている事に耳を貸す。



「……その5。詩術とは、詩の力。つまり、和歌だ。実践では、お前達は頭の中で連想した和歌を黙読か、音読……まぁ、これはどちらでも良い。とにかく読み上げて……和歌の中に刻まれた自然や神々へとアクセスできる "心” を読み取れ。そして、自然を頭の中に連想して……それを自分の手の中あるいは、状況に応じて様々な部位や場所に……詩力を注いで、連想したものを具現化させろ。そして、後は一気に放出するだけだ。ここまでが……詩術d……」




 と、教師が言いかけた所で彼は突然自分の前から今まで感じた事もなかった強い風を肌に受けた。



「……ん?」


 その風は、生徒達のいる方向から来る風で……しかも今日の風があまり吹いていなかった天気から突然の強風。教師は、何かおかしいとすぐに分かった。




 ――さっきまでわずかにあった微弱な風の風向とも全く違う。これは……。




 教師がその風の発生源であろう場所を見つめると、そこには既にオーラを放出して、辺り一面にビュービューと風を吹かせまくっている1人の男子生徒の姿があった。


 彼の近くにいた他の生徒達が顔の前を手で覆って、困った様子で教師を呼んだ。



「……先生! 風上くんが!」




 すぐに蒼汰の元へ駆けつけた教師が、彼の体全体から巻き上がる強風を前に決して倒れる事なく……真剣な眼差しで彼の事を見つめて……それから、教師は自身も全身にオーラを纏った後すぐに術を行使する。





「……風になびく富士の煙の空に消えて行方も知らぬわが思ひかな……」



 詩が終わったのと同時に……教師の術が炸裂し、風上の風が一気に止んで行く。……風の真ん中、まるで台風の目の中に立っていた風上が目の前に立つ教師と目が合う。教師は、とても怒った眼差しで風上の事を見つめていた。



「……へ?」



















 ――それから、授業も終わって生徒達が昼休みに食堂や屋台でご飯を食べる時間。そんな食堂の方へ一斉に向かう生徒達の後ろで1人寂しく、教室の自分の席についたまま和歌の読み書きをさせられていた風上蒼汰の姿があった。



 あの騒動の後、彼は教師に怒られて……。





「……貴様は、詩力をコントロールする力がまるで足りておらん! だから、オーラを放出した状態から維持できず、他の生徒達にも危害を加えた! このまま貴様だけ課外授業を続けさせるわけにはいかん! というわけで、お前に課題を出す! 和歌の読み書き! 百人一首の書き取り……上の句下の句全てを今日中に提出しろ!」




「……なっ! ちょっと待ってくれ! それは、体罰になるんじゃ……」



「……お前や他の生徒達を危険に合わせた事。これは、俺の責任でもある。だが、俺がいくら防ごうとしても術を練るのは、お前自身なんだ。だからこそ、お前には次の課外授業までの間に自分の詩力をコントロールする術を覚えて行って欲しい」



「はぁ……」


 というわけで、風上は今……教室で1人黙々と百人一首の書き取りを続けていた。しかも、筆と炭でだ。この学校では、鉛筆やシャープペンシルで書くよりも基本的に授業は筆で書く事が主流のため、風上も仕方なく書道セットを広げて、書いていた。そして、時々昼飯用に買っておいたパンをかじりながら……1人泣く泣く課題をこなす風上。



 すると、そんな彼の元に1人の男が現れて、話しかけてくる。



「……いやぁ、親分の詩力はとんでもないものでっさな! あの授業。一緒に受けていたからこそ分かりやしたよ! 先生もおそらく親分の詩力がとんでもないのにコントロールが全くできていないと言う事を察知して、止めたんでしょうね」


 風上と同じ下級武士クラスに属する岡っ引きの家の息子、銭形勘十郎だ。彼が、突然現れた事に風上は、自然と警戒するようになった。


「何の用だ?」




「……いやぁ、そこまで強い詩力を持っている人間が……将軍様の娘殿と大した話もしていないとは、正直思えないのでさ……」




「……!?」




「……何か隠している事があるんじゃないですかい? 親分?」



 銭形のその鋭い眼差しに……風上は、ひたすらに黙った。そして、しばらくしてから答えるのだった。




「……別にないが…………俺は、至って普通の下級武士なのだが……」




「……新選組の人間の血が入っているのに?」




「……!?」


 銭形のその一言に、流石の風上も度肝を抜かれた。



 ――いや、待て? なぜっ知っている? 俺は、その事を今までずっと黙っていたはず……。なぜ、この男は……俺の正体に?




 慌てだす風上と、それをいち早く察知した銭形が、風上に告げた。



「……あんさん、やっぱり何か隠しているんじゃないですかい?」




 風上は、百人一首の書き取りをしていた筆を置いて、銭形の事をジーっと見つめ返すのだった。

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